第13話 陰陽師の血筋
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事件の真相が一人の警察官を交えることで更に核心に迫ってきた。
大人達が秘め事としてきた唯の事情をようやく知ることが出来る。気持ちは逸った。だが聞くこととは反対に話すことには躊躇してしまう。樹の口は重くなっていた。
どこの家の親も物分かりは良い方だ。皆、聞く耳を持っている人間だとは思うのだが……。それでも、自分達が体験したことや感じている不安を口に出すことには戸惑いがあった。
リアリストを標榜する岩井刑事はともかくとしても、せめて自分達の親には信じて貰いたい。だが、胸に抱えていることは、現実世界の側から見れば世迷い言としても甚だしいことである。いくら真実だと訴えても言葉だけでは相手にされないであろう。目に見えている。
朝のニュースで見た殺人事件についても切迫感がある。だからといって、あの事件が迫り来る危機の兆しであると話す事は出来ても証明することなど出来ない。事件は現実として起こっているのだが。
――どうすれば信じてもらえるのだろうか。なにか証拠でもあればいいのだけれど。
もはや予感ということでは収まらず、確信しているといった方が良いくらいに危機感がある。その感覚は蘭子や鈴とも共有しているのだが、ではその迫りくる危機に対してどう対応すれば良いのかは全く見当がつかなかった。
氷狼神社はあと数日で祭りの日を迎える。万が一、その危険と祭りの日が重なれば社は大惨事にみまわれるだろう。多くの人々が今、命の危機に晒されている。この危機を未然に防ぐためには何をどうすればいいのだろうか。打つ手を持たない樹の中で焦りだけがどんどんと募っていく。
部屋に入ると既に岩井悟志を含めた全員が集まっていた。
――なんだ! この嫌な感じは!!
部屋に入るなり全身が粟立つような
「何をしておる、早く座りなさい」
樹の祖父、
気のせいか。いや、しかし……。
恐怖を孕んだ嫌悪感。これ程の悪寒を樹は感じたことがなかった。しかしそれも一瞬だけのことで直ぐに消えてしまった。
樹は気を取り直し父の横へと向かった。大きな座卓を囲むようにして居並ぶ歴々。
加茂家を筆頭に、猿楽家、白雉家の当主が一同に座する空間はどこか張り詰めていた。その場には仲良し家族が会する空気はなかった。
見ると、蘭子と鈴はそれぞれの両親の横に行儀よく納まっていた。
上座には玄眞が一人で座り、上手に向かって右側に蘭子の家の者が三人、左側には鈴の家の者が三人並んだ。上座の対面には玄眞と向かい合うように樹と両親が並んで座り、岩井は少し離れて康則の後方に座った。
「皆、揃ったの」
玄眞が全員の顔を見回して言った。その声を合図として皆が一斉に頭を下げ両手を揃えて一礼をする。
その様子を見て慌てた岩井は一拍遅れで皆に習って頭を下げた。
「本日は白雉家の皆様、猿楽家の皆様にこのようお集まり頂き加茂家を代表して御礼を申し上げます。蘭子さんも鈴さんもありがとう。さて、先般からお願いしておりましたとおり、本年執り行う当社桃花の儀への、両家の快い参加またご助力に加茂玄眞、心より感謝を申し上げます」
玄眞が深々と頭を下げた。
「いやいや、玄眞様、そう畏まらずとも」
蘭子の父、
「そうですよ玄眞様。我々も、娘達が由緒ある桃花の儀に参加させていただく事に感謝致しております。不行き届きな娘でございますが、何卒よろしくお願い致します」
鈴の父、
「本年は、こうして祭りを迎えることが出来て何よりです」
「ちょ、ちょっと父さま――」
祝辞を述べる父の言葉を聞いて蘭子は慌てた。空気の読めない父親が状況も読めずに無神経な発言をしたとして諫めた。
「良いのじゃよ、蘭子ちゃん。礼を失したのではないのだからね。むしろ猛さんはこの社のことを思って敢えて言ったんじゃよ」
「でも……」
「もちろん蘭子ちゃんの言い分も正論じゃと思うているよ。唯が未だ行方不明のまま祭りを執り行うことは喜ばしいことではない。そのことは猛さんを含めここにいる全ての者が思っていることじゃ。それでも今年は祭りを行う。何をしてでも祭りを行う。千二百年、脈々と続いてきた伝統と格式とは重いことなのじゃ。祭りを行うことがこの社にとってはそれ程に重要なことなのだと、まずは皆に理解して貰いたい。樹もな」
玄眞の言葉に大人達全員が頷いた。玄眞に名指しを受けても樹は黙ったまま下を向いていた。
「――では、早速ですが皆さん」
樹の父、康則が話を始めた。
「本日、ここにこうしてお集まり頂きまして誠にありがとうございました。本来は祭事に関して様々お話をするところではありますが、それはまた後ほどということに致しまして、先程、父、玄眞も申した通り、今は娘の唯が行方不明という状況であります。そして本日はちょうど捜査をしている警察の方がいらしており、その刑事さんが是非とも皆様にお伺いしたいことがあるとのことですので――」
「康則さん、そう仰々しくなっていては、皆も話をしづらくなってしまいますよ」
蘭子の母、
「あ、ああ、そうだね十和子ちゃん、ではまずは皆さんに紹介いたします。こちらが唯の捜査をして下さっている刑事さんの岩井悟志さんです」
康則が後ろに座る岩井を紹介し前へ出るように促した。
「あ、どうも岩井と申します。本日は宜しくお願い致します」
言葉遣いは幾分丁寧になっていたが岩井はいつもの軽い調子だった。
「それでは岩井さん、よろしくお願い致します。なんなりとお尋ね頂きたい」
玄眞が岩井に向かって一礼をした。
「では、早速ですが。僕は、いや私は今、真中家について調べています。実は私は真中家の事情というものが加茂唯さん誘拐事件のカギだと思っています」
冒頭から核心を突く岩井。皆が一斉に沈黙した。樹も息をのんだ。
「ほう、それはどういうことですかな」
「はい、前置き無しでお聞きします。
本題をもって切り込む岩井の鋭い物言いに大人達は唖然とし場が緊張感に包まれた。
「さ、殺害って。そんな、あれは両方とも事故だと……」
鈴の母、
「はい。確かに両方とも事故となっています」
話しながら岩井は相変わらずの細い目で全員の反応を観察していた。
「どういうことですの? それが事実ならば大変な事ですよ」
十和子はショックを受けた恵子に目を配った後、岩井へ強い視線を向けた。
「僕は、殺人事件だと思っています。そしてその犯人が、今回の唯さん誘拐に関わっていると思っています。ですので本日は、ここへ真中家の事情というものを伺いにまいりました」
蘭子も鈴も身を固め小さくなっていた。岩井の話は樹にも大きな衝撃を与えていた。殺人事件とは……幼いときに聞かされていた話と余りに違う。
知らない事が多過ぎる。現実を直視させられた樹。これは鬼だの神懸かりだのといって浮き足立っている場合では無い。事態が自分達の手には負えるものかどうかなどもはや問題ではない。プロの捜査官である岩井を見て恥ずかしくなる。今まで収蔵庫で行ってきたことなど子供のお遊びだったのではないのか。
「話は承った。幸い、今ここには加茂、猿楽、白雉の現当主三人と、次期後継者三人が揃っております。子供達ももう何事を聞かせても理解できる歳になった。ちょうど良い機会だ。唯の事、真中家の事を聞かせても良いであろう。樹、蘭子ちゃん、鈴ちゃんもしっかり聞いていなさい。そして岩井さん、これは少々長い話になるやもしれんが、よろしく頼みます」
子供達に自覚を促すように目を向ける玄眞は一同を見回した後、最後に岩井の目を見て話した。
「はい、承知いたしました」
岩井が頷いた。
「わしも、あれはただの誘拐事件では無いと思っている。いやここにいる猿楽家の者や白雉家の者も皆そう思っておる。しかしそのことを認めようと思うても
心の準備は良いかと問いかけられて、蘭も鈴も居住まいを正した。樹も改めて玄眞の方を向いた。
「樹もよいか」
「はい、御爺様」
「――まず事の始まりについてじゃが。唯を我が加茂家に迎え入れなければならなくなった事件が発端であるとわしは思う」
「唯ちゃんが両親を失った事件。真中優佳さんの交通事故死と真中文哉さんの住居火災に伴う事故死のことですね」
「そうじゃ」
玄眞の返答を聞いた岩井の目の奥が光った。
「唯さんをこの家に迎えなければならなかった理由とは何ですか?」
岩井の体が少し前に傾いた。
「オカルトじゃよ」
「へ?」
予想外の答えだったのだろう。拍子抜けして岩井の体がのけ反った。
「ほほほ、いやいや。岩井さんの好むところではないオカルト的な話なんじゃよ。つまりは、これからお話しすることは、まぁそういう話を含んでいるということなのです」
「はぁ……」
さすがの岩井も肩から力が抜けたように見えた。
しかしこの爺はとんでもない人だ。恐らく、虚構を信じない岩井がオカルト話を否としていたことを父から聞いていたのだろう。
それにしても、我が祖父ながら……。
玄眞は、たった一言で岩井を出し抜き、場の緊張をも和らげて深刻な空気を一変させてしまった。
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