05.戦闘準備室
「さすがにハーレムの意味は知ってるよな?」
ニューヨークにもハーレム地区なんてのがあるし、まさかとは思うが、念のためリリスに確認してみる。
「それくらい知ってるよ。一人の男性に対して多数の女性が取り巻く状況でしょ? ハーレムは人気のある設定だから、魔界ペディアで勉強したもん」
――ん? 何ペディアだって?
……まあいいや。
まずは学校に着いたら、どんな状態になっているのか確かめよう。
その結果いかんでは、この世界への評価を改めることができるかもしれないし。
学校へ着くと、予想はしていたが、元の世界の母校とは似ても似つかぬ校舎に出迎えられる。
有り体に言えば中世ヨーロッパ風、ということになるだろう。
但し、民家に多かった
正面玄関から建物内に入ると、天井のアーチからぶら下がったいくつもの
少し歩くと、ホールの壁沿いに見えてきたのは礼拝堂の入り口。
開放された両開きの扉から中を覗けば、美しいステンドグラスを通して柔らかな光が礼拝席に降り注いでいるのが見えた。
見知った顔を見つけて付いていくと、教室へは問題なく辿り着くことができた。
恐る恐る中へ入った俺を見つけて、真っ先に声を掛けてきたのは
「よう!
「お、おう。おはよ……」
しかし、環境が違うせいか、まるで新学期の教室に入っていくような気分だ。
〝
いつもは鬱陶しい勇哉の挨拶も今日だけは何だかホッとする。
肝心のハーレム要素がどこにあるのかはまだ分からないが、起きてからここまでの間、〝危険な世界〟という雰囲気はまったくない。
むしろ、元の世界よりも
やがて、どこからか聞こえてくる鐘の音。続いて教室へ入ってきたのは担任の奥村先生と副担任の優奈先生。これも元の世界と同じ。
念のため全員が座るのを待ち、最後まで残った席に恐る恐る着席する。元の世界でも俺の席だった、窓際から三列目の一番後ろだ。
ホームルームの最後に、朝、勇哉が話していた件の連絡があった。
「今日のモンスターハントの対抗戦はD班だったな? 班長は誰だ?」
クラスが静まり返る。
「急な組み変えだったから、先生もまだよく覚えてないんだが……」
D班?
勇哉情報によれば、確か俺が所属する班だよな。
班長?
あれ? という表情で俺の方を顧みてるのは……華瑠亜だ。
『あんた、何やってんのよ!?』と、弓道部でツンギレている時と同じ表情。
――まさか班長って、俺?
もし違っていたら頭を掻いていたことにしよう……と、中途半端に右手を挙げてみると。
「ああ、そっか、綾瀬だったな。じゃあ、D班だけ点呼を取って、戦闘準備室に待機。他は魔法史の自習!」
――やっぱり俺か! 点呼って言われても、メンバー誰だよ!?
ホームルーム終了後、戦闘準備室の場所が分からないので勇哉に聞いてみる。
もうボケたのか?と笑われたが、しばらくは仕方がない。
他の人に訊いたらマジで頭を心配されそうだが、
少し迷ったが、十分ほどうろうろして目的の部屋にたどり着く。
どうやら俺が最後だったようで、扉を開けると、D班のメンバーと思われる面々から一斉に視線の集中砲火を浴びる。
教壇でニコニコしながら立っていたのは副担任の優奈先生。名札には【
対する生徒側は――、
……で、俺、
先生から受け取った名札には【綾瀬紬(
――なるほどね。ハーレムってこういうことね……。
先生を含めた七人がD班らしいが、見事に男女比がおかしい。
……まあ、それはいい。ハーレムなんだから当たり前だ。
まさにこれこそ、勇哉の望んでいた光景だろう。
ただし、懸念もある。
戦闘パーティーってのは、果たしていかがなものか?
どんなことをやるのかはまだ分からないが、修学旅行の班分けでもあるまいし、落ち着いて交流できる雰囲気には思えない。
班長ってことは、この世界の俺はそれなりに人望もあったのだろうけど……。
「おっそいよ、紬! ミーティングの時間がなくなるじゃない!」
同じ
その隣には眉間に皺を寄せている可憐。こちらもなんだか険しい表情だ。
――あれ? 班長の人望は?
「まあまあ、みなさん、まだ時間もありますし、仲良くいきましょう!」
優奈先生が場を和ませようと明るく振る舞うが、愛想笑い一つしない他の女子たちに何か嫌な予感を覚えた。
戦闘実習とやらを前に緊張でもしているんだろうか……とも思ったが、どうもそれだけでないような気がする。
「では班長さん、今日の抱負を一言、お願いします!」
優奈先生からの、突然の無茶振り。
いや、先生から見たら普通の要求なんだろうけど、今朝この世界に来たばかりでこれから何をするかも分からない俺に、抱負なんて言われても……。
「そ、それじゃあみなさん、頑張りましょう……お?」
恐る恐る呟いた抱負も、最後は思わず疑問形。
ずっとイライラしていた様子の華瑠亜が、いよいよ我慢できないといった様子で口を開いた。
「あ――あ! なんで唯一の男子メンバーがこんな戦力外なのかなぁ!?」
――え? 俺のこと?
「前も紬と同じ班だったけど、テイマーなんていったってまともな使い魔も持ってないし……
ねえ麗? と、華瑠亜が麗にも同意を求める。
そうなんだ……そんなことが……。
麗とも、前回も同じ班だったんだろうか?
「雑務が面倒だから班長やらせてるけど、むしろいない方が勝てるんじゃない?」
なんて続ける華瑠亜には、同じ弓道部のよしみなんてまったく感じられない。
そもそもこの世界に弓道部なんてものもないんだろう。
俺が班長だったのも人望が理由じゃないらしいと、だんだん分かってきた。
「チーター。どんな手を使おうと自分さえ生き残れればいいって噂……」
立夏がぽつりと呟く。
勇哉もチーター紬なんて言っていたが、まさかそんな最悪な評判だったとは!
可憐も紅来も言葉には出さないが、好印象を持ってもらっている雰囲気ではない。
麗だけは、眼鏡の奥から少し心配そうな目線を向けてきているが、部屋の空気は、ハーレムというよりは針の
(どうなってんだよ、リリス!)
ポケットから顔を出して、室内をぐるりと見渡すリリス。
(ちゃんとハーレムになってるじゃん)
(どこがだよ!)
(男が一人に女の子がいっぱい)
(いくらいっぱいいたって、これじゃ……)
(メンバーも、ちゃんとノート通りでしょ? そんなことより……お腹が減ったよ)
(黙れっ!)
なるほど……。ようやく分かった。
ハーレムの形だけ作って、感情をまったく操作してないんだ。
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