03.紬くんって、ほんとに紬くん?

 トゥクヴァルスの山道入り口には一時間半ほどで到着した。

 元の世界の自動車に比べると速度は遅いが、郊外はだだっ広い草原が広がり建物も疎らになるので、駅から駅へウィレイアロードがかなり直線的に結ばれているのはメリットだ。


 暗くなる前にはキャンプ地に到着したいということで、すぐにみんなで山道を登り始めた。俺も最後尾から付いていく。


「そういえばさ、元の世界だと船橋市は六十万、千葉市なんて百万人近くだったよな」

「なにが?」

「人口だよ、人口!」

「へえー……」


 ウエストポーチから、リリスのおざなりな返事が返ってくる。

 ポーチの中には、全てリリス用にしつらえたアイテムが詰まっていて、さしずめリリス専用のカプセルホテルといった状態だ。


「知らないわよ、人間界の人口なんて」


 おまえは何界にいたんだ?


「で? それがどうしたの?」

「今までのところ、元の世界の人間はそのまま引き継がれているみたいだけど……明らかに建物は少なくなってるし、ほんとにそのままの人口が維持されてるのかな?って」


 リリスが、人差し指を笑窪えくぼの辺りに当てて小首を傾げる。

 よく見せる仕草で意識的でもなさそうだが、微妙にあざと可愛い。


「多分だけど、つむぎくんに関係の薄い人間は間引きされてるかもしれないね」

「マジで!?」


 それはそれで、結構シュールな展開。


「ノートの精は紬くんを中心に世界を作り変える、って言ってたから、紬くんとの繋がりが薄くなるに従って、消されてる人も出てるんじゃない?」


 マジか……。

 いや、でも、それが本当なら新たな疑問も湧く。

 ノートにあった記述の中で、人口が少なくなければならないような設定なんて特に思い当たらない。

 なのになぜ、わざわざ改変の手間を増やしてまで人口を減らしたりしたのだろう?


「前から思ってたんだけどさ、紬くん、いろいろリサーチ不足じゃない? 危機感がないんだよ、危機感が」


 ポーチの中で寝転がりながら、干し肉しゃぶってるメイドに言われるとは思わなかったぜ。


「そりゃ、リリスだってそうだろ。お前こそこのままでいいのかよ?」

「私はほら、こんな体なんだし、そこは紬くんがいろいろ頑張らないと! ファイトファイト!」


 なんか、都合よく俺を使おうとしてないか、こいつ?


「頑張るって言ってもさぁ……下手なことを訊いたら、それこそ常識のない馬鹿扱いされそうだろ? どのラインまで訊いていいものか、匙加減さじかげんが難しいんだよ」

「そんなもんですかねぇ……。ぱぱっと訊いちゃえばいいんじゃない?」


 言われてみれば、俺の知りたいことを代わりにリリスに訊いてもらうというのは、確かにアリかもしれない。

 問題は、この能天気そうなチビメイドと、どこまで意思疎通を図れるかだな。


 そんなことを考えているうちに、だいぶ前を歩いてたはずのうららが、気が付けば最後尾の俺のそばまで下がって来ていた。

 アッシュに染めたショートボブといい、オーバルフレームの眼鏡といい、元の世界の彼女とはだいぶ印象が変わっている。


「どうした、麗。疲れた?」


 元の世界では演劇部だったし、あれはあれで結構な体力を使う気もするけど……。

 いや、でも、この世界の麗は演劇部ではないだろうし、同じフィジカリティとは限らないか。


「ううん、そういうわけじゃないけど……。綾瀬くんは? 平気?」

「俺は大丈夫だけど。……それより呼び方、紬でいいよ。俺も下の名前で呼ばせてもらってるし」


 同じ戦闘班の中で、他のメンバーとはすべて下の名前で呼び合っているのに、麗だけ苗字なのも逆に浮いちゃうからな。

 苗字で慣れてしまう前に、早めに名前で呼び合うことにしておいた方がいいだろう。


「うん、じゃあ、紬……くん、ね。紬くん……」


 麗が、伏し目がちに俺の名前を二、三度呟いたあと、意を決したように再び顔を上げてこちらへ向き直る。

 

「ちょっと前から気になっていたんだけど……紬くんってさ……」

「ん?」


 眼鏡の位置を直しながら、一拍置いたあと、再び麗が言葉を継ぐ。


「紬くんって、ほんとに紬くん?」

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