第3話 帰還者

「暇なら、俺らと一緒に遊ばねぇか?」


 店の外に出ると、柿野さんが二人の男に絡まれていた。

 一人は金髪の大柄なヤンキーで、もう一人は細身のビジネスマン。一言で表すならそんな感じだろう。


「その……私は……っ! 城谷くん!」


 困り果てていた柿野さんは俺の姿を見ると、慌てて駆け寄ってくる。


「あれは知り合い?」

「ううん、知らない」

「あれ扱いとは酷いやつだなぁ」


 男の視線が、柿野さんから俺へと移る。


「柿野さん行こうか。ここは少し騒がしすぎる」

「……んだと?」


 俺は柿野さんの手を取り、ヤンキーたちを背にして歩く。

 わざわざ相手にする必要もない。というか、こんな目立つ所で力を使えば帰還者だと曝け出しているようなものだ。そんなばかなことを――


「篠田、やれ」

「仕方ないですね……大都さんの頼みとあれば」


 背後から吹き荒れる突風。久しぶりに感じる圧迫感と危機感に思わず口角が上がる。


「……やっぱ、馬鹿だなあいつらは」


 篠田という男は容赦なく迫りくる。心配そうに見上げる柿野さんに、大丈夫だと微笑みかける。


「はっ!」

「〝風渦(ふうか)〟」


 天使から授かった罪渦とは異なる能力。渦を起源として発動する、自然現象操作である。俺を中心に渦巻く風が、篠田の姿と手に持っている凶器をはっきりと捉える。

 間合いに入ったと同時に、俺はくるりと体を回す。そして、それを掴んだ。


「なっ!」

「これは剣、か。エネルギーを結晶化させられるのが力なのか。或いは剣を出すことが能力なのか」


 人差し指と親指の間に、刃渡り三十センチほどの透明な剣があった。硬度はあるが、それだけである。


「お前も帰還者か!」

「分かったら、お前の周囲に浮かべている剣を引っ込めるんだ。どれも俺らには届かない」


 風を強くし、男を数歩後退させる。

 逆に彼が本当に帰還者なのか疑うレベルである。こんな力でも救えるくらいに敵が弱かったのか、或いは―― 


「やっぱおめえじゃ駄目だな」


 ――この大都という男が強いかのどちらかである。

 肩をぽんと叩かれると、篠田は発現していた剣を全て消失させた。


「いや、済まなかったな。まさか帰還者とは思わず手を出そうとしちまった」

「……普通の人間のほうが駄目だろ」

「そりゃそうだ。だがお前さんの彼女があまりにも可愛くて……つい、な?」


 おじさんがウィンクしたところで可愛げもなけりゃ、許す気もならない。


「同じ帰還者同士仲良くしようや」

「俺は勘弁だ」

「がははっ! フラれちまったか。ま、今日は女ひとり守れたんだ。〝良い夢見れる〟だろうよ」


 再び笑い出す大都。

 まともにしていれば、気さくなだけのおじさんなのに。


「嬢ちゃんも済まなかった。〝またな〟」

「〝また〟は無くて結構です」

「そりゃ残念だ」


 大都は笑いながらその場を立ち去った。篠田は大都の後ろから、とぼとぼと肩を落としてついていく。


「……」


 二人の背が見えなくなってしばらく経ち、急に柿野さんがその場でしゃがみ込んでしまった。


「……怖かった」


 その怖いが彼らを言っているのか、それとも、俺や篠田が使った力のことを言っていたのか……分からないから、すぐに声をかけることが出来なかった。


「ごめん。その……」

「ううん、城谷くんが謝ることじゃないよ。ありがとう」


 必死に笑顔を作るが、明らかに強張っている。

 俺は柿野さんを立ち上がらせ、その場を移動する。ここはあまりに人がいすぎて、また誰かが襲いに来るとは限らない。




 すでに茜色の空は紺色へと変わり始め、冷気が漂い始める。

 俺と柿野さんは読川公園のベンチでしばらく座っていた。駅前からここに来るまで、柿野さんはずっと俺の手を握っていた。


「ありがとう。落ち着いたよ」

「そっか。その……ごめん」

「なんで君が謝らないといけないのかな? 悪いのはあの人たちだし。実際ああいう目に会うと、怖いもんだね」


 強がっている柿野さんを見ることができず、俺はずっと視線を地面に落としていた。


「でも城谷くんって本当に強いんだね。大人二人を相手に一歩も引かなかったし」

「いや……強がっただけだから」


 相手は別の世界で力を会得している。俺の力と根本的に異なる力だった場合、果たしてどこまで通用するか分からない。


 世界を一つ救ったことで、全てを手にしたような錯覚を覚えていた。いや、今がやっと始まりなのかもしれない。


「とう」


 柿野さんが俺の額を指で弾いた。


「いたっ」

「さっきから凄い怖い顔をしてるよ。言っておくけど、仕返しなんていうのはしなくていいからね」

「分かってる。俺は……守る為に力を使うんだから」


 アイツたちとは違う。力の使い方を、決して誤ったりしない。

 そしてそれに加えて、勇者だと奢ったりしない。魔王討伐した時のように、全ての能力を持って成さなければならない。


「うん、それなら大丈夫」

 

 柿野さんは立ち上がり、くるっと回る。


「今日はありがとう。本当に頼もしくて、かっこよかったよ。また、今日みたいに一緒に出かけてくれたら嬉しいな」


 心のなかに広まっていたもやもやが、一気に晴れる。

 その言葉だけで、自分は間違っていないと思うことができた。


「じゃあ、またね」

「ああ」


 彼女の背を見ながら、俺は小さく呟いた。


「……聖渦……」


 目を凝らさないと見えないくらいのうっすらとした光が、柿野さんを包む。

 それは対象者を、魔術的干渉から守るための術。そして、位置を把握するための術でもある。


 居場所以上のことは分からないとはいえ、発振器を付けたことと変わりがない。彼女に知られたら、侮蔑の目で見られることは避けられないだろう。かといって、常に監視させてほしいなんて頼むことは出来ない。


 それでも俺は彼女を守るために、何かしらの対策は施さないといけない。俺がもし大都の立場なら、馬鹿にされたまま退くなんてことは有り得ないからだ。


「……ごめん。これも君の為なんだ」

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