彼女は僕に憑依する 終
ユウナさんの家を後にして、僕らはまた公園に戻っていた。
『この後、どうするんだ……?』
『待つ』
『待つって……?』
『ユウナが来るまで』
淡々と返してくるアリサに、待ち人がいつ来るか不確かな待ち合わせなんて小学校以来かもなぁなどとぼんやりと考えた。
『来てくれたらいいけど』
『来るよ絶対。……多分』
一応アリサの自信の持ち様からユウナさんを来させる"何か"を書いたのだろう。最後が少し頼りなかったが。じっと待つしかないか。
ユウナさんを待っている間にまだ聞いていなかったことを聞くことにする。
『身体、って言うのも変だが大丈夫なのか。その……いきなり消えたりは、しないよな?』
その言葉にアリサはうーんと唸った後。
『分からないよ。私も幽霊になるのなんて初めてだし』
『そりゃ……そうか』
わかるわけない、か。
『でも、』
『でも?』
『ユウナに会うまでは死んでも成仏したりしないんだから』
そう言ってニッと笑った。
『そっか』
会うまでは、か。じゃあ会えた後はどうなるのだろうか。でもそれ以上聞くことは僕には出来なかった。
どれくらい待っただろうか。辺りはすっかり暗くなっていた。
家には連絡を入れさせたから大丈夫だが、帰宅する人々も過ぎ去りそろそろ警察に補導されるんじゃないかという時間に差し掛かった頃、
「ユウナ……」
彼女は現れた。
寝ていたのだろうか。髪はボサボサで、寝間着に軽い上着を羽織って、顔は少しうつむき気味で。そして手には手紙が握られている。
アリサも向かってくるユウナさんに近づいていく。そして、
「ユウナ!」
そのまま距離を詰めて抱きしめようとしたがユウナさんは後ずさりして、アリサが抱きしめることは叶わなかった。
「いきなりなんですか……?あなた」
「あ、ごめん……やっと会えたから」
「……ユウさん、でしたっけ?私あなたとそんなに仲良くなった憶えはないんですけど」
警戒心を前面に押し出したトゲトゲとした言葉が突き刺さる。
「あのね……」
「私は!あなたにアリサが遺言を託してるっていうから来たの!」
遺言、か。それは彼女も来るはずだ。
「うん、今言うね……えっと」
事前に言うことが決まっていなかったのか、それとも緊張で飛んでしまったのか、言葉に詰まるアリサ。その様子を見てユウナは絶句する。
「そんな……まさか忘れたわけじゃ」
「違っ!そうじゃなくって」
「違わないでしょ!?なんで私じゃなくてこんな」
「違うの!!」
いつの間にか距離を詰めていたアリサがユウナさんを抱きしめて言った。
「私だよユウナちゃん」
「ちょっと離して!」
「ユウナちゃん!!!」
抱き締めたままのユウナさんがビクンと驚くほどの声で、パニックを治める。
「遊園地に一緒に行ったの、覚えてるでしょ?色んな乗り物に乗って、甘いもの食べて、最後に観覧車に乗って」
「……」
「覚えてる?ユウナちゃんがずっと一緒にいてくれる?って言ってくれたの」
「いや……違う……」
まだ僕の狂言であることを疑っているのか、僕の手を振りほどこうとする。
「ユウナちゃん。約束を破ってごめんね。あの時ずっと一緒にいる、って言ったのに」
「うそ……」
「ユウナちゃん。恥ずかしくてちゃんと口に出して言えなかったこと、今度こそ言うね」
「アリ……サ?」
「あなたを愛してる。死んでもずっと」
そう言うと僕の身体はユウナさんの両肩を持ち、静かに瞳を閉じて、キスをした。
「初めてのキスも、生きてる内にできればよかったんだけどね」
「アリサ……嘘……こんなこと」
「やっと私だって気づいた?」
少し恥ずかしいのかはにかんでユウナさんに笑いかける。
「だって……ありえない」
「ありえなくないよ。だって私はここにいる」
「……うん」
「いつだって、私はユウナちゃんのそばにいるから……」
くらりと、視界が揺れる。あれ……身体が傾いて――。
「――サ、起きて!ねえ!」
気づくと、僕は公園で倒れていてユウナさんに肩を揺らされていた。
「……あれ?」
起きた僕の顔を見たユウナさんは、
「……アリサは?」
顔を見ただけで、先程までとは別人であろうことが分かったのかそう質問した。
「……わからない」
自分の中に彼女の気配を感じない。アリサがユウナさんと会う前に言っていたことを思い出す。
ユウナさんに会えたらどうなるかは自分でも分からない、ということを。
それから、僕はユウナさんに僕が遭遇した出来事を説明した。
それをユウナさんはただ静かに聞いていた。
一部始終を聞いたユウナさんは、ここに来たときとは別人のように冷静で、ただ
「そっか……」
とだけ返した。
僕もユウナさんから少しアリサの話を聞いた。
アリサと付き合っていたことや、僕の知らなかったアリサの姿について。
ひとしきり彼女についての話題が尽きると、僕らはどちらから言うでもなく立ち上がった。
それじゃあ、また。とお互いにどこか気まずい挨拶をしたあと、
「ねえ、ユウくん」
ユウナさんが僕を引き留めた。
「なに?」
「君……もっと笑ったほうが素敵だと思うよ」
「え?」
そんなにアリサが憑依していた時は笑顔で、今はブスっとしているのだろうか。
「うん、参考にしてみる」
「まあ!私はアリサ一筋なんだけどね!」
そう言って笑ったユウナさんは、来たときの何倍も輝いて見えた。
ユウナさんを見送ったあと、僕は帰路についた。
部屋でベッドに寝転がり天井を見上げる。とても長い一日だった。
……おかしいな。彼女が死んだことを聞いたときも、お葬式に行ったときも流れなかったのに。なんで今更……。
翌朝、アリサかそれとも自分が流した涙によるものか、目の腫れからくる痒みで目が冷めた。
どうにも身体が重く、起きるのが大変億劫で今日くらい休もうかな、と少し思ったものの力を振り絞って身体を起こそうとする。
ん?おかしい。身体に力が入らない。
まさか、そう僕が思うと同時に僕の身体はひとりでに起き上がった。
「おはようユウ」
僕がポカーンとしたまま言葉が出ないのを察したのか、それとも照れ隠しのつもりか、アリサは口早に語り始めた。
『いやぁ!私もね!実はキスが初めてだったからかな!?』
うん。……僕も初めてだったよ。
『キスしたあと幸福感でふわ~ってなって気を失っちゃって成仏するのかな~って思ったんだけどね!』
それで?
『しなかった!』
……どうやらこの奇妙な生活はもう少し続くようだ。
今日も、彼女は僕に憑依する。
彼女は僕に憑依する 浦木真和 @u_masakazu
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