01-03「もう一人の人造勇者」④

 【暴力】を司る人造勇者が手にしている人造聖剣は黒い刀身であるにも拘らず、禍々しい光を放っている。


 剣というより大振りの鉈、という方が正確なその大剣は、とても「斬る」という用途に適しているようには見えない。


 厚めのその刃は斬る、というより叩き潰すのを目的としているかのようだ。


 あの物静かなアインスフィーネが変化しているとは到底思えぬ凶悪な形状フォルムは聖剣と呼ぶよりも魔剣と呼ぶのが相応しいように思える。


「女が剣に……!」


 魔族たちがどよめく。


 ありとあらゆる聖剣や魔剣の話を耳にしたことがある彼らではあったが、人間が剣に変化するなどというふざけた話を聞いたことはない。


 しかし、目の前で起こっている以上それを現実だと受け入れざるを得なかった。


 刃化クロネイドは本来秘匿するべき情報である。


 それにも拘らず、ズィーベランスがわざわざ見せた理由は。


 魔族たちを皆殺しにするつもりだったからに他ならない。


 また、彼はこうも考えている。


 知られたところで何も変わりはしない、と。


 それは紛れもなく強者の考え方である。


「貴様、何者だ!?」


「ズィーベランス=ゲヴァルト! 【暴力】を司る人造勇者だ!!」


 その質問を待っていたとばかりに人造勇者は答える。


「人造……勇者だと? なんだ、それは」


「訊いたな? いいぜ、嫌だって言っても教えてやる……」


 野生の獣が牙を剥き出しにするが如く、ズィーベランスは嗤う。


「授業料はテメェら全員の命だ!!」


「吠えるな! 若造が!!」


 魔族たちが一斉にズィーベランスに襲いかかる。


 彼の間合いに入ったすべての者が片手を切断されていた。


 外したわけではない。


 わざとである。


 ズィーベランスの実力ならば今の攻防だけで斬りつけた魔族を全員葬ることは可能であった。


 それにも拘らず、彼がそうしなかったのには理由がある。


 まず一つ。


 最強の人造勇者であるズィーベランスを差し置いて最強気取りでいる魔族たちの態度が癇に障ったのだ。


 素手で魔族を斃しただけでは十分なデモンストレーションだったとは彼が思わなかったからである。


 その行動から、己の実力を十分に知らしめてから地獄に送ってやろうという強い意志が感じられた。


 そして、もう一つは。


 多少なりとも長持ちしそうな玩具オモチャを少しでも長く楽しみたいから。


「グアアアアアッ!!」


「おのれ、人間風情が!」


 魔族たちが苦痛と怨嗟の声を上げる。


 強靭な肉体を持つ魔族が悲鳴を上げるというのは余程のことである。


 これはズィーベランスの固有技能ユニークスキル苦痛をもたらす者シュメルツ・ギーバー】の効果によるものである。

 魔族の殆どがその体の強靭さ故に痛み自体を知らない。


 それが本来の何倍もの激痛に晒される。


 悲鳴を上げてしまうのも無理からぬ話だ。


 魔族が秀でているのは身体能力だけではない。


 寿命も自己修復能力も生物の常識の範囲におさまるそれではない。


 脳がある頭部と心臓がある上半身さえ無事ならば時間こそ掛かるものの、その状態での生存、そして再生すら可能なのだ。


 故に魔族という存在は非常に死に難い。


 彼らの出生率が低いのはその強靭さによる副産物といえた。


 それは至極当然の話で、こんな生物が巷にあふれたら限りのある資源を瞬く間に喰らい尽くしてしまうことだろう。


 その恐るべき存在である魔族を相手に人造勇者は口を開く。


「どうだ? 人間風情に手傷を負わされた今の気分は?」


 あからさまに挑発するズィーベランス。


「貴様は殺すぞ、人間……!」


 剥き出しの殺意を向けられるものの、当の本人はどこ吹く風である。


 まったく意に介した素振りさえ見せない。


「俺からの苦痛プレゼントがお気に召したみたいで結構結構」


 むしろご満悦である。


「それでこそ、弱っちい魔族おまえらがあっさりと死んじまわねェようにわざわざ手加減してやった甲斐があるってもんだ」


 加えて、手心を加えていることも明かす。


 その一言で魔族たちの顔色が変わった。


「人間ごときが手加減だと?」


「人間風情がふざけた真似を……!」


 劣等種たる人間ごときに手心を加えられた上にまったく歯が立たない。


 これ以上ない屈辱に魔族たちは怒り心頭であった。

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