09.生きている実感

 翌朝の朝食は施療室へ持ってきてもらった。

 大して美味しくもないオートミールだったが、なぜか物凄い空腹感で三人分をペロリと平らげてしまった。


「よく食べるわね」


 と言うリリスの横には既に十枚の皿が積み重ねられていた。


「おまえに言われたくねえよ! 回転寿司かよ!」


 昨晩も相当食べてたと思うけど、この小さな体のどこにそんなに入っていくんだ?


 その後、左半身の包帯を巻き直し、医務室から直接教室へ登校。

 俺の姿を見るとみんなが一斉に駆け寄ってきて——。


「見てたぜつむぎ! チーターの割には男気見せたじゃねぇか」


 早速勇哉ゆうやが声をかけてくる。

 実は中庭の実習戦は各教室からも観戦できていたらしい。一応、魔法史の自習だったはずだが観戦は先生たちも黙認しているのだそうだ。


「男気とか……そんなんじゃねぇよ」


 達成感よりも、戦力になれなかったことを情けなく思う気持ちの方が遥かに強い。


「まあでも、チーターのイメージはだいぶ払拭できたんじゃない?」

「俺はもともと、紬をそんなふうに呼んだことないぜ」

「あんな行動見せられたら、もう呼べないだろ」


 信二、ひかる歩牟あゆむの三人からも声を掛けられる。


——うん、こいつらとはこっちでも上手くやっていけそうだ!


 最後に再び勇哉が、


「あれじゃね? これからはネコ科のチーターってことにすればいいんじゃね?」


——おまえはいつかぶっ飛ばす!


「えっと……綾瀬くん、大丈夫?」


 声の方へ顔を向けると……え~っと、そうそう、長谷川うららだ。

 こちらの世界では眼鏡をかけている上に、グレーアッシュに染めた髪のせいでかなり印象も変わっている。

 元の世界では勇哉とゲームのことなんかで話しているのを何度か見かけたが、俺自身は片手で数えられるくらいしか話したことがない。


「うん。もう、だいぶよくなったよ。麗も、昨日はお疲れさま」


 俺の答えに少しびっくりしたあと、苦笑いで返してくる麗。

 続いて輪に入ってきたのは、薄桃色のエアリーショートと栗色のツインテール——雪平立夏りっかと藤崎華瑠亜かるあだ。


「昨日は、噂の話なんかして、ごめんなさい」と、無表情で謝罪の言葉を口にする立夏。

「チーターのこと? そう呼ばれてたのは事実なんだろ?」


——クソリリスのせいでな!


 それにしても、謝罪とはいえ立夏から話しかけてくるなんて珍しい。

 こちらの立夏は多少は社交的なんだろうか?


「ほんと、立夏はぶっきら棒だから気を付けた方がいいわよ?」


 そうたしなめたのは華瑠亜だ。

 っていうか、口撃・・の内容は華瑠亜おまえが一番ひどかったけどな!

 さらに俺の方へ向き直り、しかし視線はらせながら、


「ん~っと、昨日はその……ありがとねっ!」


 お礼を言う華瑠亜の頬に、少し赤みが差す。

 準備室であれだけ俺にキツく当たった後での事故だったし、さすがにバツが悪いんだろう。でも、もうそんなことはどうだっていい。

 元気な華瑠亜を見て、俺も急に鼻の奥がツンと痛くなる。


「ちょ、ちょっとあんた……なに泣いてんのよ?」

「な、泣いてねぇよ。ただ、死を覚悟した瞬間に見たのが華瑠亜おまえの顔だったからさ……。なんていうか、またこうやって会えて、急に生きている実感が湧いてきたっていうか……」


 元の世界ではまず経験しないような死線を彷徨さまよって感傷的になっているんだろうか。

 俺も華瑠亜も、二人とも無事だったという安堵——確かにそれもあるが、怪我をしたのが俺でよかったと、綺麗な華瑠亜の肌を見て改めて思う。


 もらい泣きをしたのか、華瑠亜の目元まで少し潤んできたようだったので、


「も、元はと言えば俺が何の役にも立てていなかったのが原因でもあるから!」


 と、慌てて場を取りなす。


「いやいや、原因はともかく咄嗟にああいう行動はなかなかとれないよ。なあ華瑠亜?」


 会話に口を差しはさんできたのは横山紅来くくるだ。

 ただでさえ同級生の中でも大きさの目立つ胸元なのに、露出の多いヘソ見せコーデのせいで目のやり場に困る。


「どんな玄人ベテランだって実戦では不測の事態もあり得るからね~」


 紅来のその言葉に、俺も改めてハッとする。


——実戦……。


 昨日のダイアーウルフ戦はあくまでも模擬戦だ。

 しかし今後は〝実戦〟と呼ばれるような場面に遭遇することもあるんだろうか?


 ……いや、そんなことより紅来こいつの胸、元の世界よりさらに大きくなってないか!?


「背中を預けるパートナーが、いざって時にどんな行動を取るやつかってのは重要だよ。……って、聞いてる、紬!?」

「ん? ああ、ごめんごめん、聞いてる聞いてる」


 胸を押さえながら聞き返す紅来に、慌てて相槌あいづちを返す。


「まあ、私の胸に見とれる元気があるなら大丈夫そうね」


 くくっと悪戯っ子のように笑う紅来の横で、ジト目に変わる華瑠亜と立夏。


 仕方ないだろ! こういうのは脳より先に脊髄が反応するんだから!

 それにしても、華瑠亜はともかく立夏のあんな表情はちょっと記憶にないな……。

 良くも悪くも、元の世界よりだいぶ気安い関係だったのかも知れない。


「昨日はお疲れ様」


 長い黒髪をなびかせながら近づいてきたのは石動可憐かれんだ。


「可憐こそ、ずっと標的タゲ取りご苦労様。怪我はなかった?」

「ああ。私が飛ばされた時はすぐに紅来が魔物を引きつけてくれたしな」

「そっか、よかった」

「紬のことも見直したよ。正直、悪い噂も聞いていたけど、ちゃんとああいう行動が取れるやつなんだなって」


 だが……と、可憐が言葉を継ぎにくそうに視線を逸らす。

 こういう歯切れの悪さは可憐にしては珍しい。

 歯に衣着せぬ物言いが多い彼女も珍しく気を使っているんだろうか。


「あえて苦言を呈すが、戦力として不十分なのも事実だ」

「う、うん。それは……痛感してる」

「ちょっと可憐! なにも今、そんな話をしなくても!」


 華瑠亜がフォローに入るが、可憐の指摘は俺も昨夜、ずっとわだかまっていた部分に他ならない。


「いいんだ華瑠亜。本当のことだし、俺も悔しいと思ってるんだ」


 元の世界にいつ戻れるかは分からないけれど、この世界にいる限り、今のままじゃダメだ。

 少し間があったあと、再び可憐が続ける。


「だから、怪我が治ったらテイムキャンプに付き合ってやる」


 意味がよく分からないが、とりあえず頷く。

 テイムって言うからには俺の職業ジョブ——ビーストテイマーに関することだろうけど、何をするんだ?


「可憐が行くなら、私も行こうかなあ」と、紅来。

「あたしも親に確認してみる!」と、華瑠亜。

「わ、私も、大丈夫!」「…………」


 麗の答えに続いて、立夏も黙って頷く。


——結局全員かよ? テイムキャンプって何だ?


「おうおう! なんだなんだ? D班はハーレムパーティーか?」


——ああ、おかげさまでな。


 俺の右肩に無遠慮に肘を乗せながら、勇哉がさらに続ける。


「それにしてもあれだな。おまえら、前衛は少ないわ回復はいないわ、ほんとバランスの悪いパーティーだよな。こんなバカな組み合わせ、誰が考えたんだ?」


——おまえだよっ!

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