07【黒崎初美の場合】その参
「同じクラスの綾瀬紬くんと……両想いになれる?」
ふわっと口から漏れ出た言葉だったが、自らの声に初美も背中を押される。
――ダメ
「容易いことだ」と、すかさず青い光からの返答。
「本当に!? 叶えられちゃうの?」
――それはそれで、心の準備が。
「他の男子はいいのか? 今なら
「よ、よりどり……」
――って、まてまて。目的が変わっちゃってるぞ。綾瀬くんのことですら好きかどうかも怪しいのに、逆ハーとか何様だよ私!
「い、いいです、綾瀬くんだけで……十分です……」
「そうか。では、そろそろ、転送を開始する」
直後、身体がフッと宙に浮かぶような感覚を覚える初美。
……が、それも一瞬。
気がつけば部屋からは謎の存在の気配も、青い光も消え去っていた。
――夢……!?
初美は、恐る恐るカーテンの隙間から外を覗き――。
息を飲む。
月下に広がっていたのは、中世ヨーロッパにあったような牧歌的な田舎町。
L・C・Oの公式ページ等で、ゲーム紹介に使われているキービジュアルそっくりの風景だった。
結局、その夜の初美は一睡も出来ずに朝を迎えた。
本当にL・C・Oの世界に来てしまったという、現実離れした状況に対する高揚感……と言うのも、もちろん理由の一つだ。
だがそれ以上に、眠れば消え去ってしまいそうな、リアリティのない光景が
――ここまできたら、絶対に……
日が昇り始めるとすぐに着替えを済ませて一階へ降り、状況確認を開始する。
あらかじめ麗からアンケートのことを聞いていたので、
――学生が
多くの部分でL・C・Oの設定がそのまま生かされている点は、ユーザーだった初美にとっては幸運だった。
布団の中でシミュレートを繰り返した通り、他の生徒を見つけては彼らの行動も参考にしながら、見よう見真似でなんとか学校まで
教室へ入ると真っ先に、元の世界の初美の座席へ視線を向け――。
その前に座っているのは、見慣れたミディアムボブの後ろ姿。
――
初美はゆっくり近づくと、彼女の肩をそっと叩き。
「おは……よう」
振り返る麗。
その目には、コンタクトだった元の世界では滅多に見られなかった赤いオーバルフレームの眼鏡。
……が、さらに大きな違いは、眼鏡の奥で不安げに揺れる黒い瞳。
緊張したような、よそよそしい笑顔を見せて。
「おはよう……初美」
もし、麗が元の世界から一日早く来ていた彼女だとしたら、こちらの世界にいた初美ともすでに会話も交わしたことだろう。
しかし、この世界の記憶がない麗にとっては、出会う人すべてが初対面にも等しかったはず。
――何よ、麗。何でそんなに、笑顔が引きつってるのよ? 麗、私もね……、
「私もね……追いかけて……来たよ」
にっこりと微笑む初美の笑顔に、麗も目を
「はつ……み? 船橋第二高校の、初美なの?」
「……うん」
麗の目に、みるみると涙が溢れていく。
「初美ぃぃぃっ!!」
泣きながら初美に抱きつく麗を、教室中の生徒が不思議そうに眺める。
「だから言ったじゃん」
――私も追いかけるよ、って!
◇
「……と、いうことにゃん」
クロエが話を締め
「あ、ああ……うん」
「どうしたにゃん! その微妙な
「い、いや、だって……」
黒崎が俺を好きだとか……間接的に告白されたような内容だよな!?
このクロエと言う精霊、マズい部分は伏せておくとか、そういう機転をもうちょっと利かせられないのか?
黒崎はすっかり、顔を赤らめて
そりゃそうだろう。ただでさえ極度の人見知りだっていうのに、あんなことまでカミングアウトされちゃあな……。
どうやらこのぶっちゃけ精霊は、黒崎が伝えたい内容だけでなく、彼女の記憶を参照しながら勝手に話す内容を選別することもあるようだ。
俺と黒崎の間に横たわる微妙な空気を察したのか、麗が会話の接ぎ穂を掴んでフォローする。
「ま、まあ、初美の『好き』は、紬くんが……と言うよりも、そもそもはアニメキャラに対してだからね? その辺りはあまり深く考えないでいいと思うよ」
よく分らないが、二.五次元に生きている人間の独特の感性だろうか?
二ヶ月前、この世界の俺が黒崎を好きになった言うのは、黒崎がノートの精に頼んだ設定が原因と見てよさそうだ。
結局は何の進展もないまま、今の俺がこの世界に転送されたことで、記憶と感情が上書きされてしまったようだが。
とりあえず、話を聞いていろいろと繋がったことがある。
俺が元の世界の二年B組で見ていた麗は、分岐した世界線――つまりこの世界の麗だったのだ。
ここが改変される前に入れ替わったので、もう一人の麗はいつの間にか世界線を飛び越えていたことに気がついていなかったのだろう。
勇哉とL・C・Oを通じて話すようになったことも、入れ替わり直後に黒崎との会話で記憶の
麗が、眉を
「でも、初美や紬くんの場合は、すでに改変された世界に転送されたわけだから……元の世界での二人はたぶん……」と、言葉を濁す。
「恐らく元の世界では、俺たちが元々存在していなかったかのように書き換えられているんじゃないかな。俺に黒崎さんの記憶が残ってないことがその証拠――」
「異議ありにゃん!」
突然、右手を挙げるクロエ。
「な、なんだ!?」
「初美んのことも名前で呼ぶにゃ! 初美んの怒りゲージが上昇してるにゃん!」
「クロエ、戻れ!!」
鈴を鳴らしたような、黒崎の可愛らしい
なんだか、便利なのか不便なのか分からん使い魔だったな……。
「じゃあ……初美さん、でいいの?」
黒髪を振り乱すように、ぶんぶん首を振る黒崎。
「じゃあ、初美ちゃん?」と言う俺の言葉にも、小首を傾げて迷ったような表情に。
「初美……の方がいい? 呼び捨てだけど……」
黒崎が、
そう言えば黒崎――
だとしたら、元々は名前で呼び合ってたような時期もあったのかもしれない。
「じゃあ、次は俺がここへ来た
机の上のリリスを見る。
「俺の場合、一部始終を知っているのは俺じゃないんだよね」
ぎくっと両肩を跳ね上げるリリス。
「リリス、お前は何者だ?」
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