第二章 ようこそ!異世界へ

01.夢じゃなければ現実

『おまえたちを別の世界線に送り、ノートの記述を基にして世界を改変している。おまえたちにとって、そこがあらたに生きる世界となる』


 近くで、誰かが話してる……。

 男の、声?

 かなり、年輩だな……。


 それと……女? 怒って、る?

 俺を、誘惑……何の話だ?

 

 頭も、ズキズキする。

 何か尖った物で、突き刺されたような、痛み。

 でも……駄目だ……どうしても、目が、開かない……。


 意識が朦朧とする。

 再び、意識は抗い難い眠気に押し潰され、深い暗闇の中に溶けていく……。


◇◇◇


 カーテン越しに差し込む朝日に瞼をくすぐられ、再び意識が覚醒は時を迎える。


――もう朝か。


 ゆっくりとまぶたを押し上げる。

 昨夜はずっと変な夢を見ていたような気分で、どうも休んだ気がしない。


 ゲームをしながら寝落ちしちまったのか……。

 でも、電気が消えてるな? 母さんか、あるいはしずくか?


 ベッドから下りようと片足を床に落とし、上半身を起こした直後、何か・・が視界の隅に映る。


――クッション?

 

 薄明かりの中で目を擦り、もう一度違和感の正体を確かめる、

 目に止まったのは、クッション上で横になっている人形のような物体。


――なんだあれ?


 ゆっくりと近づき、顔を寄せて、恐る恐るその物体を覗き見る。


「リ……リリカたん!?」


 別に、俺がアニオタだから語尾に〝たん〟なんて付けているわけじゃない。

 アニメの中でそう呼ばれてることが多いので、自然とそう呼んでしまっただけだ。


――初回限定版ボックスの特典? こんなフィギュア付いてたっけ?


 起きたばかりで頭が回っていない。


 それにしても、妙になまめかしい造形だ。

 フィギュア特有の硬質感はないし、まるで生きた人間のような生々しさ。


 思わず、ミニのドレススカートに指先で触れてみる。


「――――ッ!!」


 柔らかい! 本物の布を使ってるのか!

 スカートの下には、白いレース状のパニエが幾重にも折り重なっているのが見える。形があまり崩れていないのはこれのおかげか。

 それにしても、ほんと精巧な作りだな。


 こうなると、一般的な男子高校生が取る行動などだいたい決まってる。

 ほぼ無意識にドレスの裾をつまみ、さらに中のパニエも一枚ずつ捲っていく。

 美少女フィギュアを目の前にしたら、とりあえずパンツがどこまで細かく再現されているのか検閲するのは愛好家のたしなみだ。


 徐々に太腿があらわになっていく。

 一般的なポリ塩化ビニルではなくシリコン素材だろうが、まさに本物の人肌のような精巧さ。


 もう一枚……もう一枚捲れば、あとは下着だけ……。

 あ、あれ? なかなかパンツが見えてこないぞ。

 もしかしてリリカたんって、ノーパンだったり!?


 ゴクリと唾を飲み込んだその時、クッションの上から唐突に声がする。


「う、うぅ――ん……」


 えぇ――っ!

 リリカたんが、寝返り打ったぁ――っ!


「ち、違う! そういうんじゃないからっ!」


 言い訳をしながら飛び退すさり、しかし、さすがにそこで我に返る。

 冷静に考えれば、こんなフィギュアに見覚えはないし、フィギュアが寝返りを打つなんてこともありえない。


「な、なんなんだ? どういうことだ?」


 もしや、昨日勇哉から預かった怪しげなノートに関係が?

 慌てて部屋を見回すが、あの黒いノートは見当たらない。


 ということは……やっぱりあれが何か関係しているのか?

 そういえば、表紙に何か書いてあったな。


【こののうとに みたいゆめおかいてねると そのゆめがみれます】


 そう! このノートに見たい夢を書いて寝るとその夢が見れます!

 確かにそう書いてあった!

 ということは……そうか! これは夢か! ほんとに明晰夢を見てるのか!?

 でも、勇哉が書いた内容なのに、ちっさいリリカたんが出てくる記載なんてあったっけ?


 その時、足元から小さな話し声が聞こえてくる。


「ああ……やっと起きたのね」


 ん? 女子の声?

 視線を落とすと、クッションの上でリリカたんが、上半身を起こして眠たそうに目を擦っている。


 ただ、よくよく見ると微妙にリリカたんとは違う。

 まず、声だ。明らかにリリカたん役の声優さんとは別の声。

 まあ、アニメの声はあくまでも声優さんの声だし、本物のリリカたんとは違うのかもしれないが……。


――って、待て待て! 本物って何だよ!?


 声だけじゃなく、明らかに髪型も違う。リリカたんはピンク色で、腰まで伸びたストレートヘアだったはず。

 しかし、足元にいるリリカたんもどきの髪は薄茶色。洒落て言うなら〝亜麻色〟ってやつだ。髪型もナチュラルウェーブのボブ。


 胸だってリリカたんに比べれば若干……いや、明らかに小さい。

 月とスッポン、さぎからす、ボインとちっぱいくらい雲泥の差だ。


 まあ、明晰夢だとしたら俺が考えたことなんだろうけど……。

 好きな作品なのに、なんで俺の再現力はこんな中途半端なんだろう。


「ちょ、ちょっとぉ? なんか失礼なこと考えてない?」


 リリカたんもどきが眉間にしわを寄せている。

 とりあえず最低限の確認だけはしておこう。


「えーっと……リリカたん? なのか?」

「はあ? 私はリリスたんよ」


 誰だそれ!? 姉妹か?

 ロリータフェイスで姉には見えないし……妹?

 そんな設定あったっけ!?


「え~っと、いろいろと頭が混乱しているんだけど、これは夢でいいんだよな?」

「残念ながら、夢ではないみたい」


 立ち上がったリリカたん――もとい、リリスたんのコスチュームの再現度は完璧だ。

 丈の短い黒と白のエプロンドレスに、頭にはホワイトブリム。足元は白いニーハイレースソックスと、黒いエナメルの上げ底ハイヒール。もちろん、腰には超真鍮オリハルコンのレイピア。

 寸分たがわぬリリカたんだ。


 こんな細かい部分が完璧なのに、なんで声と髪型だけ違うんだ?

 ……いや、胸もか。


 ただ、夢だからと言って、夢の中の登場人物が『はい、これはあなたの夢です』なんて答えてくれるとは限らない。

 とにかく今は、このリリカたんもどきから何か情報を得ることが急務だ。

 もしかすると、アニメでよくある代弁者スポークスキャラのような存在かもしれない。


「え~っと、夢じゃないとなると、何なんだろう?」

「鈍いなあ。夢じゃなければ現実ってことだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る