06【リリス】ガラパゴス

 深夜零時——。


——ここが、人間の男の子部屋かぁ。緊張するなぁ……。


「ひゃあっ! ……って、何だ、鏡か。お、脅かさないでよ……」


 姿見の中の自分に思わず毒づく。

 少しウェーブのかかった亜麻色のボブカットに茶褐色の瞳。

 服装は、胸と腰だけを隠した黒いボンデージファッションに、ニーハイブーツとウェットルックグローブ。背中にはコウモリの翼をかたどったデコレーション。

 ハロウィンのシブヤで見かけたような小悪魔コーデにそっくりだ。


——こう見ると、私だってなかなか可愛い方だと思うんだけどなぁ……。


「っていうか、電気つけっ放し! もったいない!」


 電気のスイッチを消すと、小さな充実感を覚える。


「一日一善!」


 ちなみに、悪魔は夜目が利くので暗くても問題ない。 


「お! あったあった! 夢ノート♪」


 ヘッドボードから黒いノートを拾い上げ、パラパラと捲って中を確認する。


——あ~よかったよぉ……ノートを拾って、ちゃんと使ってくれる人がいて!


 パッと内容を見た感じ、それほど過激な内容は書かれていないみたいね。

 女の子が何人か出てくるみたいだけど……剣士? 魔法使い?

 変な設定の子ばっかりね。

 もしかして、コスプレ好きってやつかしら?


 それにしても……と、首を捻る。


 盗賊? 幻術士?

 やけにマニアックなラインナップね……。

 夢のストーリーっていうより、設定に力を入れている感じなのかな。


 ベッドで寝ている男の子の寝顔を覗き込む。

 切れ長の目に薄い唇。鼻筋の通った端正な顔立ち。


 へえ~、なかなか可愛いじゃない!

 成り行きだけど、もしかして最初から当たりを引いちゃった!?

 少なくとも、魔界ハイスクールの性悪男夢魔インキュバス共よりは全然マシだよ。

 なんだか急にドキドキしてきた!


 もう一度ぐるりと室内を見渡すと、部屋の隅に置かれた鞄に目が止まる。ぶら下がっているネームプレートには「TSUMUGI AYASE」の文字。


 ツムギくん……でいいのかな?

 とりあえずルックスはクリアね。

 ノートの内容に問題なければ、誘惑するのはこの子でいっか!


 ……って、いけないいけない!

 いつの間にか顔がニヤケちゃってる!

 何人もリサーチをした上で慎重に対象選びを……なんて計画していたけど、実のところ、そんな小間怠こまだるいやり方は私の性に合ってないんだよね!


 ゆっくり読み直そうと、もう一度最初のページを開き直したその時——。

 ポゥッとノートが光りだしたかと思うと、たちまち全体が青白く熱のない光に包まれる。


「え! 何?」


 びっくりして放り投げたノートの角が、寝ている紬くんの前頭葉を直撃する。


——やぁっばぁぁぁぁっ!


 慌てて紬くんのおでこをナデナデ。

 ……けれど、何らかの魔法的な呪力でも発動されているのかまったく目を覚ます気配はない。その間にもさらに明るさを増すノートの輝き。


——何これ? 夢ノートに照明機能があるなんて聞いてないよ!


 もう一度、恐る恐るノートを拾おうと手を伸ばしたその時、


なんじが、われとの契約者か?』


 静かに空気を震わせるような声……と同時に、ノートの表紙から湧き出るように姿を現したのは、二十センチほどの小さな黒いドラゴン


——誰こいつ? 契約者? ノートの持ち主か、ってことかしら?


「え、ええ、そうだけど……」

『名は?』

「リ、リリスよ」


 私が答えると、翼を広げて浮かび上がり、こちらを見据えながら滞空する黒竜。

 私の全身をいぶかしむように一瞥した後、薄目のまま小首を傾げる。


——な、なんか失礼なやつね。


『では、ノートに書かれた通りに世界の改変を望むということで、相違ないな?』


 改変? 夢を見せたいだけで、そんな大袈裟なものじゃないけど……。


「ん~、私というより、そこに寝てる男の子の望みなんだけど……」


 黒竜が視線を落として紬くんを見たあと、再びこちらに向き直り、


『では、この男子を中心として、世界を改変するのだな?』

「そ、そういうことに……なるのかな?」


 なんか、最近の夢ノートって、やけに面倒臭くなったのね。

 これは……あれね! 日本で言う、ガラパゴス化、ってやつね!


『よかろう。では、魔力を頂くぞ』


 そう言って竜は目を瞑り、私から魔力を吸い上げ始める。

 別段それらしい仕草アクションはないが、体からどんどん魔力が抜けていくのを感じる。


 あれ?

 夢を見せるのは呼び出された女夢魔サキュバスの役目だと習ったんだけど……。

 最新式のノートは全自動?

 ガラパゴス化、恐るべしだよ!


 そんなことを考えているうちに、気が付けば魔力がほぼ空に。


『全然足りん』

「ええ——っ!?」


——夢を見せるだけでどんだけ魔力使うのよ、このポンコツ!


『我は、おまえのようなひよっ子悪魔が契約できるような存在ではないのだ』


——たかが夢ノートのくせに、態度だけはデカいわね!


「じゃあ、いいよもう。私がやるから魔力返してよ」

『契約者ができるのは魔力の提供のみ。改変は我にしか許されておらぬ』


 夢の中での紬くんをリサーチしたいだけなのに、何よこの異常な面倒臭さは!?

 ガラパゴス化、うっざ!


「じゃあどうすんのよ? 無理ってこと?」


 私の質問にしばし沈黙した後、再び口を開く黒竜。


『一つ方法がある。おまえが改変後の世界に入ってもよいのなら、可能かもしれん』

「え? 私も入れるの?」

『外から干渉して魔力を送り込むよりも、おまえを中に送り込んで、その魔力で内側から改変する方が魔力も節約できるからな』


 紬くんを誘惑するためには私の夢を見せる必要はある。

 それは分かる。


 ……でも、その世界に〝私も入る〟ってのはどう言うことかしら?

 一緒に夢を見るような感覚なのかな?

 新夢ノートの新機能みたいなもの?

 人間の男性はHでスケベなやつばかりだって言うし、ちょっと心配だけど……。

 でも、ノートの内容を読む限りでは、紬くんはそんなに恥ずかしい要求をしてくるような男の子にも見えないし……。


「分かったわ。その方法でよろしく!」

『おぬしは改変後の世界で、何か希望の設定はあるのか?』

「設定? なんでも好きなものにしてくれるってこと?」

『うむ。魔力を全て搾り取るから、改変後の変身などはしばらく無理だろう。今の段階なら、おまえの好きな姿形すがたかたちをデフォルトにしてやるぞ』


 なるほど。それならやっぱり、一度やってみたかったのは……、


「最強のぉ~」


 女暗黒騎士! と、言いかけて慌てて言葉を呑み込む。


——誘惑が目的なのに、そんなごっつい職業にしてどうする!

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