12.メランコリック

 立夏りっかの、勘気かんきはらんだ憂鬱気メランコリックな眼差しに俺は思わずたじろぐ。


「な……なに?」


 縦笛の件は、彼女の中で何かしら納得のいく形で落ち着いたんだよな?

 となると、今のメランコ立夏・・・・・・の原因は何なんだ?

 縦笛の件が〝そんなこと〟呼ばわりされるほどの何かを俺はしでかしたんだろうか……。


「なんで優奈ゆうな先生が一緒?」


 そこかぁ……。


「なんでというか……なんでだっけな?」

「は?」


 こわっ!


「そ……そうそう、可憐かれんが先生に相談してくれたみたいでさ……」

「可憐?」

「可憐には、ミーティング欠席の連絡ついでに、事情も話しておいたから……」


 立夏には反対されると思って口止めしておいたことも付け加える。


「俺を心配して先生に相談したみたいで……。ほら、B組男子で回復術士ヒーラーって信二だけだけじゃん? でも、信二は怪我をしてるし……」

「……で?」

「それで、そういうことなら自分が行くと、先生が申し出てくれたらしくて……今に至る」

「ううん、至らない」と、即座に否定する立夏。

「それならなぜ、お母さんは一人で出かけたなんて言ったの?」


 立夏刑事、これは何の取り調べ?


「か……母さんとも話したの?」

「うん」


 面倒臭くなってきたぞ。


「誰とどこに出かけるかなんて、いちいち親には言わないだろう……。そ、そうそう! この世界では十四歳で成人なんだから!」

「この……世界では?」


 立夏の眉根が寄る。

 しまった! 確かに妙な言い回しだった!?

 ……が、立夏もそこにはそれ以上突っ込まずに、話を先に進める。


「だとしても、わざわざ『一人で』なんて嘘をいてでかけるのは不自然」


 ……ごもっとも。


「それに、なぜ妹さんは知っていたの? 隠していたにしては口止めされているような様子もなかった」

「い、妹と話したなら、先に通話連絡してくれればよかったのに……」

「した。でも、館内にはいないって呼び出しを断られたから、直接来た」


 そっか。元の世界のように放送設備が整っているわけでもないもんな。

 仕方ない。本当のことを話すか。


「えっと……優奈先生が直接自宅うちに来る途中、道でたまたま俺と会って、俺もそこで事情を聞いて、それじゃあ、ってことでそのまま合流したから」

「普通、事前に連絡くらい入れるはず」

「先生もしたらしいよ、三回ほど。でも、全部、たまたま話し中だったらしくて」

「…………」

「で、直接来たらしい」


 改めて、先生の行動って、人に説明するとこんなにも嘘っぽくなることに驚きを禁じ得ない。

 まあ、だからこそ、本当のことなのに言いたくなかったわけだが。


「それでたまたま……道で?」

「うん」


 事実だから仕方がない。


「出発時間なんていくらでも変わるし、どんな道順で駅に行くかも分からない。そんな不確かな情報を頼りに、わざわざ直接?」


 なんだか不自然……と、鋭さをます立夏の炯眼けいがん(※鋭い目つき)。


「まあ、優奈先生だから……」


 考えてみれば立夏だって、施療院の雑談だけを根拠に俺を駅で待っていたこと、棚に上げてないか?


「で、なんで泊まることに? 妹さんへの連絡が四時前。まだ十分に帰られる時間」

「それは、先生が川で転んでずぶ濡れになって……俺のジャージは貸したけど、今は下着も着けてないような状態だし、それで出歩くのはさすがにアレかなと……」


 話せば話すほど、立夏の視線がじっとりと絡み付いてくるように感じる。


「ジャージを貸して、綾瀬つむぎだけ帰ることもできたはず」


 いやだから、なんでフルネーム?


「そうなんだけど、先生も一人で外泊なんて慣れてないのか心細いみたいで、やんわりと引き止められたというか……っていうか、フルネーム、止めてくんない?」


 怖いから。


「それで、喜び勇んで一緒に……」

「別に、喜び勇んではいないよ!?」

「ふぅん……」


 月明かりだけでも、立夏の表情ははっきりと見て取れる。


 その目は、まだ納得してないんだろううなぁ……。

 俺だって逆の立場だったら、こんな取ってつけたような話、眉唾で聞くけどさ。


「まあいい。分かった」

「そっか……よかったよ、分かってもらえて」

「成人男女とはいえ、生徒と先生だなんて、バレたら絶対問題になる」

「ああ、やっぱり……」


 優奈先生が天然なだけだったんだな。


「以後、気を付けて」

「うん。心配かけて、ごめん……」


 そのまま、少しの間二人で黙り込む。

 そんな様子を見計らったかのように、休憩所の方から優奈先生が歩いてきた。


「えっとぉ、お話は、終わったかな?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、お部屋行こっか。ロビーのランプも落とされちゃったし、一人だとなんか心細くて……」


 立夏が慌てて俺の方を見る。


「お部屋?」

「あ、うん、そう……ツインなんだ」

「なんで? カプセルルームは?」

「いや、それも、先生が……」



 部屋は三~四畳ほどで、二段ベッドが一台置いてあるだけの簡素なものだった。

 ベッドだけでほぼ一杯の間取りだが、休憩所だし仕方ないだろう。


「部屋は優奈先生と立夏で使ってよ。俺、その辺のベンチで寝るから」

「いや。私が勝手に来たんだから……私が外で寝る」


 その代わり、綾瀬紬を縛った後で・・・・・・・・・、と立夏が付け加える。

 俺と立夏の会話を聞きながら首を振る優奈先生。


「だめだめ、そんな無用心な! ベッド二台あるんだから、三人寝られるわよ。料金は、明日払えばいいから」


 確かに、ベッドの幅は普通のシングルサイズなので寄り添って寝れば一カ所に二人は寝られそうだ。


「じゃあ、綾瀬くんと雪平さんが一緒でいい?」


 アホか先生あんたはっ!


「三人で使うなら、二人で寝るのは女同士に決まってるでしょう! 先生と立夏は下段使ってください!」


 そう言って俺は、さっさと上段に登り横になる。


「汗かいちゃったので、服、脱いでいいですか?」

「うんうん。私も~、上はノースリーブだけでいい?」


 下から、二人の会話と重なり合う衣擦れの音が聞こえてきた。


 これ……絶対、外の方がよく寝られたパターンだ……。

 俺は、悶々としながら頭から布団を被った。




 数十分か……いや、もしかすると一、二時間は経っているかもしれない。


「やっぱり、焼き肉は食べ放題だね……(ムニャムニャ……)」


 ようやく寝付けたと思った矢先、リリスのくだらない寝言で再び目を覚ます。

 と、その時、カチャリとドアの開く音に続いて、部屋に入ってくる人の足音。


 先生か立夏が、トイレにでも行っていたのかな?


 特に気にも止めずにそのまま目を瞑ったのだが……。

 続けて、二段ベッドの梯子を上ってくる誰かの気配に、さすがに目を見開く。


 ん? 誰? なんで上ってくるの?


 布団を抱き枕のように抱え、壁際に顔を向けて寝ていたのだが、慌てて振り返ると同時に誰かがにゅっと顔を出す。


 立夏!?


 明かりは、常夜灯として一つだけつけてあった薄暗いランプのみ。

 それでも、瞼を閉じたまま上ってくる立夏の表情くらいは判別できた。

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