04【長谷川麗の場合】その肆

「……と言うことなのよ」


 翌朝うららは、L・C・Oのゲーム仲間でもあるクラスメイトの初美はつみに、昨夜の出来事をすべて話していた。


 突然現れた不気味な黒ノート。

 それをそのまま枕元に置いて寝られるほど、さすがの麗も肝は据わっていない。鞄の中にしまい、なるべくベッドから遠ざけて朝を迎えたていた。


 一通り麗の話を聞くと、初美は催促をするように右手を差し出した。ゲーム内では饒舌じょうぜつの彼女も、現実世界リアルでは極端に口数が少ない。


 ――お! 初美、やっぱり興味が湧いたみたいね!


 麗から黒いノートを受け取ると、パラパラとページを捲る黒髪の美少女。

 アンケートの内容を基に考えられたと思われる世界設定が、数ページに渡ってびっしりと記されている。

 世界観の大枠はL・C・Oがベースだが、細かい部分の設定は麗の回答で補われているようだった。


「どう思う?」

「…………」

「単なるベータテスターの抽選じゃないよね。悪戯にしても手が込んでるけど……」

「…………」

「何より、最後に突然、ノートが現れたのがオカルト過ぎる!」


 答える代わりに小さくうなずく初美。……と、不意に鞄からスマホを取り出して、高速でメッセージを打ち込み始める。


 ――あ、会話したくなったのか、初美。


 惚れ惚れするような高速フリックを横目に、麗も鞄からスマホを取り出すと、直後に初美からのメッセージが届く。


『すごいじゃん麗! 異世界転移の準備だよそれww』


 どこまで本気なのか分からない初美からのメッセージ。


「まさかそんなことがほんとにあるわけ……」


 口頭で答える麗の言葉を遮るように、再び彼女のスマホが振動する。


『異世界はともかく いろいろメッチャ不思議じゃん!』

「そうなのよね……このノートの出現だけはどう考えても説明できないし」

『本当にその世界に行けるとしたら 麗は行くの?』


 少しの間、麗は考える。

 いや、昨夜布団に入ってからも、今朝の登校中も、今の初美の質問に対する答えをずっと考えていた。


 ――私は本当に、別世界に行きたいと思ってるのかな。


 移り住む先が、本当に知り合いも誰もいない世界なら、麗も首を横に振ったかも知れない。

 でも、彼女の設定が生かされるのだとすれば、その世界にも現実世界と同じ家族がいて、友達がいるはずだ。

 そしてそこにはきっと、大好きなゲーム〝L・C・O〟のような剣と魔法の世界が広がっているんだろう。


 ――クラスの男子にBL設定を付与しなかったのは悔やまれるけど……。


「うん……行ってみたい……気はする」

『なら今夜 試してみるべきだよ!』

「う、うん……」

『ねえ そのノートの 何も書いてないページ 一枚もらえない?』

「いいけど……何するの?」

『麗がどこかに行っちゃったら 私も追いかけるから!』


 思わず初美の顔を見る麗。

 初美も、スマホから目を離して麗を見返す。


 ――まさか、完全に信じてるわけでもないと思うけど……初美の目、茶化して言っているわけでもなさそうね。


 麗が、黒ノートから白紙のページを一枚切り取り、初美に渡したところで始業のチャイムが鳴った。


               ◇


 その日の夜、麗の枕元にはくだんの黒ノートが置かれていた。


 本当に異世界に行ける。……なんていう話を麗も本気で信じているわけではない。

 けれど、ノートが出現した非現実的なな経緯を考えれば、何が起こっても不思議ではないとも思えた。


 ……何かが起こりそうな予感。


 そんな胸騒ぎのせいか、理屈では馬鹿馬鹿しいと思いつつも、麗は自分が消えたあとのことを想像しながら置き手紙を書くことにした。



~~お父さん、お母さんへ

詳しくは書けませんが、私は、こことは別の世界にいくことになりました。

決して今の生活に不満があるわけではありません。

ただ、新しい世界で夢を叶えてみたくなったのです。

私はきっと幸せになるので心配しないでください。

そして、我侭な娘をお許し下さい。     

お父さん、お母さん、今まで沢山の愛をありがとう。

~~麗より



 ――変な宗教に引っ掛かったみたいな文面ね。


 自ら書いた文章を読み返しながら、麗は苦笑いを浮かべた。

 でも、それ以上、何をどう書けばいいのか思いつかない。


 ――まあ、私の意思で姿を消したことが分かるだけでも、ないよりはマシよね。


 麗は、手紙を机の引き出しにしまい、布団に入る。

 漠たる高揚感のせいでなかなか寝付けなかったが、それでもいつの間にか、意識は夢の中をとろりと彷徨さまよっていた。



 ふと、何かの気配を感じて目を覚ます麗。

 

 ――体が動かない! 金縛り!?


 目だけでヘッドボードの目覚まし時計を確認すると、ナツメ球の薄明かりの中で、零時を指した文字盤が浮かび上がる。

 寝返りが打てないので姿を見ることはできなかったが、背中越しに誰かの話し声が聞こえてきた。


「では、なんじをノートの契約者と認め、この人間の少女を中心として、世界を再構築する……ということで、宜しいかな?」


 声は年輩の男性のようだが、どこか人間離れした不思議な響き。

 しかし、それに答えた男の声は――、


『うむ。やれ』


 さらに地の底から湧き出てくるような、この世の物とは思えない陰々滅々とした負のオーラに満ちていた。

 金縛りになりながらも、神経を凝結ぎょうけつさせるような恐怖が麗の全身を駆け抜ける。


 かなり間があって、再び最初の、年輩の男らしき声が聞こえた。


「世界線の分岐が完了致しました。これより、この少女とあちらの世界の少女を入れ替えたのち、あちらの世界を改変、という段取りなりますが……」

『うむ……』

「大量の魔力を頂きますが、宜しいですかな?」

『初めてでもないのだし、いちいち説明は不要だ』


 直後、麗は体がふわりと浮き上がるような感覚を覚える。

 ……が、それもほんの一瞬。気が付けば、背中越しに感じていた二人の気配が消えていた。同時に、麗の金縛りも解ける。しかし――。


 ――な、何? 何が起こってるの!?


 恐怖に身をすくませるように、麗は布団を頭から被った。


 ――今の出来事は……現実? それとも、夢?


 布団の中で縮こまりながら、自問自答する。

 きっと、夢に違いない……自らにそう言い聞かせつつ、それでも気が付くと、麗は先ほどの不思議な会話を頭の中で反芻していた。


 ――私と私を入れ替える? どういう意味!?

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