01-02「人造勇者、初陣」⑧
⑧
「人間を舐めるな」
今までのお返しとばかりにゼクシズは挑発する。
「なるほど。確かに一筋縄ではいかない相手らしい」
部隊長の腕には一条の傷跡が走っている。
わずかではあるものの手傷を負わされ、彼もそれを認めざるを得ない。
「遊びはこの位にしておこうか」
その口元には笑みが浮かんでいる。
「魔族が使う、本物の魔法というものを見せてやろう」
魔族以外が使う魔法など子どものお遊び、とでも言わんばかりに部隊長が右手をかざし魔法を発動させる。
「!」
刹那、無数の真空の刃がゼクシズに襲いかかる。
剣での防御を試みる人造勇者。
しかし。
完全に防ぎ切ることはできなかった。
「ほう。今のを受けてもその程度か。部下たちの魔法などものともしないのも道理か」
そうは言うものの、他の魔族たちでは叶わなかった魔法による攻撃でゼクシズの体に傷をつけることに成功する。
ぽたり。
人造勇者の赤い血が滴り落ちた。
「……」
生温かい液体の感触にゼクシズがそっと手を添える。
その指先に血が付着した。
(さすがは部隊長……。有象無象とはわけが違う、ってところかしら)
敵が手強いことなど初めから百も承知だからだ。
魔族を名乗るに相応しい魔力を持っている。
その
戦いの
これまでは物理攻撃のみに注意を払っていれば良かったが、これからは違う。
攻撃を受けている最中、あるいは攻撃を躱したと油断した後、即座に致命的な威力を持った魔法が放たれる可能性があるのだ。
ゼクシズは薄氷の上を歩くような心許なさを感じずにはいられなかった。。
「さすがに警戒しているな。だが、その緊張感、いつまで保つかな?」
追い詰めているのは自分の方、とばかりに部隊長が余裕の表情を浮かべた。
嵐のような物理攻撃の最中、いつ放たれるかわからぬ致命打を前に人造勇者は防戦を強いられる。
「くっ……!」
ゼクシズの精神が徐々に削られていることを
そんな、永遠とも思えるような時間の中、決定的な瞬間が訪れる。
無数に繰り出される手刀の嵐。
それを人造勇者はすべて凌ぎ切った。
「はずだった」。
しかし、それで終わりではなかったのだ。
部隊長がニヤリ、と歪んだ笑みを浮かべる。
ブワァッ!
至近距離で風の魔法を炸裂させたのだ。
無数の真空の刃がゼクシズを襲う。
「!」
人造勇者が目を大きく見開き、動揺を見せる。
完全に虚を突かれた形だ。
(間に合って!)
いかな高い魔法抵抗を持っている人造勇者といえども、この密度の魔法の直撃を受ければ無事では済まない。
瞬時にそう悟ったノインツィアがとっさに魔法障壁を展開させる。
だが、それは魔法障壁もろとも
再び流血するゼクシズ。
人造勇者が持つ高い魔法抵抗。
それに加えてさらに魔法障壁を展開しても相殺することが叶わなかったのだ。
人造勇者に負わせた手傷は正に魔族の面目躍如といったところだった。
「ほう、魔法障壁まで展開するか」
部隊長はあの刹那の瞬間に何が起こったのか正確に把握していた。
「切り刻むつもりで放ったのにその程度か。まったく、部下に欲しい位だ」
しかし、その声は当のゼクシズには届いてはいない。
「……ノインツィア?」
自分が生きていることを実感出来ぬ人造勇者が人造聖剣の名を口にする。
(魔法障壁を展開したわ。深手は負っていないはずよ)
「ああ。助かった」
他人事のようにゼクシズは言う。
「なんだ? 何を言っている?」
その様子を部隊長が訝しげに見つめていた。
一体何と話しているのか、と。
(どういたしまして。でも今のは奇跡みたいなもの……)
(次はこうはいかないわ。気をつけて!)
「ああ」
ゼクシズが力強く頷く。
「同じ轍は踏まない」
強く人造聖剣を握りしめた人造勇者の瞳に強い輝きが宿る。
「続けても?」
「無論だ」
その会話を合図に戦闘が再開される。
それは加速度的に激しさを増し、飛び散る火花がその数を
崩れぬ均衡。
どちらにも傾かぬ天秤。
両者の力は互角であるように見える。
しかし、段々と様子が違ってきていた。
少しずつゼクシズの方が押してきているのだ。
ぞくり。
部隊長の背中に悪寒が走る。
この戦いの中でも敵は成長している。
薄々感づいてはいたが、それがようやく確信に変わる。
しかし。
少しばかり気づくのが遅かった。
決めるなら次だ。
両者共にがそう確信した瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
人造勇者が気合の咆哮を上げる。
あまり感情を露わにせぬゼクシズにしては珍しいことであった。
実力は同等。
最後に勝敗を分けるのは気迫だと薄々感づいていたのかもしれない。
そして、彼の第六感通り、それが生と死を分けるのであった。
正に紙一重。
「同じ轍は踏まない」。
その言葉に違わず人造勇者は見事な回避をやってのけた。
(ゼクシズ!)
その一方。
すんでのところで渾身の一撃を回避したゼクシズの剣が敵の胸を見事に穿っていた。
鋼さえも穿つその技は魔族の誇る強靭な肉体さえものともしなかった。
「バ、バカな……! たかが人間ごときに……!」
部隊長は何が起こったのか信じられない、といった表情をして己の胸を貫く聖剣を凝視している。
「それだ」
人造勇者は言う。
「?」
何を言っているのか、わからない、といった顔で部隊長がゼクシズを見る。
「『たかが人間ごとき』。そんな風に思っているから不覚を取る」
「!」
ゼクシズのその言葉に彼はさらなる驚愕の表情を見せた。
油断など微塵もしていないつもりだった。
だが。
心の奥底にはやはりあったのだ。
上位種である
「己の驕りを後悔しながら死んでいけ」
突き放すように言うゼクシズ。
「がはっ……!」
口から真っ青な血を大量に吐き出し部隊長は絶命する。
その虚ろな目は最早何をも映してはいなかった。
強敵を斃し、自らの中にその力があふれてくるのを人造勇者は感じていた。
ゼクシズの力はさらに大きくなっていた。
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