01-02「人造勇者、初陣」⑨

(やったわね)


「ああ」


 ノインツィアの呼びかけにゼクシズが応える。


「ふん、あれだけ偉そうにしておいてこのザマか」


「人間ごときにやられるとは魔族の面汚しめ」


 力がものを言うのが魔族の世界である。


 人間ごとき脆弱な生物に不覚を取るような弱者に敬意を払ってくれる者などいようはずがなかった。


 しかし、彼らはこの期に及んでまだこの人間を始末できるものと思いこんでいた。


 その思いこみが文字通り命取りになるとも知らずに。


 部隊長のソウルを得たことにより、天秤は大きくゼクシズへと傾いていた。


 しかし、そのことに彼らが気づく由もなかった。


(あとは烏合の衆。いわば消化試合だけれど、油断だけはしないでね)


「わかっている」


 戦いには何が起こるかわからない。


 この短い時間の間でそのことを彼は嫌というほど理解していた。


「そう寂しがるな。貴様たちも」


 残された魔族たちをその瞳に捉えゼクシズは言う。


「すぐ同じ場所に送ってやる」


「なんだと!」


「人間風情がいい気になりおって!」


「魔族の恐ろしさ、その体に刻みつけてやろう!!」


 再びいきり立つ魔族たち。


 しかし。


 人造勇者が口にした言葉が決して虚勢ではなかったとすぐに思い知らされることになるのだった。


 死闘を終えた人造勇者は強化魔法も魔法剣も使わずに魔族を斃せるようになっていた。


 それに比例してゼクシズの消耗も格段に少なくなっている。


 魔族たちの戦力は減っていく一方だが、ゼクシズの方は魔族を殺す度にさらに力を増していく。


 最初から最強の者がかかっていれば彼を斃すことも叶っただろう。


 しかし。


 もう手遅れだった。


 殺す度に力を増していく呪われた人造聖剣を手にした人造勇者を止める術は既に失われていた。


 魔族たちが自らの劣勢を悟り敗走を始めようとした時、ゼクシズの膂力《パワー》も敏捷性《アジリティー》も彼らのそれを大きく凌駕していた。


 さらに、この短い時間の間にもゼクシズは膨大な量の戦闘経験を積み上げている。


 彼らは最早覚醒したばかりの人造勇者と人造聖剣の脅威ではなくなってしまっていた。


(山は越えたわね)


「そのようだ」


 彼らは勝利を確信した。


 やがて、床の上は夥しい数の屍であふれ、人間の赤い血、魔族の青い血、それらが混ざり合って、禍々しいことこの上ない紫の血の海を形成していた。


「こんな馬鹿な話があるか! たった一匹の人間如きに我らの小隊が全滅させられるだと!?」


 そんな地獄絵図の中、たった一体生き残った魔族が驚愕の声を上げる。


 敵の負傷か。


 敵の体力切れか。


 敵の諦めか。


 そのいずれかが、あるいはすべてが、訪れるかどうかはわからない。


 だが、好機《チャンス》は必ずやってくる。


 そう信じて疑わなかった彼であったが、終《つい》ぞその機会に恵まれることなく現在に至る。


 彼に足りな「かった」ものは実力でも慎重さでもなく、決断力であった。


 ゼクシズが力を付ける前であったならば、彼にも十分に勝機は存在していたのだ。


「終わりだ」


 完全なる勝利を目前にして人造勇者は言う。


 そこには驕りも油断も微塵も存在しない。


 あるのは絶対の確信だけだ。


「いいだろう。ここは我々の負けだ。しかし、今日とは比べ物にならん数の我が同胞が貴様を縊り殺してくれるだろうことを忘れるな。……地獄のような苦痛の果てにな……!」


 呪詛を吐き出す。


 しかし。


「負け惜しみか。魔族も堕ちたものだな」


 ゼクシズの瞳にはそんな言葉を微塵も意に介した様子はない。


 所詮、負け犬の遠吠えである。


 気にする必要があろうはずもなかった。


「貴様……!」


 煽るつもりが言葉少なに煽り返され、彼は憤怒の表情を浮かべる。


「彼らの無念、思い知れ」


 その言葉と共に人造勇者は剣を振り下ろす。


 それにより、最後に残された魔族の表情は凍りついた。


 永遠に。


 こうして、人造勇者は人造聖剣を以って魔族たちを殲滅した。

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