01-03「もう一人の人造勇者」③

「手出しは無用だ」


 その言葉に異論を挟む者など誰もいはしなかった。


 そのことから、彼が一目置かれていることが窺い知れる。


「その代わりにかぶりつきで見せてやろう」


 彼は宣言する。


「我がこの人間の腕を引き千切る様をな」


 牙を剥き出しにしてズィーベランスにも負けない、自信に満ち溢れた笑みを見せる。


 それだけ膂力パワーについては突出しているのだろう。


「退屈なお話は終わったか? テメェがどこのどなた様だろうが、結果は変わらねェがな」


「大口を叩いてくれる。貴様が泣き叫びながら命乞いをする様はさぞかし壮観だろうな」


「へッ、その台詞、そっくりそのままリボンでもつけてお返しするぜ」


 ガッ。


 両腕を四つに組む。


「誰か合図を」


「必要ねェ。いつでもこい」


「そうか。ならばお言葉に甘えるとしよう!」


 ガッ!


 熊の魔族が両腕に「ほんの少し」力を込める。


 それだけで普通の人間ならば両の腕がもぎ取られていたはずだ。


 しかし。


 ズィーベランスの腕はぴくり、とも動かない。


 さらに力をこめる。


「ムゥゥゥゥゥッ……!」


 段階を踏んで少しずつ力を開放していく。


 しかし。


 それが限界に到達してもこの小癪な人間の腕を引き千切ることは叶わなかった。


 それどころか。


 むしろ、まるで万力で固定されたかの如く微動だにしない。


「ウグゥゥゥゥゥゥゥッ……!」


「どうした? 顔色が良くねェぞ?」


 熊の魔族の方は必死の形相で青筋を浮かべ、今にも歯を噛み砕かんばかりだ。


 それに対しズィーベランスは涼しげな顔。


 どちらに分があるかなど考える必要すらなかった。


「それ以上束の間の優越感に浸らせてやる必要もなかろう。そろそろそのふざけた人間の血が見たいぞ」


 魔族たちの誰しもが彼が一芝居打ってこの身の程を知らない人間を絶望に叩き落とす前奏曲プレリュードを「吹いている」としか思っていなかった。


 それ程までに彼の並外れた膂力パワーは周知されていた。


 しかし。


「動かぬのだ……!」


 声を振り絞るように彼は言った。


「バカな!?」」


 それに対し驚きの声を上げる者がいる。


「手を抜いているわけではない……! にも拘らず、動かぬのだ!!」


 額に冷たい汗を浮かべながら彼は言う。


 しかし、当事者である彼がこの場にいる誰よりもその事実を受け入れ難く感じていた。


 その上での発言だ。


「認めざるを得ん……。この人間は……強い……!」


「なんだと!?」


「相手はただの人間だぞ!?」


 仲間たちから信じられない、という声が次々と聞こえてくる。


「やっとご理解いただけたか? どっちが格上なのかよ」


 人造勇者は不敵に嗤う。


「グオォォォォッ……!」


 魔族が咆える。


 それに応えるかのようにズィーベランスとつかみ合っている力が上がる。


 それでも尚。


 【暴力】を司る人造勇者を打ち負かすには至らなかった。


 いや。


 それどころか、ズィーベランスの興味を引くことすら叶わなかった。


「どうした? こんなもんかよ。それなら期待外れもいいところだぜ」


 その台詞の通り、ズィーベランスの表情は余裕そのものだ。


 退屈に欠伸を噛み殺している、そんな印象さえ受ける。


「グヌゥゥゥゥゥゥゥッ……!」


 魔族が渾身の力をこめる。


 手を抜いているわけではない。


 そう確信した瞬間、彼に対する興味をズィーベランスは完全に失った。


「力自慢って抜かすからどれほどのもんかと思えば、期待外れもいいところだぜ……」


 やれやれ、といった感じでズィーベランスが失望の溜息を吐く。


「テメェ、つまらねェよ」


 ブチィッ!


 瞬間、「わずかに」力をこめてズィーベランスは自身の倍以上もの太さがある両腕を引き千切った。



 魔族の肉体を素手で引き千切る。


 それは正に人間業とは思えない所業であった。


「グアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 刹那、室内に絶叫が木霊する。


 魔族という種族はただでさえ痛みには縁遠い存在である。


 それがいきなり両の腕を引き千切られる。


 その痛みは想像を絶するものだった。


 加えて、【暴力】を司る人造勇者・ズィーベランス=ゲヴァルトは技能スキルを持っている。


 そう、彼の性質をそのままその体に宿したかのような禍々しい技能スキルを。


 ズィーベランスの持つ固有技能ユニークスキル、それは。


 【苦痛をもたらす者シュメルツ・ギーバー】。


 その効果は与えた痛痒ダメージの痛覚の倍化である。


 それは、痛みに対し訓練された者でさえ、今まで自分が知覚してきたものとはまるで別ものの痛みに絶叫せずにはいられないほどのものだ。


 両の腕を引き千切られた魔族は激しく全身を震わせている。


「力自慢が聞いて呆れるぜ、このモヤシが!」


 千切った両腕をゴミのように投げ捨てズィーベランスは言う。


「貴様ぁっ! よくも我の腕をぉぉぉぉぉっ!!」


「あ゛? テメェらだって人間相手に似たようなことやってんだろ。テメェがやられたからってキレてんじゃねェよ」


「驕るな、人間風情! 家畜が如き人間エサどもと魔族われらを同列に語るなど片腹痛いわ!!」


「そうか。なら、テメェはエサに殺されるわけだな」


 ブシュッ。


「な……!」


 ズィーベランスの手刀が魔族の胸に深々と刺さる。


 そして。


 ブシュゥゥゥゥッ!


 青い噴水が噴き出した。


「問題だ」


 唐突に人造勇者は言う。


「これなーーんだ?」


 無邪気に問うズィーベランス。


 その手にはドクドク、と未だに脈動を続ける「何か」が握られている。


「そっ、それは……!」


 言わずもがな、自身の心臓である。


 彼は文字通りズィーベランスに「命」を握られていた。


「どうだ? エサに命を握られた気分はよ」


 素手で心臓を抉り出す。


 これもまた到底人間業とは思えぬ所業であった。


「かっ、返せ……! わっ、我の……!」


「返すわけねェだろ。バカが」


 グシャァッ!


 青い血飛沫が飛び散る。


 ズィーベランスが心臓を握り潰したのだ。


 いかな強い生命力を誇る魔族とて失っては生きていけない部位が存在する。


 それが頭部と心臓である。


 その片方を失ってしまった以上、彼が生きていられる理由など存在していなかった。


「死んだか。魔族つっても脆いもんだな、オイ」


 魔族を殺すのが初めてのズィーベランスはそんな呑気な感想を抱いた。


「バカな! 素手で魔族われらを屠る人間が存在するだと!?」


「何者だ、あの人間……」


 丸腰の人間に同胞が一方的に惨殺される。


 その信じ難い光景に魔族たちの多くは戦慄を覚えていた。


「遊びは終わりだ。そろそろ本番といこうぜ」


 そんな魔族たちを尻目に、手をかざしてズィーベランスは叫ぶ。


刃化クロネイド!」


 無数の光の粒子に包まれ、アインスフィーネがその姿を大振りの剣に変える。


「さあ、殺戮おたのしみの時間だ!」

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