第4話 Reincarnation

「昇! 起きて! もう昼よ!」


 耳元での叫びと激しい揺れに、俺は目を覚ました。時計を見るとすでに正午を回っている。


「おはよう、母さん」


 ぼやけていたピントが徐々に合っていく。ベッドで横になっている俺の隣にひどく青ざめていた母さんが立っていた。声もどこか震えていて、視点が定まっていない。


「母さん?」

「あのね、莉瑠ちゃんが昨日の夜から帰ってないんだって」

「っ!」


 その言葉で、一気に脳が覚醒した。俺はすぐさま聖渦の場所を探り、発見する。

 場所は駅の向こう側……確か工場地帯だったか。


「今から探してくる」

「わ、分かったわ。莉瑠ちゃんのお母さんにも言っておくわ」

「ありがとう」


 自分の親にも知らさず、家から遠い工場地帯に自ら行ったとは思えない。

 であればこれは誘拐であると見るのが妥当。

 誘拐は明らかな罪だ。


 だとすれば、あの力が使える。


「〝罪渦(ざいか)〟!」


 罪を犯した相手にだけ使える、天使から与えられた能力。

 発現する力は身体能力の向上、脳の処理速度向上、そして処刑武器の具現化である。


 今は相手の罪を直接見ているわけではない為、身体能力向上くらいしか発動していない。しかし、それで十分だ。

 外に出た俺は地を強く蹴り、目的地へと大きく飛翔する。一人の幼馴染を救うべく、目的地へと一目散に飛翔する。


 柿野さんがいるであろう建物の正面に立つ。

 壁に罅が入っており、窓ガラスは割れ、サビだらけの古びた建物だった。正面は鎖で封鎖され、立入禁止という看板が立っている悪者が潜むにはもってこいの場所だ。


 工場の中はテーブルや機械が散乱した、足の踏み場もないほどの荒れようだった。

 そして奥に、瓦礫に座る大都が、ニヤリと笑う。


「見つけた」

「んだよ、そんな怖い顔をするなって」

「ちゃんと〝良い夢を見られた〟ようだな」

「まさか……言葉を起因にした幻術か!」

「さあな」


 くくくと厭味ったらしい笑みを浮かべる大都。


「それよりも、柿野さんをどこへやった!」

「どこへやった、か。その言葉選びはいい。状態ではなく真っ先に居場所を聞くなんて……〝目から鱗〟ってやつだな」


 違和感を覚える言葉選び。俺は反射的に飛び退いた。

 大都の姿が消えていた。あたかもそこにいなかったかのように。


「あの女の子は奥の部屋にいる。見に行きたきゃ見ればいい」


 男は工場の二階の一室を指さす。それが罠の可能性だと分かっていながら、俺は向かう。


 ドアノブにかけた手が、一旦止まる。

 隙間から漂う風に乗っている、血と生臭い匂い。開けてはいけないと本能が警鐘を鳴らすが、押し殺す。


 そして勢いよくドアを開けた。


「……柿野さん? ……柿野さん!」


 部屋の中央で、一糸まとわぬ状態で柿野さんが横たわっていた。唇は青く変色し、体中に痣があり、関節がおかしな方向に曲がっているところもある。そして首にある深い刺し傷から、多量の血が流れている。


「やっときましたか」

 

 部屋の端で立っている篠田がくくっと笑う。


「ヒーローは遅れて登場するといいますが、遅すぎましたね。彼女はもうこのざまです。いい玩具を手にしたと思ったのですが、まさか自ら命を立つとは」


 この部屋で何が行われていたか、聞かなくてもわかる。

 頭が現実を拒否しようとしたが、涙を流しながらもこの光景を直視する。

 心に彼らの〝罪〟を刻みつけるために。


「さすがの私も大都さんも死者を弄ぶ趣味はありません。このまま細かくして、ばれない場所に遺棄し、遠い場所に移り新しい玩具を探します。今まで通り、ね」


 視界に火花が弾け、景色がぐにゃりと歪む。

 燃え出しそうな熱い何かが体中を巡る。

 耳の奥から甲高い音が響き脳を揺らす。


「どうです? あなたも帰還者の力を活かして遊びませんか? 大丈夫、何をしても大都さんの幻術にかかれば――」

「もういい」


 そう、もうどうでもいい。

 その思いとともに、意識がクリアになった。騒いでいた体中の感覚が一気に収まった。


「仕方ありません。なら男は趣味ではありませんが、苦痛に歪んだ顔を見せて――」


 ―― Reincarnation ――


「罪渦アァァッ!」


 首が飛ぶ。唖然とする篠田の顔が更に半分となる。肘、肩、腰、膝、足首が綺麗に分断される。巨大な釜の刃が、血をつけたまま飛翔する。

 

 弾け飛ぶ血は風で全て窓の外へと吹き飛ばす。腐った人間の血が、柿野さんの血と交わらせる訳には行かない。これ以上汚されるわけには行かない。


「次は……お前だ」


 大都の姿は見えないが、罪を持った者の気配は分かる。

 彼は怯えているのだろうか。怒っているのだろうか。泣いているのだろうか。喜々としているのだろうか。


 ――いや、関係ない。


「……罪渦」


 断罪の刃が罪人の元へと飛翔し、篠田以上に細切れにする。血肉は一階の瓦礫へと降り注いだ。


 俺は柿野さんの元へと歩み寄る。〝渦〟を起源とする俺の能力も生命には干渉できない。一度離れた魂を渦のように引き寄せることは敵わない。


「どうして……どうしてこんな……」


 俺の怠慢だろうか。自分の力を過信したせいで、敵の罠に引っかかり、彼女を玩ばれたのだろうか。


「違う。おかしいのはこの世界だ」


 魔術で極力彼女の体を綺麗にする。部屋の端に無造作に置かれていた服で、彼女の体の上に被せる。


「……やっぱりこの世界も変えなくてはならない。この世界でも俺が王になって、〝法〟を作らないと悪が滅びない」


 そして法に背く者には〝罪渦〟による処罰を下す。どこにいようが、誰であろうが、背いた瞬間に断罪する。


 秩序ある人間のみに築かれる平和な世界。なんと素晴らしい世界だろう。


「平和な世界になればきっと、柿野さんも喜んで――」 

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