第2話
僕があの、天羽靂と初めて会話をしたのは夏休みの直前、期末考査後の席替えで隣の席になった日だった。彼の人柄はこの3ヶ月程で何となくわかった気がする。こいつは何時も一人だ。最初は後ろの席のやつに度々話しかけられたり、数人の男子生徒と弁当の時間を共にしたりしていたが、次第にこいつに話しかけるやつはいなくなったようだった。僕も、話しかけてみて何故かが良くわかった。
あの日僕は、荷物をまとめ、席を移動して着席し、少し遅れて座った隣の人間に、しばらくして声をかけた。
「一番後ろの窓際、僕が一番座りたかった座席だよ」
すると、太宰治みたいな姿勢で窓の外を眺めていた天羽は振り向き、答えた。
「お前、女みたいで面白い容貌を持っているな。だが、おれは全くお前に興味は無い。話しかけるな」
にやりと口の端を微かに上げ、いかにも嫌な奴みたいな調子で言われた。なるほど、これは誰も話し掛けられなくなる。こちらはかなりの葛藤の末、どきどきしながら、勇気を振り絞って声をかけたのだ。しかも、僕はこの容姿にコンプレックスを抱いていた。
「んなっ、何だよお前っ。初対面で失礼だろ!」
僕がこれまで出した声の中でもまあ大きい方の声だった。
「フン」
鼻を鳴らす天羽だが、心なしか目が細められ、優しげな雰囲気を纏った、ような?いや、なんの脈絡も無くそんな変化は起こらないか。
とまあ、こんな感じで最初の会話は最悪なものだった。そのせいか、その後全く会話は無いままに夏休みの1週間前になっていた。この日、天羽とは2度目に会話をする事になる。
「世界史からの課題について説明する。皆には隣の席の人と一組になって、一人には古代ローマ帝国の歴史の一部分について、もう一人には、その時代のローマ皇帝についてを調べてもらう。長きにわたり繁栄を極めたローマ帝国のどの期間を切り取って調べても構わない。この時間は課題を進める時間とする。今のうちにどちらが歴史についてを調べてどちらが皇帝についてを調べるのか、また、いつ頃の事を調べてくるのか、話し合うように」
以上だ、こすも先生は言葉を切り、本を読み始めた。……、『三国志演義』。ルイス・キャロルとか読んで欲しかったものだ。
隣の席の人間……。天羽靂か。波乱の予感がするな。いや、相手も高校生、いくら協調性の無い天羽といえど、流石に杞憂だと思うが。
「あの、歴史と皇帝、どっちが良い、かな?」
一度拒絶してきた人間に話しかける事はかなり緊張する。息が詰まった様にとぎれとぎれに話しかけた。声が裏返らなくて良かった。
「どうでもいい」
相変わらず外を見ていた天羽は視線をこちらに向けた。しかし、その目は僕の顔ではなく、もっとずっと下に向いている。一体どこを見ているのか。
「……、いや、お前が好きな方を選べ。おれはどっちでも構わない」
うん?急に素直になった…?まあ、好都合だ。この調子なら何とかなるんじゃないか。
「僕はネロ帝について調べたい」
「そうか」
会話は終わりだとでも言いたげに天羽は窓の外を見始める。外ばかり見て何が楽しいのだろうか。このとき僕は、何となく背後からの視線が鋭く感じたような気がしたが、正直そこまで気にしてはいなかった。
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