08.ギャップ萌え

「そんなことより、意外と元気そうで安心したよ」


 テラスの上から中庭を見下ろしつつ、話題を変える。


 視線の先では、可憐かれんが剣術の〝かた〟の反復を再開していた。

 一束に結んだ長く艶やかな黒髪が、可憐の頭の動きをトレースするように流れる様は、夏の日差しの下でも凛として涼やかだ。


「ああ、可憐? 彼女は普段通りだねぇ。自宅謹慎っていっても夏休みだし」


 紅来くくるも頬杖をついたまま、庭へ視線を戻す。

 遊びに来たからと言って特に何をするわけでもなく、ただ普段通りの可憐を眺める紅来の姿に、逆に二人の特別なよしみを感じる。


「成人してても、謹慎なんてあるんだな」

「ああ、十四歳成人ってやつ? あんなの、とっくに形骸化した条文だからねぇ。学生のうちは、親や学校の干渉から完全に自由にはなれないでしょ」


 やはりそういうものなのか。最初に聞いたときはもう少し自由に振る舞える世界なのかとも思ったが、学生のうちは元の世界とそれほど変わらないようだ。


「二週間だっけ?」

「謹慎? そう言われてたんだけど、今日までになったみたい」

「へえ……。えらく短縮されたんだな」

勇哉ゆうやが学校に事情を話して直談判したらしいよ」


 なるほど……。

 まあ、俺も勇哉の立場なら同じことをしただろうけどな。

 テイムキャンプに参加しなかった紅来も勇哉のことを知っているということは、すでに可憐あたりから詳細は聞いているんだろう。


「紅来の家も、確かこの近所だったよな?」

「うん。ここにもよく遊びに来てるよ」


 朝も、二人一緒に登校してくる姿をよく見かける。

 元の世界では、剣道部の朝連が多かった可憐だけ始業ギリギリで入ってくることも多かったが、この世界の二人は、共に過ごす時間がかなり長くなっているようだ。


 しばらくして、稽古を終えた可憐がテラスに上がってきた。

 普段は、ストレートのロングヘアで大人びた雰囲気を漂わせている可憐だが、ポニーテールのせいか、今は年相応に見える。


「髪、下ろしてるところしか見たことなかったけど、まとめてるのもいいね」

「そう?」


 興味なさそうに答えながら剣をウッドフェンスに立てかけると「シャワーを浴びてくる」と言って、そのまま部屋の中へ入っていく。


「私もまとめてるんだけど?」


 俺に後頭部を見せるように紅来がクルリと首を回す。

 髪全体をゆるく巻いてトップから編みおろしたあと、こなれた感じで少し崩してある――元の世界と変わらないヘアースタイル。


「紅来はいつもまとめてるじゃん」

「あぁ、はいはい、ギャップ萌えできないとダメってことですねぇ」


 紅来が、両の掌を上に向け、大袈裟に呆れたようなポーズを取る。


「別にそんなことないけど……可愛いと思うよ、紅来のそれも」

「うわぁ、でた! とってつけた褒め言葉! なんだよ〝紅来のそれ〟って!」

「うるさいなぁ……。褒めてるんだからいいだろ? 彼氏でもない男に何を求めてるんだよ」

「んじゃあ、カノジョはどうですかぁ?」

「彼女?」

「立夏ちゃん」

「彼女じゃないっつ~の!」

「だってその服なんて、今日のために買ったんじゃないのぉ?」


 紅来の両手がうやうやしく立夏を指し示す。促されるように目線を流した先で、紅茶をすすっていた立夏とカップ越しに目が合った。

 また、あの、少し焦点の合ってないような不思議な瞳。


 正直、これは反則だよなぁ。


 元の世界でも勇哉がハーレムメンバーに選んでいたくらいだし、ちょっとジト目は気になるが、容姿は間違いなく美少女の部類だ。

 加えて、今日みたいな出で立ちで隣を歩かれたりなんかしたらそりゃあ……ときめかない男子なんてまずいないだろう。


「もしも~し! どうしましたぁ、見つめ合っちゃって?」


 ほんの数秒、言葉を探して固まっただけなのに、さすが紅来……こういうところはきっちり突っ込んでくるな。

 せっかく話題を逸らしたのに、気がつけばまた立夏の話だ。


「はいはい。間違いなく今日の立夏は可愛い! それは認めるよ」


 下手にあらがうとさらにいじられそうなので、さっさと肯定。

 その時、腰の辺りでシャツのすそを引っ張られる感覚に下を向くと、ウエストポーチから顔を覗かせたリリスが、俺を見ながら口パクで――。


(お・な・か・す・い・た!)


 マイペースかよ!

 どうしたもんかなぁ、こいつは……。


「リリス、テーブルの上に載せていいかな?」

「ああ、いいんじゃない?」


 という紅来に続いて、立夏も頷く。


「こんにちは! これ、もらうわね!」


 テーブルに上げると、二人への挨拶もそこそこに早速お菓子を食べ始めるリリス。


「テイマーってやっぱり、普段は使い魔を出しておかないもんなの?」

「…………」


 立夏に聞いたつもりなんだが、返事がない。


「立夏?」


 俺の呼びかけに、立夏が少しだけ目を大きくしてこちらを見る。

 自分の兄がビーストテイマーだから質問されたのだと、ようやく気が付いたようだ。


「人に……よる」

「ってことは、出しておいても特別不自然ではない?」

「リリスちゃんみたいなマスコットなら……出しっ放しの人も、多い」


 私、マスコットじゃないんですけど!とでも言っているのか、両手の焼き菓子クッキーを振りかざして抗議するリリス。

 ただ、口の中に詰め込み過ぎて何を言ってるのかよく分からない。


 立夏が続ける。


「維持コストにもよるし、亜人系みたいにケースに入れられない魔物も」

「亜人系?」

「人間に近い魔物。知能の高い魔物とは信頼関係も重要だし、維持コストも大量に必要だから……使役する人は滅多にいない」


 多分ちびリリスの維持コストなんて、一晩寝るだけで死ぬまで出しっ放しにできるくらいの魔力は回復するだろう。

 メイド騎士――リリスたんモードとの差が激し過ぎる。


「ちなみにお兄さんは、どんな感じ?」

「兄は戦闘特化系だから、そのへんで出したら捕まるようなものばかりだった」


 過去形? 今は一緒に住んでないのかな。

 ……というか、そんな決まりがあるのか!

 よかった聞いておいて。


「ど、どんなのが違反になるの?」

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