第三章【トゥクヴァルス①】テイムキャンプ

01.こんなに可愛かった?

「お兄ちゃん、テイムキャンプって何?」


 沸かしたミルクにフーッっと息を吹きかけつつ、妹のしずくが訊ねる。

 テーブルの上には、パンとチーズ、加えて今日はいただき物のキャビアもあるが、概ねいつもの朝食だ。


 この世界の学校では小・中・高の区別がないため、元の世界で中学三年だった雫は、こちらでは九年生となる。

 二つ上で高校二年だった俺は十一年生だ。

 ただし、六・三・三と校舎は分かれているため、呼び方が違うだけで実質的にはあまり変わらない。


 ちなみに、専攻職の選択は、客観的な適性判断と本人の希望を基に、十年生――元の世界で言えば高校一年の春に行うらしい。

 そして、当たり前だが、卒業後は必ずしも退魔兵団や自警団のような戦闘職に就くわけではない。


 武器や魔法を駆使して強力な魔物や犯罪者と戦うようになるのは一握りの成績優秀者か、若しくは特別な事情で進路が決められている者のみ。

 それ以外は魔具や武器の所持を制限され、一般人としての人生を歩むことになる。


「お兄ちゃん、聞いてる?」

「ん? ああ……テイムキャンプのことだっけ?」

「そう!」


 戦闘実習から二週間、怪我もすっかり治り、今日の午後からはかねてより計画していたテイムキャンプだ。


 しかし、二週間であの怪我が治るってのはすごいな。

 元の世界であれば全治数ヶ月か……もしかすると生存不可能レベルだったかもしれない。


 特に、肋骨や肺の損傷がヤバかったらしいが、三人がかりの再生魔法リジェネレーションでなんとか治してくれたらしい。

 いろいろと制限のある魔法で、決して万能ではないとのことだが、それでも元の世界に比べて遅れている医学を、魔法がかなりの部分カバーしているのは間違いなさそうだ。


 内臓優先で再生したから皮膚には跡が残ったって言ってたけど、これはこれで歴戦の勇者みたいで格好いいよな。

 中学二年くらいの男子なら、むしろ喜ぶやつもいるかもしれないぞ……。


「お兄ちゃんってば! 私が話しかける度にいちいち考え事しないでくれる?」

「あ、ごめんごめん……」


 雫が軽く頬を膨らませながら、しかし、大して怒ったふうでもなく、好奇心に溢れた黒い瞳で真っすぐに俺を見つめている。

 元の世界で中学三年と言えば、大人に憧れる女の子が少し背伸びをしたがる年頃でもある。

 化粧なんかに興味を持つ子も少なくなかったけど、それに比べるとこの世界の十四歳はかなり純朴な印象だ。


 雫って、こんなに可愛かった?


「簡単に言うと、使い魔にできそうな魔物を捕まえるためのキャンプらしい」

「大変なの、それ?」

「まあ、ポシェモンみたいにはいかないだろうな、多分」

「ポシェモン?」


 ああ、そっか、雫は知らないのか、ポシェットモンスター……。


「タイミングとか、狙ってる魔物によってさまざまらしいよ」

「捕まえたらリリスちゃんと一緒に持ち歩くの?」


 テーブルの上でチーズにかぶりついていたリリスが、ビクッと肩を跳ね上げる。


「そ、そうなの?」


 同じ鞄に魔物と美少女メイドを二人きり――。

 人によっては垂涎すいぜんのシチュエーションかもしれないが……。


「そうだなぁ。たくさん放り込んで、生き残ったやつを俺の使い魔に認定するか」

「こ、蠱毒こどく!?」

「安心しろ。どうやらファミリアケースという、使い魔を出し入れできる超便利アイテムがあるらしいんだ」


 友人たちからさりげなく聞き出した情報を二人に説明する。


「そのケース、お兄ちゃん持ってるの?」

「いや、友達がお兄さんのお下がりでよかったらあげるよ、って言ってくれて」


 友達と言うのは、クラスメイトの雪平立夏ゆきひらりっかだ。

 聞けば、かなり高価なアイテムらしく、二週間やそこいらで学生がすぐに用意できるような金額ではないらしい。

 正直、立夏の申し出は非常にありがたかった。


「ふ~ん。それもらったら、リリスちゃんもそこに入れて持ち歩くの?」


 キャビア山盛りのスプーンを咥えこもうとしていたリリスが、再びビクッと肩を跳ねさせる。


「そ、そうなの?」

「そうだな。キャビアを食う使い魔なんて、入れといた方が経済的かもな」

「えいっ!」


 リリスが慌ててスプーンを放り投げる。


「……まあ、リリスはいろいろあって、ちょっと特別だからさ。とりあえずはこのままかな」

「そっか。私もリリスちゃんと話せなくなると寂しいし、それならよかった」

「だよね~!」


 と、リリスも、安堵したようにホッと息を吐く。


「と・り・あ・え・ず! だからな。なんか不都合があればいつでもケース行きだ」

「キャビアは……食べていいんだよね?」

「おまえ、サイズが小さいんだから、痛風に気を付けろよ」


 そういえば未だに、リリスについては謎だらけだ。

 元の世界から転送されたのは俺とリリスだけ、って話だったけど、ノートを持っていた俺はともかく、リリスは何なんだ?


 当然、人間ではない。

 元の世界にも人外の存在があった……というのはまあ、実際にこれだけ不思議な状況を体験しているわけだし、受け入れるとしよう。

 ただ、人間界とどんな関わりを持っていたのか、それくらいは聞いてみたい。こんな世界に転送された今の状況だって、リリスと無関係だとは思えない。


 いつもはぐらかされているが、そのうち、きちんと問いたださないとな。


「そういえばお兄ちゃん、お父さんに〝くん付け〟は止めろって言ったんだって?」

「ん? ああ。……だっておかしいだろ? 息子を〝紬くん〟なんて呼ぶの」


 母さんと親父はお互いに再婚で、前のパートナーとはどちらも死別している。

 元の世界では俺が生まれたすぐ後に籍を入れたと聞いていたし、こちらでもそれは同じなのだろう。

 そのせいか、こちらでは〝くん付け〟で呼ばれていたようだが、向こうでは普通に呼び捨てだったし、気持ち悪いので止めさせた。


 ちなみに、再婚後に生まれた妹とは、異父兄妹の関係になる。


「そうかもしれないけど、昔からずっとそうだったのに、なんで急に?」

「いや、急に、っていうか……気にはなってたんだよ、ずっと」

「ふ~ん……」


 涼やかな目元から、探るように俺の顔を覗き込む雫。

 まさか俺が、この世界にいた今までの兄・・・・・とは別人だと気付かれたわけじゃないよな?

 こちらでも子供に〝くん・ちゃん〟を付けて呼ぶのは少数派マイノリティーのようだし、直させても特に不自然ではないはずだが――

 雫も昔から妙に鋭いところがあるし、気を付けた方がよさそうだ。


「ごちそうさま! ……じゃあ、行ってくる」


 最後に残った一欠片のパンを口に放り込みながら、テイムキャンプ用の荷物を詰めた鞄を持って家を出た。

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