04.大人の関係

「まだ明るいし、ウチくる?って訊いたの!」


 眉根を寄せ、唇を尖らせる華瑠亜かるあ


「はあ? なんで急に? 帰るころには結構いい時間になるだろ」

「ついでに寄っていってもらおうかな、って思ったのよ。双子座男子に……」


 忘れてたわ、そんな話!


「華瑠亜の家って、どこなんだよ?」


 そう尋ねた直後、華瑠亜がまた呆気に取られた表情に変わるのを見て、しまった!と、心中で舌打ちをした。

 これも、知っていなきゃいけない情報だったか?


「あんた、ほんっとぉーに、大丈夫!? そこの記憶も飛んじゃったの?」

「と……飛んじゃったのかなぁ」

「イーストフナバシティよ。確かに最近は来てなかったけど、春頃まではよく来てたじゃない」


 そうなの!?

 確かに優奈ゆうな先生も、俺と華瑠亜は仲が良かったって言ってたけど、まさか家に遊びに行くほどの仲だったとは!

 元の世界では同級生の女子はおろか、ガールフレンドの部屋にすら行ったことがなかったけど、こっちの俺は、いわゆる〝リア充〟ってやつだったのか?


「ぼんやり覚えてる気もするけど、いろいろと不鮮明になっているというか……一時的なものかな?」


 適当にごまかしてはみたものの、我ながら胡散うさん臭い。


「まあいいわ」

「いいのかよ!」


 よく訪ねていた家を忘れるって、相当だぞ?


「人は物忘れをするものだしね。もう一回案内するから、今度はちゃんと覚えなさい」


 本当、華瑠亜が大雑把な性格で助かった。

 他のD班メンバーと違って、華瑠亜とだけはこの世界でもそれなりに親しくしていたみたいだし、あまり迂闊な質問はできないな。

 この機会に、自宅くらいは覚えておいてもいいかもしれない。


               ◇


 そう思って来てはみたものの……テラスハウス!?


 元の世界では確か、それなりに立派な門構えの一戸建てだった記憶があるんだが、今、目の前にあるのはどう見ても木組みの長屋テラスハウスだ。

 規模から見て、単身用の賃貸物件だろう。


「家族も……ここで一緒に?」

「そんなわけないでしょ。一人暮らしよ。そこまで忘れる?」


 しまった! またこんな質問を……迂闊過ぎるぞ、俺!

 ……と思ったのだが、華瑠亜もあまり気に止めている様子はない。

 俺の記憶喪失設定に、彼女も徐々に慣れてきてるようだ。


 一人暮らしを始めたのは去年の春……つまり、十年生になって今の校舎に通うようになってかららしい。

 世界が変わっているのだから、俺の周囲でも環境や境遇が変わっている部分はあるのだろう。

 バタフライ効果のように、わずかな齟齬でも巡り巡って大きな食い違いに発展する可能性も否定できないし、元の世界の情報をアテにし過ぎるのも危険だ。


 それにしても……と、改めて目の前のテラスハウスを眺める。


 ここに俺が何度も遊びに来てたって?

 一人暮らしの女子の部屋に?

 もしかしてこの世界の俺と華瑠亜って、優奈先生も言ってたように、本当にそう言うアレだったのか!?


 ……………。


 待て待て。付き合っていたなら、さすがに黒崎初美とやらの相談をわざわざ華瑠亜にするはずがない。


 じゃあ、もしかすると……もう少し大人の関係、みたいな!?


 まさか!

 ……とは思うが、十四歳で成人する世界だし、体だけの関係があったって不思議ではない。

 とにかく、俺が来る前の記憶がないので、様々な妄想が頭を過ぎる。


「何やってんの? 早く入ってよ」


 石階段の上から、玄関のドアを開いたまま華瑠亜が俺を見下ろしている。

 変な妄想をしたせいか、黒のニーハイソックスに包まれたしなやかな美脚を見上げて、思わずごくりと唾を飲み込む。


「お、おう!」


 やや緊張しながら、華瑠亜に続いて家の中に入ると、真っ先に俺の視界に飛び込んできた光景は――。



 散らかり放題の室内だった。

 服、小物、本、その他諸々もろもろ細々こまごまとしたアイテム類……だけならまだいい。


 他にも、食べかけのパンやお菓子。

 テーブルの上には何かの肉の骨みたいな物も見える。


 犬でも飼ってるのか!?


 台所では、水を張った石造りのシンクの中に、ジェンガのように積み重なった食器が、見るだけで臭いそうなタワーを形成している。


 元の世界にいた時にテレビで見たことがあるぞこれ。

 いわゆる、ゴミ屋敷の初期バージョンだ!


 部屋を見たリリスが、黙ってポーチの中から蓋を閉じる。


 元の世界の華瑠亜は、気分屋ではあったが意外と正義感も強く、仲間思いのところもあって後輩からも慕われていた。

 もちろん、だからと言って几帳面な私生活を送っているとは限らないが、それにしてもこんな状態の部屋に住んでるイメージは全くなかった。

 向こうでは実家暮らしだったし、この状態になる前に、恐らく親がなんとかしていたのかもしれない。


 足の踏み場もない、とはよく言うが、ギリギリ何箇所か、足の踏み場だけがあるような有り様だ。

 そこを器用に「ほい、ほい」と渡り歩いて、部屋の奥から華瑠亜が何かを持ってきた。


「はいこれ」


 渡された物を広げてみると、薄汚れた水色のエプロン。


「なにこれ?」

「エプロンでしょ」

「いや、それは分かるけど、なんでこれを俺に?」

「来たときはいつも、これ着けてたじゃん」

「なんの為に?」

「掃除でしょうよ! それも忘れたの!?」

「………」


 俺がここに来てた理由って、華瑠亜の部屋の掃除だったの?

 何やってたんだよ、この世界の俺は?

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