第14話 受け継がれる定め

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「ご存知の通り、唯の生家の真中家も、我らと同じ神職の家系での。我らと違うのは、唯の家は代々、女児の出生が皆無だったという変わった歴程を持っていたくらいか。それでも、古文書を遡れば、歴史の中にただ一人だけ女児について記されておるのじゃが、この女児こそが真中家の始祖にして、今から千三百年ほど前に家を興した者となっておる」


「始祖を除いて、後は全て男子しか生まれてこなかった。それは風変わりですね。偶然にしてはよく出来た話だ」

 もの珍しそうに岩井が呟く。


「そうじゃな。そのことが偶然だったのか、はたまたそこに何か訳があるのか……。今となっては知る由もない。始祖のみが女子であったといわれておるが、これももう千三百年も前の話である。真偽も定かでは無いな。樹よ、古文書を読んでおったようじゃが、我が家の始まりもどれくらい前か分かるか?」


「はい、うちの始祖様も千三百年程前に家を興されています」

「うむ、その通りじゃ。ところで蘭子ちゃんと鈴ちゃんは自分達の始祖を御存知かな?」


「え、えっと……」

 急に話を振られて蘭子は慌てた。


「私たちの家の始まりは、加茂家よりも古いとなっておりますが、いつから始まったのかは分かっておりません」

 鈴がすかさず救援に入った。


「うむ、宜しい。では我々、加茂家、猿楽家、白雉家、この三家の関係はご存知かの、お二人さん」


 玄眞がにこやかに問いかけた。


「えーっと、昔っから仲良しの家……」


 頭を掻きながら苦笑いを浮かべて答える蘭子。不甲斐ない娘の姿を見て、父親が小さく声を上げ天井を仰いだ。


「陰陽師の家系として、古くから脈々と誼を結んできた関係……。そういうことで宜しいのでしょうか」


 これも鈴が代わって答えた。


「うむ、そうじゃの。じゃがそれだけでは足らぬ。我らが皆、陰陽師の家系というのは正しい。陰陽師といっても今ではせいぜい占いの真似事をするくらいで、呪術やら何やらというのはお伽噺の世界の話じゃ。もっとも、遠い昔においては陰陽師には帝の政さえ左右させるほどの影響力があったようじゃから、まんざら捨てたものでもないわの。然らば、我らの家々もその歴史は古く、昔々には権勢を誇っていたやもしれん」

「あ、あの……。玄眞様……もう少し肝心な所から、手短に……」


 蘭子が話の腰を折って割り込んだ。足を摩りながら苦笑を浮かべて話す蘭子。長時間の正座には慣れていないのだろう。どうやら足の痺れに危機感をもったようだ。


「こら、蘭子、おまえは!」


 先程からの娘の失態に恐縮するばかりの父親が一括を入れた。

 玄眞は、そんな親子の様子が場を和ませたのを確認して続きを話し始めた。


「さて、三家の関係についてじゃが、誼とはいうが、実はこれは、大昔から継承されてきた『定め』によるところが大きい。この定めについては、三家全てで守ってきたものと、各々の家がそれぞれに伝えてきたものに分けられる。蘭子ちゃんの家でも、鈴ちゃんの家でも、これまでずっと女系を守ってきた。そういったことが個別の定めということになるかの」


 玄眞の言葉に両家の現当主、猿楽十和子と白雉恵子が揃って頷いた。


「我が家では、舞を絶やさぬことが最重要の定めとなる。氷華祭りで披露されている歌舞がそうじゃ」


 康則がこれに頷いた。


「我らは気の遠くなる時間の中で、頑なにその定めを守り抜いてきた。じゃがの、何故に定めを守り伝えねばならぬのかということについては、実はわしにも何も分からぬのじゃ。とにかくそれだけは守れとわしは親にキツく言われていた。その親も、親の親も然りじゃ」


 玄眞は、古来の伝承を優しい口調で諭すように話していた。


 岩井は黙って耳を澄ませていた。

 玄眞とのやり取りで拍子抜けさせられた岩井だが、場に流される様に振る舞いながらも目配りは怠っていなかった。流石は警察官である。

 蘭子と鈴は緊張を解いて話に耳を傾けていた。堅苦しい話を聞かされている場面ではあるが不思議と場の空気は緩かった。それでも樹は一つも聞き逃すまいとして気を引き締め続けていた。


「おお、そういえばもう一つ大切な言い付けを話すのを忘れておった」

「大切な言い付け? 玄眞様、それはどのようなものでございましょう?」

「それはの、我々、三家の間では決して血を交えてはならぬという事じゃ。つまり婚姻関係を結んではならぬという事じゃ」

「え! えええ!」


 大声を上げてしまった蘭子は、ハッとして取りつく島も無く下を向いた。

 呆れた次いでに鈴の方も見ると、鈴も驚いた表情で硬直していた。

 頬を力ませ口を噤む鈴。鈴は物言いたげな口をなんとか意思の力で押さえているように見えた。

 眉根を寄せて身を固める鈴が何かに気付いたようにスッと首を動かした。

 視線を交える蘭子と鈴。蘭子はその大きな瞳をさらに大きく開いて鈴を見ていた。

 二度三度と顎で合図を送る蘭子と、応えて小さく首を横に振る鈴。二人が無言で何かを語る。――何をしているのだろう……。樹は首を傾げた。そんな樹と二人の目が合わさると……蘭子と鈴は慌ててあちらとこちらに視線を投げて俯いた。


 玄眞の話は脱線もいいところである。これは唯を探し出すための重要な話し合いだ。不意に持ち出された婚姻云々という話は的外れにしても程がある。樹には玄眞の意図が理解できなかった。


 蘭子と鈴は何故かすっかり動揺してしまっていた。

 ふと目を向けると、他にも落胆を見せる人達がいた。猿楽猛と白雉英一郎だった。二人ともこぞって肩を落とし、すっかり意気が衰えてしまっている。きっと娘達の失態を気に病んだのだろう。なぜだか気の毒な気がした。


「伝承じゃよ、伝承。これはあくまでもご先祖様の言い付けに過ぎぬ。この件については、今の時代、そこまで拘る事もないだろう」


 玄眞が言うと、蘭子と鈴の肩から力が抜けた。

 下を向きき、口元を緩めどこか安堵をみせる幼馴染み達。その様子を不思議に思いながら見ていた樹。

 だがしかし。玄眞が言葉を継いだその次の瞬間、二人が一斉に飛び上がるようにして顔を上げた。驚いた樹は姿勢を崩し身体を仰け反らせてしまった。


「――と、前々に皆と話したこともあったのじゃが――」


「じゃが?」

「じゃが?」


 蘭子と鈴の二人の口から同時に同じ言葉が飛び出した。

 ふくれ面で天井を睨んだ蘭子が同意を求めるように鈴に視線を向ける。しかし鈴は表情を硬くしたまま玄眞の方を見ていた。周囲を見回すと全員が真剣な面持ちでいるのが分かった。

 鈴が咳払いをして促す。蘭子は仏頂面のまま正しく座り直して聞く耳持った。

 一同の姿勢と視線を一通り確認して玄眞は再び話し始めた。


「皆、そう思っておったんじゃよ。婚姻禁止は、いくらご先祖様の言い付けといえども今の世には少しそぐわないのではないかと。それに例外もあっての。過去に我々の中で誼を通じる者がおったのじゃよ。その時は婚姻は家督を継ぐ者でないのならば良いだろうということで許されていた事実があったんじゃ。なのでそろそろ言い付けだの仕来りなどという黴臭いものからは解放されても良いのではないかと皆が考えておったところじゃった。しかし……これがあの誘拐事件でそうもならなくなった」

「なぜ唯が攫われた事件と我々の定めとが関係あるのですか?」


 話が繋がったことに気付いた樹は話の核心を欲しがった。


「『鬼姫』という文言が問題なのじゃ」

「鬼姫!」


 樹も蘭子も鈴も、その場に居る皆が一斉に玄眞の顔を見た。


「先にも話したが、家々には定めがある。これを皆が今に至るまで厳格に守ってきたわけじゃが。その言い付けのうち、一つだけ、全ての家に共通する言い付けがあるのじゃよ」

が皆で守らねばならない定めでありましょうか」


 鈴の言葉に、大人達が一斉に驚きの顔を見せた。


「五家と言う言葉が出てくるとは、さすがは、白雉家の巫女といったところかの。そうじゃ決して忘れてはならぬと五家の全てに固く申しつけられた言葉じゃ。各々の家の定めはその共通の定めを守るためにあるといっても過言ではない」

「五家にとって最も重き言葉……」

 鈴が呟き、玄眞が強く頷く。


「五家にとって最重要の定め、それが『鬼姫に備えよ』というものじゃ」

 場が静まりかえった。


「――それでもね」白雉恵子が重々しく口を開き迷いながら言葉を継ぐ「それでも事が真中家だけの話であったのなら、まだ迷信だ、ただの言い伝えだと言えたの。でも、それでも、唯ちゃんが加茂家に来てなお、鬼姫伝承ほうが唯ちゃんを追う様にやってきた……」

 恵子の言葉は痛切を感じさせた。


「樹君? 犯人は唯ちゃんを迎えに来たと言っていたそうだね」

 岩井が確認をするように尋ねた。


「……はい」

「岩井さん、唯の誘拐は、怨恨でも営利目的でもないと言われましたね」

 岩井の質問と樹の答えを受け取って康則が尋ねた。


「はい、自分はそう思っています」

「我々、加茂家、猿楽家、白雉家も実は同じ考えなのです。そしてその考えに基づいて私達も私たちなりに唯の行方を追ったのです」

「……それは、初耳ですね」

「まず初めに、私達は真中家の近辺から調べることにしました。しかし唯を手放した真中家に唯を連れ戻そうなどと考えているものは一人もいませんでした。私達はこの五年をかけて全ての人脈を使って可能な限り調べました。そしてそれは思い当たるところ全てと言っていい。それでも唯を探し出す事は出来なかった。そうなると、後は身内以外の何者かということになります。もちろん、鬼姫などという迷信に左右されるほど私達も愚かではない。しかし、我々には、最重要として守るべきとされてきた鬼姫伝承があった……」


 そこには加茂家現当主、加茂康則の苦い顔があった。

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