02.キャンプ予定地

 終業式後、玄関ホールにテイムキャンプの参加メンバーが集合した。

 夏休みまで待ったのは俺の怪我のせいもあったけど、それだけじゃない。


 魔物を使い魔として捕獲するには、体力を残し過ぎても削りすぎてもダメ。

 魔物の気性や使役者との相性なんかもあって、なかなか一筋縄ではいかないらしい。

 捕獲に梃子摺てこずっても何日か滞在できるように、というのが計画立案者である可憐かれんの意見。


 紅来くくるは外せない家の用事があるとのことで欠席。

 華瑠亜かるあも、学校の公式イベントや課題関連ではないということで、親から外泊の許可を得られなかったようだ。


 この世界の法律では、まだ教育機関が充実していなかった時代の名残で、成人年齢は十四歳とされているらしい。

 当然、俺たちの歳であれば外泊も本人の意思で自由にできるはずだが、教育システムが確立された今日こんにちでは、学校を卒業しないうちは〝大人〟と見ることは難しい風潮に変わってきているのだろう。


 結局、女子の参加メンバーは可憐かれん立夏りっかうららの三人。

 そして、泊まりがけのイベントに男子一人ではさすがに肩身が狭いので、俺以外に盾兵ガードの川島勇哉ゆうや回復術士ヒーラーの塩崎信二も誘った。


 以上、全員二年B組の六人パーティーだ。


 はいこれ、と、立夏から約二十センチ四方の小箱を渡される。ファミリアケースだ。

 年季は入ってるけれどモノは悪くない……という立夏の説明通り、細かい傷などはあるものの十分に立派な代物だ。


 軽い金属製で、表面中央には獅子のような魔物と、それを取り囲むようにつたのような植物のレリーフがあしらわれている。素人目に見てもかなり精緻で立派な細工だ。

 蓋を開けてみると三×三、合計九マスの区画に分かれている。


「おお……ほんとにこれ、もらっていいの?」

「うん。あと、こっちは貸すだけ」


 立夏が縦笛を差し出す。


「テイム用武器、必要だから」


 お兄さんからのお下がりか何かかな?

 それにしては使用感もないし、ほとんど新品のように見える。


「でも俺、笛なんて吹けないよ?」

「殴るだけだから、何でもいい」

「じゃあ、楽器じゃなくてもいいの?」

「うん。……でも、テイムの成功率、楽器武器インストルメントが一番高いと言われてる」

「へえ……なんで?」


 立夏がわずかに眉根を寄せた。

 あっ、これ、元の世界でもよく見たな。

 立夏の困ってる時の顔だ。


「あなたなら、剣で斬りかかってくるいかついファイターと、縦笛でコツンって叩くだけの美少女だったら、どっちに飼われたい?」


 圧倒的に後者だけど、そういうこと!?

 その選択肢じゃ、武器は関係ないよな?


「そりゃまあ、縦笛コツンの方かな……」

「ん。そういうこと」


 そうなのか。

 ……いやでも、俺、美少女じゃないし!?


 分かったような分からないような説明だけど、まあ、世の中、原因は分からなくても何故かそうなるということは往々にしてあるものだ。

 テイマーは成り手が少ないらしいし、立夏には今後もいろいろと話を聞くことになるかもしれない。


「ありがとう。何かお礼できることがあれば言ってよ」


 立夏がこくんと頷く。


 もっとも、立夏ってかなり優等生なんだよな。

 そんな彼女に俺の手助けが必要になることなど、そうそうあるとも思えないけど。


「一応、今回の目的は壁系のモンスターの捕獲で考えてるけど、それでいいな?」


 可憐が広域マップを開きながら訊ねる。


「テイムしやすいのはゴーレム系か、動物系ならタートル系あたりになるが」

「俺はあんまり詳しくないから……任せる」

「コールコストはゴーレム系の方が低いが、維持コストなら動物系の方が低いし、紬の好みもあるだろう?」


 答えあぐねている俺の代わりに、信二が答えてくれた。


「紬は去年の測定で魔臓活量が異常に高かったし、消費コストは度外視でいいと思うよ」


 魔蔵活量――ダイアーウルフ戦で負傷したあと、施療室でも柴田先生が同じようなことを話していた。

 その後、気になっていろいろ聞いてみたら、この世界の人間には〝魔臓〟と呼ばれる臓器が備わっており、その働きの大小に応じて短時間に使える魔力量が左右されるらしい。

 端的に言えば、魔力タンクのようなイメージだ。


 今の俺にも魔臓とやらがあり、その働きが平均よりもかなり活発だということらしい。

 この世界にきてまだ二週間の俺には去年の測定結果なんて記憶にないが、ずば抜けた何かというのはここでやっていく一つの鍵になるかもしれない。


「とりあえず学校には、キャンプ予定地をトゥクヴァルス丘で提出してるんだけど、変更は必要ないな?」


 マップから顔を上げて訊ねる可憐。

 が、トゥクヴァルスと言われてもどんな場所なのかさっぱり分からない。

 返事に困っている俺を見て、訝しそうに目をすがめながらも可憐が続ける。


「強力な魔物も出ないしふもとはすぐ街だから緊急避難も楽。露天風呂やトイレもあって女子にも安心のキャンプ場だ」

「うひょ~! わくわくするぜ~!」と、勇哉ゆうやが歓声をあげる。


 なんか、ほんとにただのキャンプみたいになってきたな。


 みんなからも特に反対意見はでなかったし、俺の返事待ちという状態だったので、頷いて了承した。

 可憐の地図を見せてもらうと、見慣れた形の海岸線にハッとする。


 ――東京湾!


 さらに、元の世界で言えば茨城県の南部の辺りに赤い印が付けられている。

 目的地のトゥクヴァルス丘だろう。

 船橋から茨城県までなんて言ったら小旅行感覚だったけど、この世界ではこれくらいの移動は特に珍しいことではないのだろうか。


 ウエストポーチから顔を出して、リリスも一緒に地図を覗き込む。


「ノートの精が言ってた〝世界線の分岐〟っていうのは、やっぱりほんとだったんだ」


 家から持ってきた干し肉を頬張りながら、何やら納得している。

 こいつにも一応、元の世界と海岸線がほぼ一致することは分かるらしい。


「そういえばリリス、今日ずっと何かしら食べてないか?」

「うん。こっちに来てからやたらお腹が空くようになったんだよ。理由は分からないけど」

「ぽっちゃり使い魔になったら、クビだからな? 気を付けろよ?」




 駅でトゥクヴァルス方面の船電車ウィレイアに乗り込んで待っていると、座席が半分ほど埋まったところで発車する。

 電車のダイヤみたいなものはなく、運行システムは乗り合いバスに近い。


 茨城県と言えば真っ先に思い浮かぶのは納豆だが、この世界にはあるんだろうか?

 それとなく信二に訊いてみる。


「トゥクヴァルスの辺りって、何か名産物ってあったっけ?」

「名産物、ってわけじゃないけど……トゥクヴァルスと言えばやっぱり学園都市だろ」


 トゥクヴァ……

 学園……


 はっ!


 筑波学園都市か!?

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