06.紬くんも同じでしょ?

「あんただって……あたしのこと……別に、女だなんて意識してないでしょ?」

「え?」


 華瑠亜かるあを見返して思考を巡らす。

 外見だけなら、可愛いことは可愛いんだけどさ……。


「な、なによ?」

「い、いや、春頃の記憶が飛んでるから、俺がどんな風に思ってたのか――」

「春頃のことなんてどうでもいいのよ! どうせ初美ラブ状態だったんだろうし……今の話よ、今!」

「今、って言われてもなぁ。見た目は可愛い方だとは思うけど……」

「え? か、か、か、かわ、かわ、かわっ……」


 ――動揺しすぎだろ。あまり言われたことないのか? 


「けど! 女っつうか、どっちか言うと、いい仲間って言うか」

「あぁ~、はいはい、そっちね。……分かった! ですよねぇー。バッカじゃないの!」


 フン! と、華瑠亜が膨れてそっぽを向く。


 華瑠亜に合わせただけだろ。

 なんで馬鹿呼ばわりされなきゃならないんだ!?


 ……と、不意にうららとの約束を思い出して壁時計に目をやる。

 七時前か。これ以上遅くなると連絡しづらくなるな。


「ちょっと、通話機を貸してくれ」

「どうぞ! 使いたきゃ使えば?」


 スマホで直接本人と話せた元の世界と違い、こっちでは通話機も家族共用なので何かと気を使う。

 麗とは明日の午後一時に最寄り駅ウエストフナバシティで待ち合わせだけして通話を切ると、再び膨れっ面の華瑠亜に向き直り、


「夕飯、どうする? どうせ食材なんて買ってないんだろ?」

「ショクザイ? 実家から送ってきた物は保冷庫に入れといたはずだけど」

「ああ、あれか……」


 炊事場キッチンにあった保冷庫の中身を思い出す。

 冷魔石の効果が切れ、どろどろになって悪臭を放つ肉や野菜……。それを包み込む胞子はさながら、風の谷・・・を取り巻く〝腐海〟を彷彿とさせた。


「あんなの、もう処分したよ。カビの森みたいになってたぞ」

「それは失礼……食材っていうより、贖罪が必要かな~、あはは……」


 そう言いながら、ぺロリと舌を出す華瑠亜。


「それで上手いこと言ったつもりか?」

「…………」

「駅の近くにピッツァハウスがあったよな? バイト代入ったし、おごるけど、行く?」

「行くっ!!」「行く――っ!」


 あれ? と思って視線を落とすと、ポーチのふたを開けて真っ直ぐに手を挙げているリリスと目が合った。


               ◇


 食事の後、華瑠亜を部屋まで送り、家に着いた頃には午後九時を回っていた。

 店で二時間も他愛のない雑談をしていたことになる。

 ピッツァ一枚を分け合って慎ましやかに済ませるつもりが、あれやこれやリリスに追加注文され、結局バイト代の千ルエンじゃ足が出た。


 まあ、華瑠亜も楽しそうにしていたし、いいんだけどさ。


 今日の雰囲気を見る限り、この世界の俺と華瑠亜は、優奈ゆうな先生が言っていたようにまずまず仲良くやってたようだ。


 それが、あそこまで険悪な雰囲気になっていた原因として考えられるのは、華瑠亜の言う〝黒崎初美事件〟だが……。

 単に、ハウスキーパーのバイトが頼み辛くなったというだけで、あそこまで態度が変わるものだろうか?


 ……まいっか。

 華瑠亜との関係も、今日でだいぶ改善したことは間違いないだろう。

 今はそれで充分!


 問題は明日だ。

 麗の部屋の謎、しっかり聞いておかないと!


               ◇


 翌日、駅まで迎えに行った俺の前に現れたのは、二人のクラスメイトだった。

 一人はもちろん、昨日約束した長谷川麗。

 そしてもう一人。あの子は、確か……。


 黒崎初美くろさきはつみ!?


 胸まで大切に伸ばした、真っ黒なロングストレート。

 背は、麗と同じくらいだから、百六十センチくらいだろうか? いや、上げ底の黒いローファーを見る限りもう数センチは低いか。

 黒いインナーに黒いシースルーを重ねただけの出で立ちは、とても涼しげで、少し大人っぽい印象も受ける。


 左手の人差し指には、大きな青い石をあしらった指輪。

 装飾品にしては石が大き過ぎるし、何かの魔具マジックアイテムだろうか?


 眠たげに据わったような目つきだが、長い睫毛まつげのおかげでパッチリとした印象を受ける。

 もし元の世界でもクラスメイトであったなら、勇哉のハーレムリストに入っていてもおかしくないような美少女。


 これが、この世界の俺が好きになったという女の子か……。


「なんで、黒崎さんまで?」


 麗と仲がいいというのは聞いていたが、他の人間がいたらあの部屋のことは話題に出せない。

 これじゃあ、今日の訪問の意味もないと思うんだが……それとも、麗の目的は別にあるのか?


「詳しいことはあとで話すわ。とりあえず、つむぎくんに行かない?」


 ここまできたら追い返すわけにもいかないし、今日のところは仕方ないか。


 家までの道中、俺と麗が会話をしてる間も、黒崎は一言も口を利かなかった。

 もちろん、面と向かって話すのは今日が初めてだし、単に人見知りなのかも知れないが――。

 話しかけても黙ってうつむくだけ。

 確かにこれじゃ、なかなか友達も出来ないだろう。


 そう言えば華瑠亜は、俺と黒崎の家が近いと言っていたが、あいつの勘違いだろうか?

 それとも、近いとは言っても一駅分くらいは離れているってことか?


 家に着いて二人を部屋に案内すると、へぇ!と感嘆の声を上げる麗。彼女にはちゃんと、この部屋の真の姿が見えているのだろう。

 学習机、パイプベッド、テレビ、ブルーレイデッキ、etc……。


 彼女も俺と同じく元の世界から転送されてきて、だからこの部屋の異質さも認識できるんだ。もう疑いようがない!


「こんにちはぁ」


 いもうとが冷たいお茶と焼き菓子を部屋まで持ってきてくれた。

 兄の元を訪ねてきた女子をチェックする目的もあるのだろう。


 昨日、麗の部屋での華瑠亜を見るまでは、この世界の人間にこの部屋を見られたらエライことになると思っていた。

 部屋の鍵まで閉めるようにして、家族にも室内を見られないよう毎日気を遣っていたのだが、そこに神経を擦り減らさなくてもよくなったのは非常にありがたい。


「あ、初美さん、お久しぶり!」


 ニッコリ笑って軽く会釈をするしずくに、黒埼もぺこりと頭を下げる。


 お久しぶり?

 この世界の雫は黒崎を知ってるのか?

 名前で呼ぶなんて親しそうだな。

 学校の先輩後輩か何かだろうか? にしては敬語じゃなかったが……。


 雫が部屋を出ていくと、黒崎もキョロキョロと室内を眺め始める。

 きっと彼女の目には、この世界における一般的な男子の部屋として映っているに違いない。


「あ、リリカたんの限定ボックス……」


 おっ! やっと黒崎が喋ったぞ。

 迂闊な質問をして頭を疑われても困るし、雫とのことはまたあとで確認してみよう。


「そうそう、初回限定の……」


 ――っておい!?

 なんで黒崎にリリカたんが見えてるんだ!?


 麗が、俺と初美を交互に見ながら呟く。


「私も初美も、同じ転送組なのよ。紬くんも同じでしょ?」


 はあ? 転送組? なんだその組?

 二人が腰を下ろすと、再び麗がゆっくりと口を開く。


「早速だけど……まずは、私のことから話そっか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る