05【黒崎初美の場合】その壱
「で、起きたらこの世界にいた、ってわけなの」
もし元の世界で聞いていたなら、寝ぼけたサブカル女子くらいにしか思えなかったに違いない。でも、今なら……。
これまで、リリス以外には打ち割って話せる相手もいなかった状況に、知らず知らず閉塞感を感じていたのだと改めて気が付いた。
――麗も、俺と同じように元の世界からやってきた一人だった。
久しぶりに思い出したなぁ、この安堵感。
同じ価値観、同じ記憶を共有した仲間と過ごす毎日……そんな、当たり前にあった日常が、こんなにも得難く感じられるなんて。
同時に、リリスのような謎生物であっても胸の内を語れる相手がいたというのは、精神的にかなりの助けになっていたのだと改めて思う。
「状況は、かなり似てるわね、私たちと。……だがしかし!」
人差し指を立ててリリスが
もしかしてこいつも、俺と同じ疑問点に気付いたか?
「気になるのは、麗ちゃんのBL設定がどんな内容だったか、ってことね!」
「そこじゃねぇよ!」
「え~っと……もちろん紬くんは受けで、攻めは川島くんと……」
「麗も答えなくていいから! ってか、なにが
一番の疑問点、それは俺と麗が、なぜ
俺たちが改変したのは別々の世界線……つまり、互いに元の世界の記憶を共有しているはずがないんだ。
それに、麗はこの世界の彼女と〝入れ替わる〟と言っていたけど、俺やリリスは〝転送する〟と言われたのも気になる。
また、麗の話では、ノートの精はもう一人の人物を〝契約者〟と呼んでいた。
俺の時も、ノートの精とリリス以外に〝契約者〟と呼ばれる何者かがいたんだろうか? 単なる言葉の綾なのか、それとも――。
いや、とにかく今は、
「じゃあ、その……黒崎、さん? の話も、聞かせてもらえる?」
もう一人――
彼女の話が、多くの疑問に答える鍵になる気がする。
……って、あれ? 反応がないぞ?
「あの……黒崎さん?」
「………」
そういや黒崎さん、スマホがないとほとんど喋らないんだっけ。
まさかの筆談開始!?
「初美!」
麗に促されると、ハッと我に返った黒崎さんが、鞄から小箱を取り出す。
あれは、ファミリアケース!?
彼女が、うちのクラスでは俺以外で唯一のテイマー専攻だったことを思い出す。
左手に嵌めた瑠璃色の指輪でケースを軽く叩くと、黒い球体が飛び出し、空中で羽の生えた小さな人型の使い魔に姿を変えた。
やはりあの指輪、魔具だったのか。
ミニの袖無しワンピースに黒いレースのタイツ。
背中には
大人っぽい出で立ちながら、碧い瞳をくりくりと動かす表情はまだ幼い。
「妖精!?」
思わず
「私はクロエにゃん!」
まさかの猫語!
「
「ダークスピリットのクロエちゃん。戦闘スキルはないけど、使役者の心を読んで代わりに話をしてくれる精霊よ」
麗の説明を聞きながら得意気に胸を反らすクロエ。
使い道がすごくピンポイントな使い魔だな……。
「そういう事にゃん。初美んは陰キャでコミュ障だから言ってることがよく分からないにゃん」
「酷い言われようだな……」
「にゃので、今日のところはクロエがサポートするにゃん」
「じゃ、じゃあ、お願いしますにゃん……」
◇
麗から黒ノートの話を聞いた翌朝、初美はいつもより二、三本早い電車に乗って学校へ向かっていた。
昨夜は、L・C・O(ラストクレイモアオンライン)でゲーム仲間の麗とペア狩りに出掛けていた。
と言っても、初心者用マップでまったりチャットをしていただけだったが。
――昨日はノートを枕元に置いて寝てみると言っていたけど、何か起こったかな?
二年B組の教室へ入ると、先に登校していた麗の背中が目にとまる。
何かの文庫本――恐らく、彼女の好きなBL系のライトノベルでも読んでいるんだろう。
ネットゲームにしろBLラノベにしろ、普通はオタクと見られるのを嫌ってこっそり
その分、女子の間では遠巻きにされるような浮いたポジションだったが、かと言って嫌われたりいじめられたりしているわけでもない。
本人は毎日を至ってマイペースに楽しんでいるように見える。
最初に話すようになったきっかけは、休み時間、前の席でL・C・Oのウェブページを閲覧している麗に気づいたことだった。
L・C・O――初美も好きなオンラインRPGである。
――もし長谷川さんと友達になれたら……。
ゲーム内ではギルドの中核を
それでいいとも思っていた初美だったが――。
クラスではすっかりサブカル女子の地位を固めた麗。
そんな彼女が同じゲームをプレイしているかもしれないと知って、初美自身も気づいていなかった感情がむくむくと湧き起こる。
気が付いた時には、衝動的に声を掛けていた。
「は、は、はせ……はせ……」
狩り、チャット、ギルド戦……同じゲームをリアルの友人と楽しむ……。
突然頭を
後ろの席から話しかけられた麗が、スマホから目を離して振り返る。
「ん? えっと……黒崎、さん?」
「は、
「うん。……あれ?
「…………」
――ダメ! 限界!
すすっと鞄からスマホを取り出すと、メッセンジャーの入力フォームに高速で文字を打ち込み、麗に見せる。
『メインはビーストテイマーでやってるよ! 〝
「な、なんで、筆談?」
『こっちの方が速いから!』
「そうなんだ……すごいのね」
元々、席は前と後ろの隣同士。
麗も決して気さくな方ではなかったが、一度話し始めれば、同じネットゲームを遊んでいる者同士、話題が尽きることもない。
二人が下の名前で呼び合うようになるまで、三日と時間はかからなかった。
今の初美には迷わず答えることができる。麗は親友だと。
昨日聞いた、不思議な黒ノートの話を思い出しながら自分の席に座る初美。
目の前には、いつもと変わらない麗の背中。
「おは……よ」
振り返った麗が、少し驚いたように目を
「おはよぉ初美、ってあら? 今朝は早いね?」
麗に続いて初美も壁時計を見る。いつもより二十分ほど早い。
「麗……昨日のアレ……どうなった?」
「ん? 昨日のアレ?」
――あら? まさか、忘れたわけじゃないよね?
麗の表情を見る限り、わざととぼけているという感じでもない。
「麗が言ってた……黒いノートの……」
「黒いノート? 何の話?」
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