第4話
顔を洗った僕は階段を降り、食卓を見た。味噌汁、焼き魚、おひたし、白米が並んでいる。湯気は柔らかいカーテンのように見えた。
僕らは和食派だ。
「かぐー、おはよ」
視線も合わせず妹の影李は言った。しかし、勘違いされては困る。彼女は僕と不仲なのではなく、食事に何より重きをおいているだけなのだ。
今日、影李は烏の濡れ羽色の髪をツインテールにしている。中2で、悔しいが僕と身長は変わらない。決して僕の背が低いわけでは無い、と思うが。そうだな、僕が知る女性の中で2番目に美しい女の子だ。
ちなみに、春眠でなくても暁を覚えない母に変わって、うちの朝食は影李の手作りである。起きる時間を気にしなくていいから、と、小説家になるような寝る子なのだ、家の母は。
「ああ、おはよう」
僕は答えて影李のむかいの席に座った。頂きます、と呟く。
「なあ、かぐ聞いてくれないかい?ボク昨日こないだの期末テストの試験結果を確認したんだけどね、よく見たら学年で1位だったんだ。褒めてくれても構わないのだよ?」
食事に夢中だった影李はおもてを上げ、ドヤ顔で自慢してきた。癪に触るが可愛いから許す。
「あぁ、お前はすごい子だ、よしよしよしよし…」
「あっこら、髪をグシャグシャにしないでくれ給えよ」
机に身を乗り出す。出鱈目に頭頂を力強く撫で回し、影李の髪をはね放題にしてやると、彼女は僕の手を掴んで睨んできた。
「結び直しじゃないかあ」
勘弁してくれよ……、とぼやきながら影李は自室に戻ろうと席を立ち、リビングを出るため扉へ向かう。3歩歩いて彼女はこちらに振り返って思い出したように言った。
「そうだかぐ、国語の試験の点はどうだったんだい?」
「100点だったよ」
うへー、怪物だね、と興が冷めたと言いたげな顔をして影李は出て行った。全科合わせて1位の天才には言われたくない。
影李が出て行ったあと、引き続き何も考えずただただ箸を口に運び、食べ物を咀嚼する作業を繰り返した。僕はこの時間が嫌いじゃない。思考を停止させ、何を見るでも無い、ただ時間だけが過ぎる静かな朝。時計の音が心地よい。この時間は確かに僕だけの為にあるのだと実感できる。しみじみとこの平穏な時間を味わっていたが、10分もすると影李がスクールバッグを抱えて走って来た。
「かぐの所為で遅刻寸前だよ!」
髪は最初の様にピシっと結び目に向かって流れている。がしかし、ツインテールから低い位置でのお団子に変わっていた。
「うん、美味しかった。ごちそうさま」
食事が済んだので影李に言うと、
「うむ、お粗末さまでした、だね」
と明るく返された。夏とはいえ、こんな家の中で美々しい向日葵を見る事ができるとは。天使の笑顔である。しかし、影李は直ぐにむっとした表情になる。
「じゃなくて!」
と影李は言いかけ、やめた。膨らませていた頬をもとに戻し、代わりに言う。
「まあいいや。そんな事より、今日は体調はどうなんだい?」
「好調だよ」
「重畳重畳。それじゃ行ってくるよ」
毎朝恒例の会話を済ませ、影李はにこりと笑って手を振り出て行った。窓の外は快晴。夏の日を浴びて家を小走りで出ていく妹の白い制服の背が眩しかった。
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