彼女は僕をレンタルする

 幼馴染の葬式に参列し、その幼馴染に枕元に立たれた日の翌朝。汗でびっしょりと濡れた身体を不快に思いながら僕は身体を、起こそうとする。しかしなにやらおかしい。身体が言うことを聞かない。まさかまたかなしばりか?そんなことを考えていると、僕の身体は勝手に起き上がり。

「ふぁぁ~あ……よく寝た」

 と言ったはずのない言葉が僕の口から吐いて出た。

「なんか変な心地」

 またも勝手に口が動く。腕を見て手のひらを閉じたり開いたりしたあと、大きく伸びをすると、僕の身体は口を開いた。

「おはよう、ユウ。……うーんそれとも」

 自分の名前を読んで挨拶した僕の身体は少し悩んだあと、

『頭の中で考えた方がいいのかな?』

 そう、アリサの声で思考した。

 その声を聞いて、昨日の出来事が夢ではなかったことを悟る。

『じゃあ今日一日ユウの身体借りるね』

 え?いや何を言ってるんだ。突然の宣言に思わず動揺するとその考えを読み取ったのか、

『何を言ってるって?約束してくれたでしょ?何でもするって』

 と即座に声が帰ってきた。

 何でもって。あれはあのとき混乱してたからで

『約束は約束だよ。今更取り消しなんてできないんだから』

 そう、生前と同じように意地悪そうな口ぶりでアリサは宣言した。ああ、これは僕の妄想なんかじゃなく本当にアリサなんだと実感し、感慨にふけろうとしていると、

『まあユウに拒否権はないんだけどね』

 そう言い放つとベッドから出て制服に着替え始める、わー男子の制服って新鮮~とかパンツも落ち着かない~等と言いながら。

 恥ずかしさで頭が沸騰しそうになるが、熱くなるはずの顔も頭も自由は聞かないので、僕はひたすらに頭の中で計算をすることにした。


 制服に着替え終わるのを見計らって、僕は声を掛ける。

『それにしても僕の身体を借りるって言うけど何するの?』

「え?……会って話さないといけない人がいるの」

『それって事故の……?』

「ああそういうのじゃないの。私、別に恨んでもないし。それに事故起こした人も死んじゃってるでしょ?」

 そうあっけらかんとアリサは言い放つ。

 そう、彼女が巻き込まれた交通事故の関係者は全員死んでいる。

『じゃあなんで』

「そりゃあ未練があるから幽霊になるんでしょ。……大切な人に会わなきゃいけないから」

 真剣な声音にドキリとする。多分僕の顔も真剣な顔になっていることだろう。そして少し落胆もする。……その大切な人が自分ではないということに。

 アリサが誰かと付き合っているという噂は聞いたことがあったけど、やはり本当だったんだ。


「おはようおばさん!」

「おば……?」

 アリサはリビングに移動すると僕の母親に対していきなり剛速球を投げつけた。

『おまっ!お母さんだよお母さん!』

「あっ、そっか……お母さん!」

 母は少し呆けた様子でこちらをじっと見つめたあと、

「大丈夫?昨日の今日で無理してるんじゃ……」

 と真剣に僕を心配そうに見つめる。

「ううん。平気平気っ!」

「そう……?ならいいんだけど。朝は食べてく?」

「ん……?」

 アリサは言葉に詰まると僕に話しかけてくる。

『ねえユウって朝食べない派だっけ?』

『まあ、飲み物だけとか』

『えー……有り得ない』

 アリサはうげーと言いたそうな声音で僕に言うと、

「今日は朝食べたい気分なんだけど何がある?」

 母に朝食の内容を聞いた。

「うーんすぐできるのは目玉焼きとウインナーとお味噌汁、それと昨日の煮物くらいかしら」

「じゃあそれ全部!」

(全部!?)

「全部?分かった。少し待ってて」

「うん、お願い。何か手伝う?」

「ん?……いいのいいの。座ってて」

「はーい」

 アリサが会話を終えてリビングテーブルに座った所ですかさず話しかける。

『全部食うのか……?」

『なんかお腹空いちゃって……というかユウが少食なの!これくらい成長期ならふつーよふつー』

『ああそう……』

 成長期だからなのか、それとも幽霊だからお腹がすくのか、それともこのくらい食べるのが普通なのか疑問に思っていう内に、台所からいい匂いが漂ってきて、あっという間にリビングテーブルに朝食が運ばれてきた。

「お待たせ。いっぱい食べな」

「いただきまーす!」

 そうアリサは元気よく言うと脇目も振らず食べ始めた。ああおいしいとか感慨深そうに口にしながら。

 あっという間に平らげると食べ始めた時と同様に元気よく

「ごちそうさまでした」

「はぁい、食器もそのままでいいからね」

「ありがとうございます」

「ん?……ってユウ時間時間!」

「え?」

 アリサは時計を少しだけ探したあと見つけると、その針の位置を見た次の瞬間には

「行ってきまーす!」

 と大きな声を上げて、玄関へと走り出した。


 ユウが出ていった後母親は

「大丈夫かしらあの子……」

 と独り言ちた。様子もおかしかったし、

「なんだかアリサちゃんみたいだったのよねぇ」

 アリサちゃんのいいところでも見習う気になったのか、それとも

「アリサちゃんが乗り移った……なんて」

 そんなわけないか。

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