03.ウチくる?

 うららの、眼鏡の奥から俺の反応を観察するようなジト目に、思わずいやな汗が流れる。


「えっと……これは、あの……ええっ!?」


 麗の部屋と顔を交互に見比べながら、上手い返答が見つからずに、狼狽だけが意味不明の呟きとなって口から零れた。

 状況を整理しようと命令はしているのだが、頭の中から聞こえてくるのは、思考の歯車が上滑りする音のみ。


 華瑠亜かるあは? と見れば、特に違和感を感じている様子もなく、ベッドの上でのほほんとお目当てのBL本を読んでいる。

 挙動不審の俺に気付いて、


「ん? なにキョロキョロしてんのよ? 遠慮しないで入ったら?」


 小首を傾げて話しかけてきたが、やはり声色は普段通り。


「お、おう……って、おまえの部屋じゃないだろ」


 平静を装うも、顔が強張っているのが自分でも分かる。

 とくに気に留める風でもなく本に戻した視線を、しかし、何かを思い出したかのように再び外して、今度は麗に話しかける華瑠亜。


「そう言えば麗、つむぎに見せたい物があるって言ってたよね? 何だったの?」

「うん、大丈夫。もう見せたから」

「は? まだ部屋に入っただけじゃない」

「うん。 この部屋を、見てもらいたいだけだったの」

「部屋?」


 華瑠亜がぐるりと室内を見回したあと、最後に俺の顔で視線を止める。


「普通の部屋……よね?」

「そう……だな」

「感想は?」

「う、うん……普通、かな?」


 なんだこの会話?

 華瑠亜も首を捻りながら麗の方を向き、「ですってよ」と伝えた。


 華瑠亜は気付いていないようだが、とにかく異常事態であることは確かだ。

 考えをまとめるには情報が少なすぎるので早々に諦める。


 とりあえず今は、動揺を抑えつつ、ありのままの事象を受け入れることに集中だ!


 中央にちんまりと置かれた小さなガラステーブル・・・・・・・の前に、所在無しょざいなさげに腰を下ろす。

 ガラスをテーブルにするなんて工作も、この世界らしからぬ発想だろう。


 華瑠亜は何度も来てるから慣れている、とか?

 いや、いくら慣れたって普通の部屋じゃないってことは分かるよな。

 つまり、華瑠亜にはこの部屋が〝普通の部屋〟に見えてる、若しくは、異常な部屋だと認識できていない・・・・・・・・と言うことだ。


 ふと気がつくと、ポーチから抜け出したリリスが俺のひざを伝って、ガラステーブルの上によじ登っていた。バスケットの中のおやつが目的だったらしい。

 行動パターンだけを見ているとゴキブリを思い出すな。


(おまえ、よくこんな状況でお菓子なんて食べられるな!?)


 ヒソヒソと話しかけると、クッキーの欠片を頬張ほおばりながら、首を回して俺の方を振り返るリリス。

 横顔からこちらを流し見るその瞳は、既に落ち着きを取り戻しているかのようだ。


 肝が据わっていると言うか、鈍感と言うか……。


「びっくりはしたけど、そもそもこの世界自体がびっくり現象だからね。今さら、何が起こったって不思議じゃないよ」


 まあ、そりゃそうなんだが……。

 今までこちらに転送されたのは俺とリリスだけだと思っていたのに、もしかすると、まだ他にもいたかも知れない、ってことなんだぞ?


 普通のびっくり現象……というのもおかしな言い回しだが、それとはまた別次元のサプライズだ。


 ここは、元の世界の勇哉ゆうやが考えた設定を基に、俺を中心に改変されたはずの世界だ。そこに、なぜ麗が?

 考えれば考えるほど頭が混乱する。


「なんなの? 部屋を見せたいとか……二人で何か隠し事?」


 ようやく華瑠亜も俺たちの様子に不信感を抱いたのか、俺と麗を見比べるように、薄目の向こうで瞳を動かしている。


「ううん、そう言うわけじゃないんだけど……」


 麗の表情は?

 ……と見れば、とりあえず、見た目には普段の飄々とした彼女に戻っているように見える。

 ただ、もし麗も、俺と同じようにこの世界に転送されたのだとしたら、彼女にとっても俺が初めての〝転送仲間〟ということになるんじゃないだろうか?

 既に察していた感もあるが、内心はそれなりに高揚してるのかもしれない。


「今月、双子座の男子を部屋に招待すると幸運が訪れます、ってね。占術オーガー誌に書いてあったから。知り合いで双子座、紬くんくらいだったし……」


 麗が苦笑いを浮かべながら答える。

 確かに俺は双子座だが……く、苦し過ぎないか、その言い訳!?

 案の定、華瑠亜も驚いたように聞き返す。


「そうなの? 確か麗、あたしと同じ射手座よね?」

「う、うん」

「紬! あんた、うちにも来なさいよ」


 チョロ過ぎるぞ、華瑠亜……。




 その後は、特に変わった事もなく、夕方四時頃まで麗の部屋で過ごした。

 部屋の様子に最初は驚いたが、慣れるに従って、元の世界で友人の部屋を訪ねた時のような懐かしさに浸り、知らず知らずのうちに意外とリラックスしていた。


 考えてみればこの世界に来てからは、家族も含めて、リリス以外と会っている時は常に緊張状態だったからな……。


 麗に聞きたいことは山ほどあるが、華瑠亜の前ではさすがに無理だ。

 ここまで見せられて事情が聞けないというのはかなりのフラストレーションだが、そこはぐっと我慢する。

 課題合宿だってあるし、話す機会はまたあるだろう。


 ……そう思っていたのだが、帰りしなに麗からこっそりメモ用紙を渡された。

 華瑠亜にバレないようにそっと開いてみると、通話番号らしき数字と一緒に、メッセージが書いてある。


【明日、紬くんの家に行ってもいいかな?】


 思わず麗を見返すと、ニコニコと笑っているようで、そのくせ眼鏡の奥からは、有無を言わせぬ真剣な眼差しが俺を射抜いていた。

 よく言う〝笑顔なんだけど目が笑ってない〟というのは、こういう顔のことを言うのだろう。


 とりあえずその場は、軽くあごを引いて見せただけで麗の家を後にする。

 俺としてもなるべく早く事情を聞きたいのは一緒だ。断る理由はない。



 それにしてもあの部屋には一体、どんな秘密があるんだろう。

 麗もこの世界へ転送されたのだとしたら、他にもそんな人物がいるんだろうか?

 ……まあ、今いくら考えたって答えは出ないか。

 家に帰ったらさっそく麗に連絡して、明日の時間なんかを打ち合わせしよう!


 帰りの船電車ウィレイアの車内でそんなことを考えていると、


「……くる?」


 隣に座っていた華瑠亜が何か話しかけてくる。


「……ん? な、なに?」

「あんたね! ボォ―――ッと生きてんじゃないわよ!」

「わ、悪かったな、ちょっと考え事してたんだよ! ……で、なんだって?」

「だ・か・ら! まだ明るいし、ウチくる?って訊いてんの!」

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