09.形状記憶紅来

「ど、どんなのが法律違反?」

「ん――……」


 立夏りっかが、ため息混じりに視線を宙に彷徨さまよわせる。

 分からない……というよりも、だんだん面倒くさくなってきた表情だ。


つむぎ、テイマー専攻のくせに覚えてないの?」と、呆れ口調で口を挟む紅来くくる

「う、うろ覚えだから……テイマーやってる人に確認しようかと……」

「立夏はテイマーやってないよ。魔法使いソーサレスでしょ? おじいちゃん、大丈夫?」


 そうでした。


「そんな一般常識、テイマーじゃなくたって知ってるし……」と、面倒くさいモードに入った立夏の代わりに紅来が説明を継ぐ。

「原則ほし5以上やユニーク系はアウト。それ未満でも人間に危害を与える使い魔は取り締まりの対象になるよ」


 逆に、ランクに関係なく、人への害がないと使役者テイマーズギルドや自警団で認定されれば、居住区での召喚も可能らしい。


「聞いておいてよかったよ。実は今日、召喚テストするつもりだったから」

「へぇ! 何かテイムできたの?」


 紅来が俺の方に身を乗り出す。

 こいつ、無意識なんだろうけど、興味のある話になるとすごに距離を詰めてくるんだよな。


「先日のテイムキャンプで、何かの拍子で、キルパンサーがテイムできてたみたいで……」

「おぉ? すごいじゃん! 確かそれ、★5だったんでしょ?」

「うん。だから、その辺で気軽に出していいものかどうか迷ってたんだ」


 立夏が少し考えるように首を傾げる。


「多分……大丈夫」

「そうなの?」

「ケース、持って来てる?」


 ファミリアケースを渡すと、蓋を開けて水色の宝石を一瞥する立夏。


「これは……大丈夫。そこで、出してみたら?」

「ええ? あいつを、こんなところで?」


 いくら使役状態になっているとはいえ、立夏や可憐かれんだって、ひどい目に合わされたあのキルパンサーだぞ? さすがにここで出すのはまずくないか?


「何の話だ?」


 部屋の中から、ノースリーブにショートパンツという出で立ちの可憐が、タオルで髪を拭きながらテラスに現れた。


「お……リリスちゃん、こんにちは」

「こんにちは~!」


 腕を上げた可憐の袖口から、白い脇がチラチラと見えて思わず目を逸らす。脇だけならまだしも、乳房やその先まで見えてしまいそうな無防備さだ。

 様子をうかがっていた紅来が、悪戯っ子のような笑みをこぼす。


「可憐、可憐。その格好は刺激的過ぎて、純情少年が目のやり場に困るってさ」

「ああ、そっか……。ここに男子なんて来たことがなかったから……」


 いったん部屋に戻り、半袖のパーカーを羽織って戻ってくと――、


「それにしても、チーターから純情少年とはまた、えらいイメチェンだな」と、嫌なことを思い出させる可憐。

「そもそも、なんでチーターって言われてたんだ? なんか、きっかけになるエピソードでもあったの?」


 戦闘準備室で、噂について言及した立夏に尋ねてみる。


「ううん、いつのまにか、周りがそう言ってただけ」


 立夏の言葉に、「うんうん」頷く可憐と紅来。


 多分これ、ノートの精が、よく分からないからって根拠をすっとばしてイメージだけ付け足したんじゃないのか?

 リリスも共犯だと思うが、ひどい話だ。


 それはそうと……と、可憐が思い出したように言葉を繋ぐ。


「キャンプの時は、おかげで助かったよ。ありがとう」

「ああ、いや、俺なんてポーション配って回ってただけだし……お礼を言うのはむしろこっちだよ。ありがとう」


 立夏が手にしていたクッキーをテーブルに落とす。

 見ると、なんだか顔が赤い。


 ……そっか、ポーションであのこと・・・・を思い出したのか。

 なんだよ、全然意識しちゃってるじゃん!

 それを見て、俺まで立夏の唇の感触を思い出して顔が火照る。


「なんでそこの二人、赤くなってんの?」


 さすが紅来、見逃さないなあ。


「そういえば昨日、二人でえっちぃ話、してたしね」


 テーブルの上から、焼き菓子クッキーを咥えながらリリスがジト目を送ってくる。

 慌てて口を塞ごうと手を伸ばしたら、勢い余ってクッキーが砕け、粉まみれになるリリス。


「ふぎゃっ! な、なにすんのよっ!!」

(ややこしくなるから、おまえは黙っとけ!)と、小声でリリスをたしなめるが、すでに手遅れだった。


「え? なになに? 昨日も立夏と紬、会ってたの? えっちぃ話!? 何それ!?」

「紅来! 距離っ!」


 身を乗り出してきた紅来の両肩をつかんで押しやるが、またすぐに戻ってくる。

 形状記憶けいじょうきおく紅来だ。

 逆に、紅来に肩をつかまれて俺の方が激しく揺さぶり返され、


「なんだよ、えっちぃ話って。教えろよぉ!」

「き、昨日、信二の見舞いに行って偶然会っただけだよ。えっち云々うんぬんってのは、この馬鹿メイドの勘違いだから。……なあ、立夏?」


 立夏が、さっきよりさらに赤くなりながらウンウンと頷く。

 それじゃ疑い晴らすどころか、さらに疑念を深めるだろ……。

 普段は無表情なくせに、どうもこの話題になると顔に出るらしい。


 ただ、元の世界とはまるで違う、危険なこの世界で暮らしてきたクラスメイトに気後れすることもあったが、こういう立夏の態度を見ていると、中身はやっぱり同年代の女の子なんだなぁ、と確認できてホッとする部分もある。


「なんか、あれが初めてだったとかナントカ……そんな感じの内容だった」

「おまえは黙っとけって言ったろ、リリス!」


 リリスがぺロリと舌を出す。

 どうやら昨日、俺が適当にあしらった腹いせらしい。

 もはや紅来の瞳孔の輝きは、網膜に仕込まれたサーチライトで照らし出されているほどの眩しさになっている。


 その時、さっきの家政婦さんがテラスへ出てきて声をかけてきた。


「横山紅来様。ご自宅から連絡がございまして、早く戻られるようにと……」

「あぁ~、くっそぉ! せっかくいいところだったのに! 昼からどうしても外せない用事があるんだよなぁ……」


 紅来が、右手で目隠しをするように、こめかみを押さえて天を仰ぐ。

 心の底から残念そうだな、こいつ。


「立夏! 今日の夕方、通話するから話聞かせてね!」


 イエスともノーとも答えず、無表情のまま目を逸らす立夏。

 紅来がテーブルのメモ用紙に何やらサラサラと数字を書き並べる。綺麗な字だ。

 書き終わると、メモ用紙を俺に手渡しながら、


「それ、うちの通話番号。夕方五時以降にはいるから連絡して。いろいろ聞きたいことあるから!」


 さらに、一旦テラスの階段を下りかけた紅来が、何かを思い出したように振り向いて、


「そうそうそれと、呼び出す時は一応〝紅来様いますか〟って尋ねてね。じゃ、また!」


 そう言い置いて慌ただしく去っていった。


 通話? どう考えたって飛んで火に入るナントカだろ。

 っていうか、紅来様? 何様なにさまだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る