01-03「もう一人の人造勇者」②
②
「…………」
あれだけ凄惨な場面に居合わせてもアインスフィーネは眉一つ動かさない。
彼女はただ沈黙を守るばかりだ。
「本当、面白味のねェ女だぜ」
余りにも代わり映えのないアインスフィーネの反応を見てズィーベランスが独り言ちる。
その刹那。
ギィィィィィィッ。
外界とこの部屋を隔絶する鉄扉がこじ開けられた。
「見つけたぞ、人間!」
魔族の鋭い視線がズィーベランスを射抜く。
しかし。
「随分と不躾なお客様じゃねェか。ママにノックの仕方くらい教えてもらわなかったのか?」
彼の態度は普段とまるで変わらない。
それは何故か。
彼は理解しているからだ。
己が最強であるということを。
「まァいいさ。開ける手間が省けたってもんだ」
ぞろぞろと雪崩こんでくる魔族の姿を目にしてズィーベランスの赤い瞳が妖しく輝く。
それは新しい玩具を手に入れた子どもの
彼の興味は自分が手にかけた人間たちではなく、これから自分を楽しませてくれるであろう魔族たちへと移っていた。
「それに、俺は今機嫌がいい。久々に自由ってヤツを満喫中なんでな」
「それは残念だったな。すぐに檻の中に逆戻りさせてやろう」
「あ゛?」
ギロリ、とズィーベランスが彼のいい気分に水を差した魔族を睨む。
人造勇者の傍らには人造聖剣であるアインスフィーネが控えているが、魔族たちは彼女の存在を気にした風でもない。
それというのも今こうしている最中も彼女の
一見すると拘束具のようなアインスフィーネの格好は伊達や酔狂でしている訳ではない。
その効果は自身を無力化する拘束衣を纏うことを条件に何者にも敵意を抱かせない、というものである。
無力。故に無敵。
ここで言う「無敵」とは最強の同義語ではなく、文字通り「敵が無い」ことを指す。
それが彼女が自らの身を無力化している理由である。
アインスフィーネが無力であり続ける限り、誰も彼女に危害を加えることは叶わない。
以上の理由で、魔族たちの注意はすべて人造勇者に向いていた。
彼らがこの場所で敵だと明確に認識しているのはズィーベランス=ゲヴァルトただ一人である。
辺りは一面の血の海だ。
むせ返るような鉄錆臭い臭いが漂う。
獣が喰い散らかしたとしても、もう少しまともな状態だろう。
それ程までに暴力を司る人造勇者の暴力への衝動は常軌を逸していた。
その惨状を目の当たりにして一体の魔族が彼に問う。
「貴様がやったのか?」
「だったらどうした?」
魔族を目の前にあまりにも太々しいズィーベランスの態度に魔族たちが逆に面を喰らう。
人間から自分たちに向けられる眼差しは常に恐怖と媚に満ちていなければならない。
そのはずにも拘らず。
「
あまりにも惨たらしい死に様を目にして魔族たちがそんな感想を抱く。
「仲間割れでもしたか?」
まるで見当違いの彼らの言葉にズィーベランスが再び口を開く。
「俺はこいつらのお仲間じゃねェよ。だからっつってテメェらと仲良くする気もねェがな」
彼の感覚では初めから錬金術師たちは仲間などではない。
壊れ易い
「ほう。
「死ぬ覚悟は既にできている、という訳か」
「できてる訳ねェだろ、そんなもん」
「なんだと?」
「死ぬのはテメェらの方だからな」
「「「「「!」」」」」
無礼そのもの、無礼の塊のようなズィーベランスの言葉に大半の魔族たちの怒りが一瞬で頂点へと達する。
そんな中。
「ハッハッハッハ」
部屋の中を笑い声が反響した。
「身の程知らずもここまでくると気持ちいい。その自信、我がへし折ってやろう。全身の骨という骨ごとな」
そう告げると、熊の魔族が歩み出る。
その体躯は巨躯を誇る魔族の中でも一際大きい。
その巨体から生まれる
非力な人間相手では説明するまでもない。
そんな魔族を前にしても【暴力】を司る人造勇者は決して臆したりしない。
「どっからどう見ても力自慢ってガタイしてやがるな。いいぜ、遊んでやるよ」
両腕を前に差し出してズィーベランスは不敵に嗤う。
「なんの真似だ?」
人造勇者の真意を図りかねて熊の魔族が尋ねる。
「力比べだ。どっちが強ェかバカでも理解できる、この世界で一番単純なルールだろうが」
「その腕、よっぽど要らんと見える」
自身とは比べ物にならない、ズィーベランスの細腕に目をやって彼は言う。
「能書きは要らねェんだよ、やるのかやらねェのか?」
「ならば、少しは我をやる気にさせてもらいたいものだな。結果の見えた勝負事ほど興醒めなものはない」
ズィーベランスの体は鋼のように鍛え上げられている。
しかし、それはあくまでも人間基準の話に過ぎない。
獣ベースの魔族との差は一目瞭然だ。
大木と枯れ木。
それ位の差がある。
「あ゛? 魔族サマが丸腰の人間風情にビビってんのか?」
挑発するような、いや、挑発以外の何物でもない態度で嘲笑うズィーベランス。
「よかろう。たかが人間風情がのぼせ上がりおって、己の高慢を後悔するがいい!」
その一言でようやく熊の魔族に火が点く。
この魔族を舐め切った人間は是が非でも後悔させてやらねばならない。
そして、最終的には後悔さえできないようにしてやらねばならない。
彼は強くそう思った。
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