06.俺にできること

 なるほど……。ようやく分かった。

 ハーレムの形だけ作って、感情をまったく操作してないんだ。


「戦闘実習で使われるのは訓練用の魔物ですから、落ち着いて対処すればそこまで危険はないですからね! みんな、頑張りましょう!」


 いつもなら心地よい優奈ゆうな先生のゆるふわアニメボイスも今は虚しい。


 なんだよこれ……。

 女の子に囲まれてたって、みんなに嫌われてたら意味ないじゃん!

 全国七割以上の高校生男子が夢見ている(※ソース俺)異世界生活を、図らずも始められたというのに……。


 チートなし、ハーレムなし、多分、お金や学力だって十人並みだろう。

 それなのに、生と死が隣り合わせの危険世界?


 もう一度、別の世界線でやり直させてくれないかな?

 ハーレムじゃなく、優奈先生とだけでいいから……。


「じゃあ可憐かれん、段取りについて、一応確認しておこうよ」と、華瑠亜かるあ


 戦闘準備のためか、両手を上げて髪をまとめていた可憐が小さくうなずく。

 黒く艶のあるロングストレートを、大きなレースリボンで一束に結びながらきびきびと立ち上がった。


 元の世界でも存在感は大きかったが、こちらの彼女がまとうオーラがまた別格であることは、この短い時間でも察することができた。

 なんで可憐が班長じゃないんだよ……。


「知っての通り、うちの班は前衛が極端に少ない。本来、前に出られるのは剣士である私とテイマーの使い魔くらいなんだが……」


 いったん言葉を切って、鞄から顔を出しているリリスを一瞥する可憐。

 リリスの存在は、母さんの様子をみてもどうやら周知されていると思っていいだろう。


「いつも通り紅来くくるにも前衛サポートに入ってもらう。一人では・・・・さすがに厳しいからな」


 ああ、リリスはスルーなのね、やっぱり。


「はいはぁい! 大盗賊スーパーシーフ、紅来様にお任せぇ!」


 紅来が明るく手を挙げると、皆の顔にも笑顔が戻り、険悪だった場の空気がわずかに和む。

 元の世界の紅来を思い出しても、悩んだり落ち込んだりといった様子はほとんど記憶にない。

 おちゃらけたやつだなぁ、と思うこともあったが、今は彼女の明るさがありがたい。


「さらに、前衛が支えきれなくなった時は、華瑠亜かるあが弓で援護」


 今度は華瑠亜が頷く。


「メイン火力は立夏りっかのギガファイア。何が出るかは分からないが、ランクはほし4だから韻度【5】の攻撃魔法なら一撃のはず。詠唱時間、五分でいける?」


 四分で大丈夫、と無表情で答える立夏。

 髪の毛が桃色がかっているのは、染めてでもいるのだろうか?


「今から詠唱して……なんだっけ? 発動待機っていう状態にはしておけないの?」


 麗が眼鏡の位置を直しながら良さげなアイデアを口にする。

 ……が、すぐに可憐が首を横に振る。


「中庭は反魔粒子結界だけじゃなく解除結界も張られているから、入場と同時に待機解除キャンセルされる」


 よく分からないが、要するに、前もってあれこれ準備して、戦闘開始と同時にドンッ!……という作戦は無理ということらしい。


「麗は視認阻害イリュージョンで、立夏と先生……それとつむぎの姿、隠しておける?」

「うん、四分なら大丈夫」


 麗の返事に、可憐も満足そうに口角を上げる。


「とにかく、絶対に立夏の詠唱をキャンセルされないように四人で全力でサポート。先生は、メンバーの体力を見ながら臨機応変に回復ヒールをお願いします」


 俺以外の全員がもう一度頷くのを見て、片手剣を略刀帯にセットする可憐。

 最後に、俺には後ろ頭ポニーテールを向けたまま、振り向きもせず指示を出す。


「紬は……邪魔にならないように先生の傍にいて」


 俺も頷く。というよりも、項垂うなだれるに近い。

 情けない、情けな過ぎるぞ、俺!


 しかし、この世界の知識がほとんどない今の状態では、何か意見を出すことなど到底無理だ。


 丁度立ち回りの確認が終わったところで、どこからともなく鐘の音が聞こえ、同時に、奥にある扉から解錠音が響いた。

 可憐が扉を開けると、現れたのは中庭の方へと続く薄暗い連絡路。

 歩いてそこを抜けると、眩い日光に照らし出された、約百メートル四方の中庭が姿を現す。


 奥は金網で仕切られていて、その向こう側にもほぼ同じ大きさのスペースが広がっており、対戦相手らしい別クラスのパーティーも入場してくるのが見えた。

 中庭と名前は付いているが、東京ドームのホームベースから左右のスタンドまで約百メートルだから、野球のグラウンドが丸々二つ並んだような広大なスペースだ。


「魔投門、かいも――――ん!」


 どこからともなく聞こえた大音声だいおんじょうと共に、中庭の奥の重々しい鉄扉が開く。

 中からゆっくりと姿を現したのは、後ろ足を鎖で繋がれた巨大な狼!


 見た瞬間、その異様に総毛立つ。


 なんだ、あれは!?


 全長は約三メートル。

 鋼の口輪は、生徒が噛み付かれないための安全対策だろうか?


「ダイアーウルフか……」


 可憐の表情が曇る。


「★4の中では最強クラスね。敏捷性も高いから私たちの作戦とは相性が悪いかも」


 華瑠亜も眉をひそめる。


 寝て起きたら世界が改変されていて、あれよあれよと流されながら今に至る。

 戸惑いはしたが、それでもどこかのほほん・・・・とした雰囲気のせいで、非現実的な状況への警戒感が麻痺していた。


 しかし、どうだ?


 今俺は、一歩間違えば殺されるかもしれないようなモンスターと対峙している。

 ようやく、そして唐突に、別世界に来たのだという実感が湧いてくる。

 我ながら情けないとは思うが、邪魔にならないように引っ込んでろと言われたことが、今は素直にありがたい。


 だって、三メートルだぞ? 狼の化け物だぞ?

 噛まれないって言ったって、体当たりでもされればちょっとした交通事故だ。

 昨日まで普通の高校生だった俺に、なんとかできるような相手じゃない。


「おいリリス……いざとなったらお前、あの化け物と戦えるか?」

「無理無理無理っ! 私を何だと思ってるのよ!」

「使い魔的なアレじゃねぇの!?」

ってなによ! 無理無理。お腹減ったし」

「朝食っただろ!」


 言ってはみたものの、このチビにあの怪物をどうにかできるとは、俺も本気で思ってはいない。

 武器も、知識も、使い魔もなく、おまけに気力ハーレムまで奪われた。


 戦う力をまったく持ち合わせていない俺にできることは、ただひたすら、この窮地が過ぎ去るのを待つことのみ……。

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