07【リリス】新世界の構築

——誘惑が目的なのに、そんなごっつい職業にしてどうする!


 ぐるりと首を回して部屋の中を見渡す。


 どうせなら、紬くんが好きそうなものを探しさないと……。

 ん? あれは確か、アニメとかいう娯楽の円盤セットね。

 え~っとタイトルは……『メイド騎士リリカ』?

 これだ!

 リリカとリリス、一文字違うだけだしちょうどいいわ!


「じゃあ、そこのアニメに出てくるみたいなメイド騎士にして! 最強のね!」

『……了解した』


 黒竜は答えると、瞑想状態に入る。


 いや、薄目で何か見てるぞ? 円盤セット?

 こいつ、メイド騎士のこと、よく分かってなかったりして!?

 ……って言うか、私もそうか。


 数分後、再び刮目する黒竜。


『ノートの記述の中に、悪魔語に変換が難しい単語がいくつかあるので、翻訳を頼めるか?』

「う、うん……」


 私、こんな面倒臭い夢ノート使いこなせるかなぁ……。

 進化し過ぎた道具についていけなくなる不安、って聞いたことがあるわ。

 これはあれね……テクノストレスってやつね!


『まず、ハーレムだが……』


 私も、ノートを開いて確認する。


「あんた、こんな単語も知らないの? 女の子を周りにはべらすことだよ。ここに書かれてる六人をつむぎくんの周りでウロチョロさせればいいの」

『紬くん? ああ、その男子のことだな。なるほど、容易いことだ。……では、チートとは?』


 リリスは、今度は棚にあった英和辞典を手に取りペラペラと捲る。


「チート、チート……ああ、cheatこれかな? 〝騙す〟とか〝ズルをする〟って意味ね。狡賢ずるがしこくなりたいんじゃない?」

『変わった願いだな。性格まで変えることはできんが……まあ、近い状態にはしてややろう。では最後に、おれつえ~、とは?』


 おれつえ~?

 初めて聞く言葉ね……。


「なんだろう? どこに書いてあったの?」


 ノートを確認すると、主人公の設定項目の最後に、確かにフワッと書いてある。


——分からない……。な、何これ?

[973296117/1574110352.jpg]

 約十分後、いよいよ黒竜が改変のための詠唱を開始する。


『まず、分岐力を持った選択肢を使って、この世界と0.0001パーセントだけ異なった、ほとんど同じ世界線を別に作る』

「……………」

『完了だ』

「早っ!」


 ちゃんとやってるんでしょうね?

 変な数字まで出してわけの分かんないこと言ってたけど……。

 この竜、ほんとに大丈夫かな?


『次に、お前とその男子を改変後の世界線に送るぞ』

「了解!」


 って、反射的に答えちゃったけど、相変わらず意味がよく分からないわね。

 改変後の世界線?

 私が送られた後で改変するって話じゃなかった?


 しかし考える間もなく、答えると同時に黒竜の姿がフッと消える。

 直後、どこからともなく聞こえてくる黒竜の声。


『転送も完了した』


 そっか、消えたのはあいつじゃなくて、私が夢の世界に来たってえことか。

 あれ? アレ・・はどこ行ったんだろ……。


「こっちの夢ノートが見当たらないんだけど?」

『ノートは魔界の物質だからの。世界線を分割してもコピーはされないのだ』

「そういう仕組み?」

『そういう仕組みだ』


 な~んか、いろいろ説明と違う部分があるような気もするんだけど……。

 まいっか!

 分からないことを考えると、すぐに頭が痛くなってくるのよね、私。


「そういえば、私の魔力を使って改変するって話だったけど、私の魔力、まだ空っぽのままだよ?」

『ああ、それは……大丈夫だ。もう改変も終わった』


 ええ——っ!?

 いくら夢の中だからって、全世界の改変ってそんな短時間にできるものなの!?


『おまえに魔力を戻してそっちに送っても、どうせまた魔力をいただくことになるだろう? 面倒だからその過程を省いたのだ』

「いや、それができるなら、最初から私がここに入る必要はなかったのでは……」


 いつの間にか服装が、黒と白のエプロンドレスとホワイトブリム、白いニーハイレースソックス、そして、黒いエナメルの上げ底ハイヒールに変わっている。

 いわゆる、日本のメイド喫茶などと呼ばれる施設で見られる一般的なメイドコスチュームみたいだけど、それにしても……。


——このスカート丈、ちょっと短すぎない!?


 スカートの中は白いチュールパニエで覆われているが、それでも、ニーハイソックスが届いていない絶対領域が現れるほどの丈の短さだ。


——少し動いただけで下着が見えちゃいそうじゃん!


 腰にレイピアが下げてあるのは、メイド騎士というキャラクターだからだろう。


『最後に、何か頼み忘れていることなどないか?』


 再び、どこからともなく聞こえてくる黒竜の声。


「最後にぃとかいちいち大袈裟なんだよ。どうせ夢の中にいる間の話でしょ?」

『何を言ってるのか分からぬが、おまえはもうこちらには戻ってこれぬぞ』

「は? 紬くんが起きれば夢も覚めるじゃん!」

『先ほどから夢がどうとかわけの分からんことを話しておるが、そこは夢の世界などではないからな』


——はあ?


『おまえたちを別の世界線に送り、ノートの記述を基にして世界を改変している』

「……うん」

『おまえたちにとって、そこがあらたに生きる世界となる』

「はああああっ? そういう事はちゃんと説明してよ!!」

『してたつもりなのだが』


 ちょ、ちょっと待って……。

 じゃあ何?

 私はこの姿のまま、ずっとこの世界に閉じ込められるってこと!?


『なお、新世界の構築を目指すにはノートの設定はあまりにも大雑把だったので細かい部分は自動改変プログラムに任せてある』

「自動改変プログラムって、そんな適当な——」

『どんな設定になっているかはわしも知らんので、そっちで調べるがよい』

「ちょ、ちょっと待って! ストォ——ップ!」

『ではさらばじゃ』

「さらばじゃって……コラ待て! 待てってばポンコツ!!」

『…………』


——ほ、ほんとに行っちゃったよ……。


 とりあえず、急に静まり返った部屋をゆっくりと見回してみる。 


 ほんとにあんな一瞬で、世界の改変とやらは終わったの?

 いや、そんなことより……。


 気が付けば周りがやけに巨大化している。

 目の前の床には、さっき使った英和辞書が転がっているのだが、表紙の長さは一メートルくらいになっていた。


 辞書だけじゃない。

 紬くんが寝ているベッドの足は、まるで巨木のようにそびえ立ち、遥か彼方のゴミ箱は、三階建てのアパートのよう。

 紬くんの勉強机に至ってはタワーマンション級に巨大化している。


 そう、認めたくない。認めたくはないが……。


——私がちっちゃくなったんだ!


 体と一緒に脳も縮んだせいか、何だかバカになったような気もする。

 恐らく今の私の身長は……十五センチか、せいぜい二十センチくらい?


「魔力を絞り取るって、こういうこと!? 絞り過ぎだよあいつ! こんな体でどうやって紬くんを誘惑するのよ!」


 い、いや、それよりも……。


——誘惑したところで、ハイスクールに戻れるの、私?

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