05.アルバイト
とにかく、できるだけ速やかに〝今の俺の記憶〟と〝みんなの中の俺〟の
特に、
まあ、それはそれとして――。
目の前に広がる惨状に
元の世界でも〝片付けられない女子〟のような人種がいるのはテレビ等で見知ってはいたが、華瑠亜がそれか!
ほとんど条件反射のようにエプロンを着ける。
俺も、こう見えて意外と几帳面なのだ。
「おおっ! その雄姿、久しぶり~!」
ベッドの上で、拍手をするような
いつの間にかニーハイソックスを脱ぎ捨て、ミニスカートのまま無造作に
場所が場所なら扇情的な絵面だとは思うけど……。
掃き溜めのような室内を目の当たりにして、先程までの浮ついた気持ちはすっかり鳴りを潜めてしまった。
散らかっている物を、手際よく捨てる物と取っておく物に選り分け、捨てる物はどんどんゴミ袋へ放り込んでゆく。
四十分ほどかけて溜まった四袋分のゴミを近くの集積所に捨てに行き、次は道具類の片付けをしようと、再び室内に入るが……、
「なあ……この辺りの床、ペタついてないか?」
「あ――、そこはほら、
「すぐ拭けよ! それ、いつの話?」
「黒崎初美事件の直前だったから……四月の半ばくらいかなあ」
まったく悪びれた様子のない口調に、これ以上突っ込むのも時間の無駄だと諦める。
男は黙って拭き掃除だ。
終わるころには日も落ちて、だいぶ薄暗くなっていたので壁のランプに明かりを灯してゆく。
ようやく道具の後片付けだ!
服はとりあえず全部洗濯だな。
……と、バルコニーの洗濯桶に水を溜めていると、
「ああ、服なんかはそのまま畳んで、片付けておいてくれればいいよ」と、華瑠亜。
「ええ!? パンの食べ残しや肉の骨と一緒に散乱してたんだぞ?」
「なんか疲れちゃってさ~……早く終わらせたいなあ、って」
「何もやってないだろ、おまえ」
「ずっと見てたじゃん。あんたの
「…………」
――だめだこいつ。無視しよう。
時間がないので丁寧に洗うことはできないが、何度も着ている感じではないし、洗液で揉み洗いをして
夜間干しになってしまうが、天気も良さそうだし大丈夫だろう。
下着だけはさすがに洗濯するわけにも行かず、洗液に漬け置きだけしておく。
「そこまで洗ったなら、
「で、できるかっ! 後でちゃんと、自分で洗って干しとけ!」
「へいへい」
俺と華瑠亜って、一体どんな関係だったんだ?
元の世界の一般的な同棲カップルだって、もう少し羞恥心はあるんじゃないだろうか。
次は炊事場の片付け。
手押しポンプを漕いで
洗い物が終わると炊事場の床も掃き掃除と拭き掃除を終わらせて……。
最後は、さっきからガサゴソと動き回ってるあいつの退治だ!
「おれつえ――!」
「よし、ブルー! その辺りで動き回ってる黒いGを捕まえろ!」
「ぷぷぷっ。何よ、虫相手に〝おれつえ―〟とか……大袈裟だっつ~の」
「ほっとけ!」
数分後、あちこち部屋を駆け回ってブルーが捕まえてきたのは、ゴキブリだ。
でかしたブルー! つえーぞブルー!
「この前から、デカいのが一匹、住みついてたのよねぇ」
「本当に一匹ならいいけどな……」
「こういうのは、一匹いたら二匹はいるっていうからねえ」
「それを言うなら十匹だろ」
よくそんな部屋でのんびり
表にゴキブリを捨てて戻ってきたブルーを、華瑠亜が膝の上に抱え上げる。
「これが例の、新しくテイムした猫ちゃんかぁ。へえ~、可愛いじゃん!」
華瑠亜に撫でられてブルーも気持ち良さそうにリラックスしている。
ほんの三十分位のつもりが、気がつけば一時間半も掃除をしていたようだ。
「とりあえず、掃除の方はこんなもんか」
「うんうん。双子座男子の訪問が幸運を呼ぶって、やっぱり当たってたわ!」
「掃除はラッキーイベントじゃないから」
片付いた床の上にクッションを敷いて腰を下ろすと、
「はいこれ、アルバイト代」
と、華瑠亜から一枚の銅貨を手渡される。
この世界の通貨単位では千ルエン。元の世界の日本円に換算すると、ちょうど千円程度の価値であることは、これまでの生活の中で調べがついていた。
つまり、一ルエン≒一円だ。このあたりのお約束感も分かりやすくていい。
「ああ……俺、バイト代なんてもらってたんだ?」
「え? それまで忘れてたの!?」
「う、うん……」
「チッ……」
あれ? 今、華瑠亜の舌打ちが聞こえたような気が。
「ハウスキーパー代として実家から仕送りされてるからさ。その一部」
「仕送りって、どのくらい?」
「えーっと、銀貨五枚…… くらいかな?」
銅貨五十枚分、つまり、五万ルエンだ。
仮に、俺が週二で掃除したなら、せいぜい銅貨十枚……一万ルエンに届くかどうかだ。
「バイト代、安くない?」
「そ、そう? もともとそういう契約だったと思うけど?」
「俺の記憶が疑わしいのをいいことに、日当ごまかしてないだろうな?」
「そ、そ、そんなことするわけないじゃない!」
はなはだ怪しいが、俺も記憶がないのでそれ以上追求もできない。
まあ、こまめに来ていればもう少し早く片付くだろう。
知り合いだから気軽だし、時給千円と考えればそれほど悪くはない。
「あんたがさぁ、
「なんで?」
「気になる子がいるっていうのに、他の女子の部屋なんかに出入りさせてたら、上手く行くものも行かなくなるでしょ」
「上手くいってほしかったのか?」
「違うわよっ!……っていうか、べ、別にあんたの恋路がどうなろが知ったこっちゃないけど、あたしのせいで上手くいかなかったなんて言われちゃ心外だから」
「それ以前にさ、一人暮らしの部屋に男を入れてることは問題にならないの?」
「だ、大丈夫よ。あんたのこと、男だなんて思ってないし……」
「ああ、そうですか」
華瑠亜がどう思うかより、
「あ、あんただって、あたしのこと……別に、女だなんて意識してないでしょ?」
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