02.飛ばされたのは私たち二人だけ

「え~っと、夢じゃないとなると、何なんだろう?」

「鈍いなあ。夢じゃなければ現実ってことだよ」


――そりゃそうだ。


「そりゃそうなんだが……俺の知ってる現実と微妙に違うようなんだけど」

「例えば?」


――おまえの存在とか。


「まあ、私もまだはっきりとは確認してないんだけど……多分、微妙にどころじゃない気がする」


――微妙にどころじゃない? ……って、まさか!?


 急いで立ち上がり、カーテンを開ける。

 そこにはやはり、俺の家の小さな庭があり、その先には住宅街が続いている。


 ただしそれは、いつもの見慣れた日本家屋ではない。

 ドイツやフランスでよく見られるような木組みの家――いわゆるコロンバージュのような建築物が立ち並ぶ、まるでヨーロッパのような街並みに変わっていた。


「これは……あのノートに書いてあった世界の再現?」

「ちょっとぉ! 私にも見せてよ!」


 足元でぴょんぴょん飛び跳ねるリリカたんもどき。

 いや、もう、こいつはリリスでいいや。

 声も髪も違うのに、コスチュームだけでリリカたん呼ばわりするのは紛らわしい。


 リリスを無造作にヒョイッと持ち上げる。

 ぷにょっとしていて、思っていたよりもすごく柔らかい。

 背中側から掴み、脇下を通って前に回った指先がリリスの胸元を押さえつける。

 控えめとはいえ、人差し指と親指の先から伝わる柔らかな弾力。


「きゃあ! どこ触ってんのよ!」

「ご、ごめん!」


 謝ってはみたものの、じゃあ、どう持てと?

 とりあえず両手で、脇の下からそっと掬い上げるように持ち、机の上に載せる。

 目の前の窓から住宅街を眺めて、感嘆とも落胆ともつかない吐息を漏らすリリス。


 妙にリアルな空気感。生々しいリリスの触り心地――。

 さすがにここまでくると、少なくとも単なる夢じゃないことは俺にも分かる。理解の枠を超えた何かが起こっていることだけは確かだ。

 そして、何が起こったのか……ヒントになるのは例のノートの記述だろう。


「そこに置いてあった黒いノート、知らない?」


 なんで、こんな謎生物に普通に話しかけてるんだ?

 ……と自問自答しながらも、今はリリスの正体については思考停止だ。前向きな意味で。


「あれならもう、ないみたい」

「なぜだ? ノートが消えたことと今の状況、何か関係があるのか?」

「私も詳しくは分からないんだけど……」


 と、前置きをした上でリリスが説明を続ける。


「簡単に言うと、あそこからノートの精みたいなのが出てきて、別の世界線に世界をコピーしたあと、私たちをそこに転送したのよ。その後に、ノートに書いてあったことを基に世界を改変した……みたいな?」


 何かを思い出すように宙を睨みながら、身振り手振りを交えて一生懸命説明をしてくれるリリスだったが、正直、まったく意味が分からない。


 百歩譲ってあれが本当に好きな夢を見せるノートだったとしよう。

 だとしても、世界線だの転送だの改変だの、なんでそんな量子力学的多元宇宙論みたいな話になってるんだ?


――いや、待てよ。こいつ今、変なことを言っていたな……。


「私たち? って?」

「私と紬くん。多分、前の世界から飛ばされたのは私たち二人だけなんじゃないかな?」


 俺……は、分かる。一応、ノートの占有者でもあったし。

 でも、こいつは何なんだ? どっから出てきた?

 俺の名前は知っているようだが、元の世界で俺とどんな関係が?

 それ以前にこいつ、どう見ても人類じゃないよな?


「おまえ、何なんだよ?」

「だからリリスたんだよ」

「…………」


 質問を変えよう。


「家族や友達はどうなった?」

「元の世界はそのまま残ってると思うよ。紬くんの代わりがいるのかどうかは……分からない」

「と、言うと?」

「元の世界の話だよ? こちらの世界にいた紬くんと交換したのかもしれないし、もしかすると紬くんが行方不明になって大騒ぎになっているかもしれない」


 もし後者だったら、なんだか胸が痛む。

 もうちょっと、両親に感謝の気持ちでも伝えておけばよかった。


――もちろん、こいつの話が事実だとしたらだけど!


 思わず荒唐無稽なリリスの話を真に受けかけて、慌てて首を振る。


「でも、寂しがることはないと思うよ」

「?」

「ここも元の世界のコピーが基になっているらしいし、人間関係は引き継がれているんじゃないかな……って、どうしたの、キョロキョロして?」

「い、いや、誰かが俺を、お茶の間の笑いものにしようとしてるのかと……」

「モニタ〇ングじゃないわよ!?」


 確かに、素人一人を騙すにしてはあまりにも大掛かり過ぎる。

 じゃあやっぱり、この手乗りメイドの話はすべて本当だというのか!?

 実際、その謎生物が目の前で話しているのは厳然たる事実。

 とにかく今は、いろいろ理屈で否定しようとするよりも、起こっている現象を受け入れながら対処法を考えるしかない。


「紬くんが書いてた例のハーレム? あれも、学校に行けばそういう状態になってるんじゃないかな」

「まっ、マジ!?」


 まあ、十七歳男子の健全な妄想を詰め込んだ夢の世界だからな。

 あのノートに書いた設定がそのまま生かされているなら、俺にとってもそこまで悪い世界ではないはずなんだ。


「ってことは、魔法とかモンスターの設定もそのまま生かされてるの?」

「た……ぶん。その点についてはノートの精も特に質問してなかったし、すんなり設定を生かしたんじゃないかな」


 しかし、よくよく考えてみるとモンスターの存在って必要?

 モンスター相手に無双したいってのも、結局はチヤホヤされたい英雄願望からだ。

 設定で既にハーレムになってるんだったら、モンスターなんて面倒なだけじゃ?


 というか、そうだ!

 職業ジョブの確認もしておかなければ!


「俺、ビーストテイマーって設定だったと思うんだけど……ビーストは?」

「さあ……」


――ほんと役立たずだな、こいつ。


「それに、武器とかないの? テイマー専用の」

「それならどこかにあるんじゃないかな? 一応頼んでおいたから、ノートの精に」

「どんな楽器を頼んだんだよ?」

「楽器? あれ、楽器なの?」

「はあ? 俺、楽器なんて書いた覚えないぞ?」

「最後のページの武器欄に書いてあったじゃん。忘れたの?」


 最後のページ? 武器欄?

 ああ……思い出した!

 基本方針の、アレのこと?

 俺が書いたといえば、そう、あれしかない――。


「お……俺TUEEEEおれつえ~~~~?」

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