03.外の世界も見てみよう

「お……俺TUEEEEおれつえ~~~~?」

「そう、それそれ」


 次の瞬間、左右のてのひらから青い光が溢れ出し、眩しさを増しながら一点に収束すると、それぞれ何かを形作って光は消えた。

 両手に残ったものを見てみると……杖? と呼んでいいのか迷うほど簡素な二本の木の棒。長さはそれぞれ一メートル足らず。


「何これ?」


 切断面をよく見ると、元は一本の棒だったものを二本に折ったようだ。


「おれつえ~」

「え?」

つえ~……」


――だっ……駄洒落かよっ!!


 思わず、両手のガラクタを床に叩きつける。


「なんだよこれ! どうすんだよこれ!」


 床に転がった二本のつえが再び青い光を放ち、形を失って消失した。


「え~っと……やっぱり、違う?」

「違うに決まってんだろ! 異世界に持参できる唯一の武器に折れたつえを選ぶやつがどこにいるんだよ!」

「やっぱり、折れてるのはどうかとは思ったのよねぇ」

「折れてなくたって大した物には見えないけど!?」

「〝おれつえ~〟なんて聞いたことがないし、辞書まで引いて調べた結果、これしかないって思ったんだよ……」

「むしろこれだけはねぇよ!」


 仮にこのリリスとやらが真実を語っているとしたら、そう簡単に元の世界には戻れないことになる。

 つまり、あのノートに諸々もろもろ書いた設定が、今後この世界での快適さを大きく左右すると言っていいだろう。

 少なくとも、モンスターが跋扈ばっこしているような世界なら、愛用の武器は最も大切なアイテムの一つであることは容易に想像できる。


「大事な選択を、親父ギャグ以下の駄洒落で片付けられるとは……」

「でも、親父ギャグも、なかなか侮り難いよ?」

「誰もギャグのクオリティの話なんてしてねえよ!」


 いや、まてよ。そういえば――、


「俺がチートってことも書いてあったよな? それはちゃんと反映されてんのか?」

「ああ、うんうん。ノートの精にはちゃんと念を押しといた」

「そ、そうか……」


 それならまだ救いはある。武器はミスッたが、まあ、この世界で改めて手に入れればなんとかなるだろう。

 ……それより、俺のチート部分はどこなんだ?


「どうしたの、両手なんて見つめて?」

「あ、いや……なんか、あんまり強くなってる実感がないなぁ、って」


 試しに、近くの柱をグーで殴ってみる。


――痛たたたた……。


 やはり、肉体強化的なチートではなさそうだ。

 となると、あとはチートテイマーの可能性か……。

 何か、ものすごい魔物でも使役できるんだろうか?


「ビーストテイマーってのは、間違いなく反映されてるんだよな?」

「た……ぶん……」

「あやふやだなぁ。ノートの精とやらは何て言ってたんだ?」

「それについては何も。分からない部分は尋いてきてたから、何も言ってないってことは大丈夫なんだと思うよ」

「杖の件もあるからなぁ……」


 また駄洒落で処理されるんじゃないだろうな?


――ビーストテイマー、ビーストテイマー……、


 イラストレイター、

 エンターテイナー、

 パートタイマー、

 キングゲ〇ナー、……et ceteraエト セトラ


 駄洒落というよりは韻を踏んでるだけのような気もするが、ぶっちゃけ〝折れ杖〟を見た後だと何が来ても不思議じゃない。

 とりあえず、パートタイマーだけは勘弁してほしい。

 第一希望は、せめてキングゲ〇ナーってとこか。


 ……って、そうじゃねえよっ!

 普通にビーストテイマーでいいんだよ!

 そもそも、普通って何だ!?


「ねえ、そろそろ、外の世界も見てみようよ!」


 俺があれこれ考えていると、再び窓の外に視線を向けながら、リリスがウキウキとした声で話しかけてきた。


「……まあ、そうだな。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「ちょっとちょっとぉ! 私も連れてってよ!」

「えぇ? どうやって?」

「それは、そっちで考えてよ」


 ったく、面倒くさいなあ……。

 学校がどうなってるのか分からないが、ついでに出掛ける用意もしていくか。


 私服に着替えたあと、最後にワンショルダーをつかみ、ポケット部分を空けてリリスの前に差し出す。


「とりあえず、ここに入れよ」

「……なんか、臭くない?」

「嫌ならいい」

「分かったわよ! 入るわよ!」


 パニエで広がったエプロンドレスを交互に抑えながらポケットに収まると、胸から上を出して外を眺めるリリス。

 はたから見たらどう映るんだこれ?

 成り行きでこうなったけど、冷静になってみると、ほんと何なんだこいつ?


「もし誰かに見られたら人形のフリでもしといてくれよ」


 部屋の外に出ると、一気にヨーロッパ風の木組みの家コロンバージュの内装に変わる。

 どうやら、俺の部屋だけが元の世界のまま残されていて、それ以外の部分――リリスの説明を信じるのであれば全世界規模で改変されたようだ。


 一階に降りてダイニングに入ると、テーブルにはすでに朝食が並んでいた。

 パンやチーズ、何かの木の実やお肉といった、西欧風のメニュー。

 父さんやしずくは、すでに出掛けたあとだろうか?

 台所の方から歩いてきた母さんに、恐る恐る「おはよう」と声をかけてみると、


「おはよう。遅かったわね? リリスちゃんも、おはよう」


 やはり母さんはこの世界でずっと生きてきた人間で、記憶もそうなってるようだ。

 ある意味それは予想通り。しかし――、


「か、母さん、こいつを知ってるの!?」


 リリスを指差して聞き返す。

 テーブルにミルクを置いて台所へ戻りかけた母さんが、キョトンフェイスで振り返り、


「そりゃ知ってるわよ。あんたの使い魔じゃない。……大丈夫?」


 よかった……。

 やはり、ビーストテイマーという設定はきちんと生かされているらしい。

 それにしても、リリスが俺の使い魔ぁ?


 もう一度マジマジと、鞄のポケットから顔を出してるリリスを見る。


「そ、そうだったんだ、私………テヘ」


 テヘじゃねぇよ。どう見てもただのチビメイドじゃん!


「か、母さん? ちなみにこいつ、実はすっごい強かったりする?」


 慌てて、台所まで追いかけながらさらに質問を重ねる。

 そんな俺の顔を母さんも心配そうに覗き込みながら、


「あんた、本当に大丈夫? リリスちゃんのことならあんたの方が詳しいだろうけど……戦ってるところなんて見たことないし、戦闘向きではないんじゃない?」


 じゃあ、何向きなんだよ。


「リリス以外の使い魔は? 見たことある?」

「そんなのないわよ。リリスちゃんだけでしょ? あんた、他に持ってるの?」

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