第六章 華瑠亜とおでかけ
01.行くの? 行かないの?
「じゃあさ、一緒に
聞かれたら困るような話なのかな?
「麗の? なんでまた?」
「あたしは、麗に頼まれてた買い物があったから、遊びに行くついでにそれを渡しに行くだけだけど……」
「俺、そこまで麗と親しいわけじゃないけど」
「それがさあ……麗がね、あんたに見せたいものがある、って言ってたのよ」
俺に? 麗が?
「何だろ?」
「さあ……とにかく、学校に持って来られるような物でもないみたいでさ」
数回しか話したことがない男子を、わざわざ家に呼んでまで見せたい物?
しかも、学校には持って来られないような?
なんだか、つかみ所のない話だ。
「麗は麗であんたに直接は頼み辛いみたいだったから、それじゃあ、あたしが行く時にでも誘ってみるよ、って引き受けてたのよ」
そうまでして見せたいものって、何だろう?
まったく見当がつかない。
「それ、いつ頃の話?」
「相談されたの? あんた達がテイムキャンプから帰ってきたあとね。
テイムキャンプの後、か。
あの時、麗が話していた内容と何か関係があるのだろうか。
俺とは二回話しただけ……〝こっちでは〟 と、確かに麗はそう言っていた。その言葉には、俺もずっと引っ掛かっていた。
D班――新しい戦闘班になってから、と言う意味だろうか?
しかし、それなら〝こっち〟という言い回しに違和感があるし、そもそも、限定的な期間で答える理由も分からない。
「あんたも意識が戻らなくて大変だったみたいだし、そのままうやむやになっちゃってたけど……今、ふと思い出して」
「ふぅん……」
「行くの? 行かないの?」
気のなさそうな俺の返事に眉根を寄せながら、華瑠亜がもう一度問い
「あ、ああ、多分行けるとは思うけど、一泊してきた後だし、一応家にも顔を見せてからにするよ」
「じゃあ、あたしも一旦帰るし、行けそうだったら連絡ちょうだい」
「ん? 俺、おまえの番号知らないけど?」
「ええ!? 今までも何度も通話してるじゃない!」
そうなんだ……きっと俺の意識がこの世界に来る前の話なんだろうな。
「ご、ごめん、えっと……メモ無くしちゃって」
「あんたねぇ、いつまでメモのまま持ってんのよ!」
仕方ないなぁ、と言いながら、華瑠亜がペンとメモ用紙を取り出して数字を書き始める。
「はい、これ。ちゃんと、通話帳に書き写しておきなさいよ」
「あ、どうも……。って、なんだこの、ミミズの這ったような字は!?」
「仕方ないでしょ、立ちながらなんだし! 文句があるなら無くすなバカッ!」
「ご、ごめんごめん……。お手数おかけしました……」
「分かればよろしい」
フンと鼻を鳴らしながら胸を反らせる華瑠亜を見上げながら、
「紬くん、よっわ」と呟いたのは、ポーチから顔を覗かせたリリスだ。
「いいんだよ! これくらいで丁度いいんだって」
華瑠亜の気の強いところはこっちの世界でも相変わらずだし、向こうにいたとき同様、下手に歯向わない方が良さそうだ。
「それにしても――」と、華瑠亜が、立夏と優奈先生を呆れたように見下ろす。
「よく寝るわね、この人たち」
◇
帰宅すると、家にいた母さんに麗の家へ行くことを告げる。
三日間、意識不明の状態から起きたと思ったら、さっそく信二の見舞い。翌日は可憐の家で、翌々日はトゥクヴァルスを再訪、さらに予定外の一泊。
帰ってきたと思ったら、今度はクラスメイトの家に遊びにいく、という話だ。
十四歳の誕生日を迎えたあとは、できる限り自立した成人として接する……という方針の我が家であっても、さすがに良い顔はされない。
それでも、華瑠亜も一緒であることなど事情を話したら納得はしたようで、渋い顔を作りながらも引き止められることはなかった。
すぐに華瑠亜に連絡して、学校の最寄のフナバシティ駅で待ち合わせをする。
「こっちこっち! 急げ――っ!」
ウィレイアからホームに降りるとすぐに、ぴょんぴょんと跳びながら手を振ってる華瑠亜が目に留まる。
白いTシャツにチェック柄のプリーツスカートと言うラフな出で立ち。
両サイドで二束に纏めた栗色のロングヘアが、上下する彼女に合わせて元気よく飛び跳ねている。
改めて見ると、元の世界では制服の膝丈スカートが、いかに彼女の長所を隠してしまっていたのかがよく分かる。
「ふう、間に合ったぁ!」と、華瑠亜。
俺たちが駆け込んだのと同時に扉が閉まり、ゆっくりと車輌が動き出す。
「そんなに急がなくても、また次のがあっただろ?」
「快速仕様はこれしか見当たらなかったのよ。麗の家、ちょっと遠いから各駅だとかったるいのよね」
「華瑠亜と麗って、そんなに仲良かったっけ?」
「戦闘班は去年から一緒だったけど……休みでも会ったりするようになったのは今年に入ってからね」
元の世界では、麗と華瑠亜が一緒に行動しているような場面を見た記憶はほとんどない。
そもそも麗は、いつも一人でBL小説を読んだりしているような自称
せいぜい、同じネットゲームを始めた
でも……あれ? ちょっと待てよ?
本当にそうだろうか?
ふと、頭に霧がかかっているような違和感を覚える。
麗とよく一緒にいた女子がいたような気がしたのだ。
記憶の引き出しをどうひっくり返してもそんな女子に心当たりはないのに……なんだろう、このモヤモヤっとした感じは。
「ああ、もしかして、だからあんな相談してきたんだ?」
「あんな相談?」
キョトンとした俺の表情を見て、華瑠亜が眉を
「忘れたの? 四月にあたしに相談してきたこと」
「ご、ごめん……何の話だっけ?」
四月と言えば、当然俺がこの世界に来る前の話だ。
俺の返事に心底呆れたように、華瑠亜の口が半開きになる。
「初美の話よ、
黒崎初美?
ああ……うちのクラスで、俺以外では唯一
日本人形のような黒髪が印象的な、大人しい女生徒だ。
しかし、元の世界ではクラスどころか学年全体を見回しても彼女に見覚えはない。
世界改変時のなんやかんやで、人間関係の設定にも多少のイレギュラーはあるのだろうと、あまり気にしてはいなかったが……。
「その……黒崎がどうかしたの?」
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