07.誤解されるぞ?
「もしかして……あれか! デートの待ち合わせか!?」
少しおどけた調子で先ほどの疑問をぶつけてみる。
もしそうなら、長く話しているわけにもいかないだろう……と思ったのだが、
「違う」
すかさず否定する
これは……覚えた。理由は分からないが、立夏が怒っている時の空気らしい。
「そ、そっか。もしそうだったら、話してるの見られたらまずいと思ってさ」
「……いない」
「え?」
「彼氏とか、そういうの」
「そ、そう……なんだ」
あ、あれ? なんで俺、ホッとしてるんだ?
立夏に恋人がいようがいまいが俺には関係ないはずなのに……昨日、立夏に変なことを言われて変に意識しちゃってるんだろうか。
「
「ん?」
「行くから」
「え? 立夏も? もしかして、俺を待ってたの?」
小さく頷く立夏。
確かに、男子一人で訪ねるより女子もいた方が可憐の家族も安心するだろうけど……。
「それはありがたいけど、なんで俺がこの時間に来るって分かったの?」
「……八時くらいから待ってた」
はあっ?
家を出たのが十時位だったから……二時間半も待ってるってこと!?
「待て待て。もし俺が来るのが午後とかだったら、どうするつもりだったの? それどころか、来ない可能性だって……」
「それならそれで……別にいい」
何なんだ? いくらなんでもちょっとおかしいぞ。
それならせめて、昨日の帰りにでも誘ってくれればよかったのに。
「本当に可憐のとこに行くだけ? もしかして俺に何か話でも?」
少しの間、何かを考えるように首を傾げる立夏だったが――、
「特に何も。夏休みで暇だから」
それ、昨日も施療院で言ってたな。
リリスも、ポーチから顔を出して立夏を見上げながら、
「丸一日待つ覚悟でこんなところに立ってるとか……相当ヒマなんだね」と小首を傾げた。
◇
可憐の家があるのは、駅から徒歩五分ほどの住宅街。
……と言うと現代風の表現になるが、
塀や門扉、大きな庭など、俺の家の近所とは違う、そこはかとない高級感が漂う。
可憐の家は、そんな住宅街の中でもさらに、周りより一回り二回りは大きく見える豪邸だ。この世界のご両親もやはり、なかなか稼いでらっしゃるようだ。
入り口の門塀は開放されていたので、そのままステップを伝って玄関口まで行き、立夏がドアノッカーを鳴らす。
少ししてドアの覗き窓が開き、「どちら様ですか」と女性の声がした。
立夏が名乗ると、開いたドアの向こうから現れたのは、使用人らしい女性――歳は三十歳前後だろうか。
秋葉原の喫茶店に沢山いると言われてるメイド……ではない。
緑色のワンピースに白いエプロンを着けただけの、いわゆる〝家政婦さん〟といった出で立ち。
いや、メイドと家政婦の違いに特に達見を持ち合わせているわけじゃないので、あくまでも言葉の響きからくるイメージだけど。
すぐに俺も名乗ったが、特に険相を浮かべられることもなく、軽く会釈をされた。
「可憐さんでしたら、今、ご友人の方とお庭にいらっしゃいますので、よろしければそちらへご案内致しましょうか?」
家政婦さんが、お庭へ続いているらしい
立夏が頷くと、家政婦さんが先頭に立ち、立夏と俺も一列になって後に続いた。
途中、
華奢な印象だったが、触れた体からは女の子らしい柔らかさが伝わってきてハッとさせられた。
ありがとう、と、短くお礼を言った立夏の頬が、少し赤らむ。
こっちの立夏は、元の世界の彼女より少しだけ表情が豊かな気がするな……。
少し進むと、中庭と前庭を仕切る鉄柵に突き当たった。
先に家政婦さんが
可憐に俺たちのことを伝えに行っていたんだろう。
中庭は、前庭に植えられていたような木々は隅の方に押しやられ、ほぼ一面、緑の芝生が敷き詰められているだけだった。
その中央で、
どうやら剣の素振りの最中だったらしい。
少年漫画のヒロインみたいなやつだ。
「やあ、どうした、今日は?」と、先に口を開いたのは可憐だ。意外と元気そうだな。
「自宅謹慎になったって聞いてさ。落ち込んでないかと思って……お見舞いだよ」
「二人、お揃いで?」
「立夏とは、駅前で偶然会って……」
偶然でもないけど、待ち合わせでもないし……誤解の少なそうな方にしておこう。
「え? あんたら、付き合ってるの?」
テラスから早速、誤解発言を繰り出してきたのは――。
先に来ていた友人って、
そういえば可憐と紅来、元の世界でも仲良かったもんな。
「違うって。駅で偶然会ったって……今、話しただろ」
「だって……ねぇ?」
ニヤニヤした紅来が可憐と目を見合わせながら、
「ここに来るためだけに、そんな
紅来の言葉を聞きながら、可憐まで、立夏の出で立ちを上から下までまじまじと眺める。
無表情な立夏の瞳からは何も読み取れないが、とくに嫌がってるという風でもない。
「そんなの知らないって! コーディネートのコンセプトは立夏に訊いてくれ」
「はいはい。んじゃ、そういうことにしときますか」
絶対そういうことになんてしておきそうにない紅来だが、立夏も特に説明をするつもりもないらしく、黙ってテラスに登ると紅来の隣の席に座った。
仕方がないので、俺も後に続き、空いている椅子に腰掛ける。
テラスを囲う
すぐに先ほどの家政婦さんが現れ、俺と立夏の紅茶、それと、お菓子の入った器をテーブルに置いて家の中へ戻っていく。
「立夏もなんか言えば? 誤解されるぞ?」
「別に。いい、どっちでも」
そう言いながら
昨日、俺が信二と立夏のことを勘違いした時とはえらい違いだ。
「お! 立夏が紬と付き合ってもいいって! どうする?」
「どうもしねーよ」
どっちでもいいのは、噂になってもならなくても、って意味だろ!
……と、そこまで出かけた言葉を、眩しい紅来の笑顔を見て慌てて呑み込む。
否定すればするほど
無視だ、無視!
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