第2話 嗤う

「じゃあ浩一、私と一緒に死んでくれる?」


 一度だけ、という約束で浩一とデートをした。

 その帰りに、また会って欲しいとしつこく言う彼を断る目的で言った。


「いいよ」


 意外な答えが返ってきて恭子は迷う。


「え…?いいんだ…」


「うん…いいね、ふふふ」


 彼はわらっていた。なぜ嗤えるのだろう。

 

 彼女は会社を辞めてからは笑顔を作るのをもう止めていた。いや、意思に反して笑おうとすると筋肉がツルので笑えない。




 一緒に死ぬ約束をした次のデートで恭子と浩一は水族館にいた。


「水、冷たそうだね」と恭子がぼそりと言う。


「うん…水で死ぬのはイヤだな」と彼は落ち着きなくよちよちパエパエと陸で歩き回ったり高速で泳ぎ回るペンギンを見ながら言った。


「私も嫌だ」


 二人は顔を見合わせ少しだけ嗤った。




 真っ暗な家に帰る。

 誰もいない家。


 娘は都会で楽しい一人暮らしをしており、大学に通っている。

 夫は毎晩遅くに帰ってきては不機嫌を撒き散らす。


 享楽的で浪費家の二人は似ていて、一緒にいると恭子はうんざりさせられてきた。だから娘がいなくなって心底ホッとしているのが本当だ。

 もちろん、彼女を傷付けたくないのでそんな素振りはチラリとも見せたことはない。

 恭子なりに家族に愛情を持っているのだ。

 実際いつもニコニコして怒らない彼女は、いいお母さんをしてると周りから見られがちだったし、娘も穏やかに育っていた。彼氏ができると家にちゃんと連れてきてくれるので安心だ。

 今のところまともな男性ばかりなので、恭子は娘の人を見る目を信用している。


 しかしこの家には、恭子の為の愛情は存在していない。

 よく考えてみたら、実家でもそんなものはなかった。


 彼女は思わず誰もいないキッチンで大嗤いした。身体の奥底から出てきた嗤いは長時間止まらなかった。


 そうだった。自分はずっと誰からも愛されたことなんて一度もなかったのだろう。気が付かなかっただけで、ずっと空っぽだったのだ。

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