06【黒崎初美の場合】その弐

うららが言ってた……黒いノートの……」

「黒いノート? 何の話?」

「L・C・Oの、アンケートの……」


 変な夢でも見たの? と、くすくす笑いながら麗が話題を変える。


「そうそう、L・C・Oと言えば、昨日初美とペア狩りで拾ったユニークアイテム、私が貰ったよね? 気付いたら行方不明でさぁ。もしかして初美が――……」


 ――ペア狩り? 昨日は狩りなんてしてないよ? 街の近くの森でチャットしてただけでしょ!?


 昨日の狩りの話をする麗を、初美は知らない人を見るかのように眺める。

 目の前で話しているのは……間違いなく麗だ。

 しかし、初美が知っている彼女ではないと直感が警鐘を鳴らす。


 黒ノートの記憶がなくなっているだけじゃなく、本当の麗・・・・とは別の記憶を持っているのだ。


 ――もしかして、おかしいのは私?


 慌てて自分の鞄の中を調べる。


 ――大丈夫。麗から貰ったノートの紙もあるし、私は正常。……でも、だとしたら、麗の身に一体何が!?



 その日一日、麗の身に何が起こったのか、初美は考え続けた。


 異世界転移……。

 そんな話をそのまま信じるほどサブカル女子をこじらせていたわけでもない。まともに考えれば馬鹿げた話だということは、初美も分かっていた。


 でも――。


 ――本当に、昨日までの麗は異世界へ行ってしまったんじゃ!?


 今朝の麗の様子を説明しようとすると、そうとでも考えなければ他に説明のしようがないようにも思えた。


 非現実的な妄想を、頭から馬鹿にせずに楽しめる初美の素地は、ゲームやアニメなどの趣味で培われたものだ。


 ――もし、麗を異世界に転移させるような超自然的な力が存在するなら、この世界に代わりの麗を用意することだって可能かも……なんちゃって、まさかね?


 そう考えながらも初美は、得もいえぬ高揚感を覚えていた。


               ◇


『これから 、狩りにいかない?』


 帰宅してからも、机の上に置いたノートの一ページを睨み付けて何か考え込んでいた初美の元に、麗からメッセージが届いた。

 少し迷ったあと、断りの返信を送る。


 ――昨日までの麗と今日の麗、本当に同一人物? 麗の謎の記憶は何?


 モヤモヤとした疑問。

 麗との付き合いに支障をきたすほどの違和感ではなかった。しかし……。


 ――気になる! 試せるだけのことは試しておこう!


 初美は、鉛筆立てからサインペンを抜き取る。

 ノートの一ページ程度ではL・C・Oの設定を事細ことこまかに記すのは不可能だ。そもそも、麗が答えたアンケートの内容もほとんど知らない。

 それでも、初美の望みは一つ。


〝昨日までこの世界にいた長谷川麗はせがわ うららに、また会いたい!〟

 そう書き記すと、折り畳んで枕の下に忍ばせた。


〝昨日までの麗はどこか別の世界に旅立ったと設定する〟

 ……言ってみればそれは、棄却を前提とした帰無仮説。

 客観的にはあまりにも馬鹿馬鹿しい初美の行動だったが、帰無仮説を棄却するための検証だと思えば心中で折り合いもついた。


 ――これで私が異世界に行けなければ、今の麗が本物の麗だと証明できる。


 もしかしたら何かが起きるかも……というばくとした期待感からは敢えて目を逸らして、その夜、初美は眠りについた。




 午前零時――。

 初美は、何かの気配を感じて目を覚ます。


 ――何か、いる!?


 布団の中で、目から上だけをちょこんと出して、暗闇に慣れるのをじっと待つ。

 部屋の中には、誰もいない。しかし――。

 姿は見えなくても、得体の知れない〝何者〟かの圧を感じて初美は総毛立った。


「だ……誰か……いるの?」


 恐る恐る出した自分の声が、暗闇の中で、思っていたよりもずっと大きく響く。

 そんな初美の言葉を待っていたかのように、得体の知れない何者かが答えた。


『驚いたな。そんなノートの切れ端でわしを呼び出すとは』


 地の底から湧き上がってくるような不気味な声。

 それに呼応して、枕の下から青い光が漏れ出す。

 同時に聞こえてきた、もう一人の声――。


「今宵も、汝が我の契約者で宜しいですかな?」

『構わん。……が、姿が見えんようだが?』

「ノートの表紙がないので実体化は出来ませぬが……この者の望みを叶える程度の力は行使できますが」

『この者の……望み?』

「長谷川麗とやらと、再び会いたい……と」

『……昨日の娘か。願い事を叶えるアイテムではないんだがな。複数人の転送を行っても、の世界は大丈夫なのか?』

「それは問題ないでしょうな。もともとそれを想定して、実験的に人間界の娯楽ゲームをベースに改変しておりますので……」

『なら、構わん。魔力さえ貯まるなら……やれ』

「分りました」


 一拍置いて、青い光の声が初美へ話しかけてきた。


「娘よ。すでに改変されている世界への転送につき、こちらの世界でお前の代わりは用意できぬが、いいな?」


 ――まさかの、帰無仮説立証!?


 あまりに非現実的な展開。

 しかし、疑問を差し挟むことを許さない、有無を言わせぬ空気が室内に満ち満ちてゆく。


「うん、構わない」と、初美。


 世界がどこであれ、自分の人生で初めてできたと言ってもいい〝親友〟にもう一度会いたい……その衝動だけが初美を突き動かしていた。


「では、昨日の娘が設定した世界の登場人物として扱うぞ」

「登場……人物?」

「まずは、希望の職業ジョブを答えよ」


 ――ジョブ? そう言えば、L・C・Oの世界観をベースにしていたんだよね。と言うことは……。


「職業……ビーストテイマーになれる?」


 暗闇のせいか、現実感のない不思議な空気のせいなのか……。

 普段はなかなか出てこない言葉が、初美の口をいてすらすらと流れ出る。


「無論だ。他に、特記事項はあるか?」

「とっきじこう?」

「例えば、親密になりたい人間などはいないのか、と言うことだ」

「親密? それって……性的な意味で?」

「何でも構わん」


 親密……そう言われて、あるの男子の顔が初美の頭に浮かぶ。


 ――綾瀬 紬あやせ つむぎくん。


 紬のことはクラスメイトになる前から知っていたが、異性として意識したことはなかった。

 しかし最近、初美が好きなアニメキャラクターと紬の雰囲気がそっくりなことに気が付いてから、急に気になりだしていた。


 ――初めての男子への興味が、そんなきっかけでもいいのかな?


 これまで三次元の男子に興味など持ったことがなかった初美には、それが恋愛感情なのかどうかもよく分からない。


 ――もしかすると、綾瀬くんに似ていたから〇〇くん(※アニメキャラ)のことも好きになったとか!?


 ふとそんな考えもぎったが、すぐにその意味に気付いて顔が火照る。

 いずれにせよ、ごちゃごちゃ考えている時間がないことは、謎の存在たちが醸し出す空気から初美も十二分に感じ取っていた。


 ――確か麗は改変後も学校を引き継いだ、って言ってたよね。ってことは、これから行く世界にも学校があって、綾瀬くんもいるってこと? それなら……、


「同じクラスの綾瀬紬くんと……両想いになれる?」

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