01-03「もう一人の人造勇者」①

 ゼクシズが目覚めたのとほぼ同じ頃、別の区画ブロックで覚醒する者がいた。


「最高の気分だ。クソッタレな封印からようやく解放されたぜ」


 左肩に手を当て、コキコキ、と首を鳴らしながら彼は言う。


 金色の髪。


 褐色の肌。


 禍々しいまでに赤い光を放つ、ギラついた双眸。


 細身ではあるものの、鍛え上げられた肉体。


 それを包む真紅の戦闘装束。


 そのすべてが野生の獣を思わせた。


 ズィーベランス=ゲヴァルト。


 もう一人の人造勇者である。


「…………」


 その荒々しい印象を与える人造勇者とは対照的な、物静かな女が彼の傍らに控えている。


 彼女の出で立ちもまた、一見すると異様なものであった。


 黒地に白と金が配された拘束具のような衣服を身に纏い、目隠しをされている。


 たとえるならば、そう。


 黒の聖母。


 その女をギロリ、と男が睨む。


「忌々しいことこの上ねェが、テメェがいねェと俺は動くことすらままならねェからな」


「…………」


 それに彼女は応えない。沈黙を守ったままだ。


「相変わらず辛気臭ェ女だぜ。口を利こうともしやがらねェ」


 いかにも面白くなさそうに彼は言う。


「まあいい」


 気を取り直したように狂相の人造勇者は言った。


「テメェは俺の『道具』だ。俺の邪魔さえしなきゃいい」


「…………」


 それの言葉に彼女はうんともすんとも反応しない。


「チッ、相も変わらずだんまりか。まあいい」


 気を取り直したように彼を目覚めさせたであろう中年の錬金術師に視線を向ける。


「一番偉そうにしてやがるテメェが頭か」


 確認を取るまでもなく自らの第六感から確信を得て、ズィーベランスはつかつか、と彼に近づく。


「しかし、長いこと閉じこめてくれたもんだな、オイ」


 ぐい、と彼の髪をつかみ、宙吊りにしながらズィーベランスは言う。


 人造聖剣との同調シンクロをしていないにも拘わらず、その膂力パワーは異常だ。


 力のみを追い求めて造られたもう一人の人造勇者の膂力パワーは暴力的なまでに圧倒的であった。


 一口に同じ人造勇者と言えど、制御コントロールを最優先としたゼクシズとは基本性能スペックがまるで違うのだ。


 その重さに耐えかねて、何本もの頭髪がぶちぶち、と耳障りな音を立てて抜け落ちる。


「うがああああああああああああっ!!」


 その痛みに堪らず錬金術師は絶叫する。


 そんな彼をゴミでも投げ捨てるかのようにズィーベランスは片手でぽい、と雑に放り投げた。


 ダアアアアンッ!


「ぐわああっ!!」


 固い床にしたたかに腰を打ちつけ、たまらず絶叫を上げる。


「なっ、なんて乱暴な! これだから制御コントロールもままならない素体を起動させるのには反対だったんだ!」


 激痛の走る腰を擦りながら、目覚めたばかりの人造勇者に向かって抗議する。


「今はそんなことを仰っている場合では……!」


 感情的に喚き散らす中年男をなだめるように知的な雰囲気の女性錬金術師が言う。


 しかし、そんな二人のやり取りも暴力を振るった当事者であるズィーベランスはどこ吹く風だ。


「乱暴? オイオイ、カン違いするなよ」


 頭をがりがりと掻きながらその人造勇者は言う。


「俺がゴキゲンじゃなかったら、お前なんてとっくの昔に八つ裂きだぞ?」


 ギラついた目で中年錬金術師の目を覗きこみながら、獣が牙を剥くような威圧的な笑顔を見せる。


 脅しでも何でもない。


 機嫌がいい状態でこの有様なのだ。


 実際、以前起動された時は一分にも満たない短い時間の中で両の手でも数え切れない数の人間を手にかけている。


 それがズィーベランスが長い長い間、凍結されるに至った最も大きな理由でもある。


「お前への命令はただ一つ!」


 必死の形相で自らの人差し指を立てながら彼は叫ぶ。


「我々と協力して魔族を退けるのだ! お前だって目覚めたばかりで死にたくはなかろう!?」


 説得するというよりは半ば以上脅迫のような物言いで錬金術師は言う。


 切羽詰まった彼の態度に目を丸くするズィーベランス。


 しかし、それも束の間。


「テメェらと協力だと? そいつは傑作だ! 寝言は寝てから抜かすんだな!!」


 可笑しくて可笑しくてたまらない、とばかりにもう一人の人造勇者は狂ったようにげらげらと笑い続ける。


「なっ、何がおかしい!?」


 己以外の何者をも頼りにする必要も、そのつもりもないズィーベランスの思考回路など、凡夫が理解できようはずもなかった。


「群れなきゃなんにもできねェテメェら虫ケラどもと一緒にするな。不愉快だ」


 一転、虫でも見るような無機質な視線で錬金術師たちを射抜く。


 彼らはまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。


「そんなのテメェらをった後でそいつらも皆殺しにすればいいだけの話だ。アテが外れたな」


「やはり失敗作は失敗作か……。やむを得ん。こいつは廃棄だ!」


 そうは言う錬金術師であったが、ズィーベランスを止める方法は力づくという極めて原始的な方法しか残されてはいない。


 あまりにも危険な存在であるこの人造勇者を、こんなにも早く再起動させねばならぬ日が来るなど誰も想定してはいなかったからだ。


「俺の力をアテにしてた腰抜けどもが俺をどうにかできるとでも思ってやがるのか? 本当におめでたいオツムをしてやがるみたいで羨ましい限りだぜ」


 自分を懐柔できると高を括っていた錬金術師たちの浅慮をズィーベランスは嘲笑う。


「まァ、ヒマ潰しくらいにはなるか。取り敢えず死ね」


 暴力を司る人造勇者はその場にいた錬金術師たちを皆殺しにした。

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