03.ウチくる?
「えっと……これは、あの……ええっ!?」
麗の部屋と顔を交互に見比べながら、上手い返答が見つからずに、狼狽だけが意味不明の呟きとなって口から零れた。
状況を整理しようと命令はしているのだが、頭の中から聞こえてくるのは、思考の歯車が上滑りする音のみ。
挙動不審の俺に気付いて、
「ん? なにキョロキョロしてんのよ? 遠慮しないで入ったら?」
小首を傾げて話しかけてきたが、やはり声色は普段通り。
「お、おう……って、おまえの部屋じゃないだろ」
平静を装うも、顔が強張っているのが自分でも分かる。
とくに気に留める風でもなく本に戻した視線を、しかし、何かを思い出したかのように再び外して、今度は麗に話しかける華瑠亜。
「そう言えば麗、
「うん、大丈夫。もう見せたから」
「は? まだ部屋に入っただけじゃない」
「うん。 この部屋を、見てもらいたいだけだったの」
「部屋?」
華瑠亜がぐるりと室内を見回したあと、最後に俺の顔で視線を止める。
「普通の部屋……よね?」
「そう……だな」
「感想は?」
「う、うん……普通、かな?」
なんだこの会話?
華瑠亜も首を捻りながら麗の方を向き、「ですってよ」と伝えた。
華瑠亜は気付いていないようだが、とにかく異常事態であることは確かだ。
考えをまとめるには情報が少なすぎるので早々に諦める。
とりあえず今は、動揺を抑えつつ、ありのままの事象を受け入れることに集中だ!
中央にちんまりと置かれた小さな
ガラスをテーブルにするなんて工作も、この世界らしからぬ発想だろう。
華瑠亜は何度も来てるから慣れている、とか?
いや、いくら慣れたって普通の部屋じゃないってことは分かるよな。
つまり、華瑠亜にはこの部屋が〝普通の部屋〟に見えてる、若しくは、異常な部屋だと
ふと気がつくと、ポーチから抜け出したリリスが俺の
行動パターンだけを見ているとゴキブリを思い出すな。
(おまえ、よくこんな状況でお菓子なんて食べられるな!?)
ヒソヒソと話しかけると、クッキーの欠片を
横顔からこちらを流し見るその瞳は、既に落ち着きを取り戻しているかのようだ。
肝が据わっていると言うか、鈍感と言うか……。
「びっくりはしたけど、そもそもこの世界自体がびっくり現象だからね。今さら、何が起こったって不思議じゃないよ」
まあ、そりゃそうなんだが……。
今までこちらに転送されたのは俺とリリスだけだと思っていたのに、もしかすると、まだ他にもいたかも知れない、ってことなんだぞ?
普通のびっくり現象……というのもおかしな言い回しだが、それとはまた別次元のサプライズだ。
ここは、元の世界の
考えれば考えるほど頭が混乱する。
「なんなの? 部屋を見せたいとか……二人で何か隠し事?」
ようやく華瑠亜も俺たちの様子に不信感を抱いたのか、俺と麗を見比べるように、薄目の向こうで瞳を動かしている。
「ううん、そう言うわけじゃないんだけど……」
麗の表情は?
……と見れば、とりあえず、見た目には普段の飄々とした彼女に戻っているように見える。
ただ、もし麗も、俺と同じようにこの世界に転送されたのだとしたら、彼女にとっても俺が初めての〝転送仲間〟ということになるんじゃないだろうか?
既に察していた感もあるが、内心はそれなりに高揚してるのかもしれない。
「今月、双子座の男子を部屋に招待すると幸運が訪れます、ってね。
麗が苦笑いを浮かべながら答える。
確かに俺は双子座だが……く、苦し過ぎないか、その言い訳!?
案の定、華瑠亜も驚いたように聞き返す。
「そうなの? 確か麗、あたしと同じ射手座よね?」
「う、うん」
「紬! あんた、うちにも来なさいよ」
チョロ過ぎるぞ、華瑠亜……。
その後は、特に変わった事もなく、夕方四時頃まで麗の部屋で過ごした。
部屋の様子に最初は驚いたが、慣れるに従って、元の世界で友人の部屋を訪ねた時のような懐かしさに浸り、知らず知らずのうちに意外とリラックスしていた。
考えてみればこの世界に来てからは、家族も含めて、リリス以外と会っている時は常に緊張状態だったからな……。
麗に聞きたいことは山ほどあるが、華瑠亜の前ではさすがに無理だ。
ここまで見せられて事情が聞けないというのはかなりのフラストレーションだが、そこはぐっと我慢する。
課題合宿だってあるし、話す機会はまたあるだろう。
……そう思っていたのだが、帰りしなに麗からこっそりメモ用紙を渡された。
華瑠亜にバレないようにそっと開いてみると、通話番号らしき数字と一緒に、メッセージが書いてある。
【明日、紬くんの家に行ってもいいかな?】
思わず麗を見返すと、ニコニコと笑っているようで、そのくせ眼鏡の奥からは、有無を言わせぬ真剣な眼差しが俺を射抜いていた。
よく言う〝笑顔なんだけど目が笑ってない〟というのは、こういう顔のことを言うのだろう。
とりあえずその場は、軽く
俺としてもなるべく早く事情を聞きたいのは一緒だ。断る理由はない。
それにしてもあの部屋には一体、どんな秘密があるんだろう。
麗もこの世界へ転送されたのだとしたら、他にもそんな人物がいるんだろうか?
……まあ、今いくら考えたって答えは出ないか。
家に帰ったらさっそく麗に連絡して、明日の時間なんかを打ち合わせしよう!
帰りの
「……くる?」
隣に座っていた華瑠亜が何か話しかけてくる。
「……ん? な、なに?」
「あんたね! ボォ―――ッと生きてんじゃないわよ!」
「わ、悪かったな、ちょっと考え事してたんだよ! ……で、なんだって?」
「だ・か・ら! まだ明るいし、ウチくる?って訊いてんの!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます