第5話 死に直面すると……子孫を残したくなるって知ってる?


 やっぱり泥棒はいた……しかも相当仲が良さそうだった……。


 お兄ちゃんを奪う泥棒……寒川とか言ってた……。


「どうやって殺そう……あいつ……」


 お兄ちゃんと仲が良い女子……しかも結構な仲のようだ……いつもならああいう時は断ってくれた……でも今日は……。


「私の知らないお兄ちゃんを知ってた……それだけで制裁対象……だ」

 私はカッターを文房具入れから取り出し『〖カキカキ』と音を鳴らして刃を出すと……鉛筆を削る……『シャッシャッ』と音を鳴らして鉛筆の先を尖らせて行く……黒い芯が出てくると『ガリガリ』と芯を削りさらに先を尖らせる……。


「ああ……落ち着く……」

 イライラしている時は鉛筆削りに没頭する……そして完全に尖らせたらノートに似顔絵を描く、今日はあいつだ……寒川って女の似顔絵を描く


 そして描き終わった私は……その顔目掛けでて鉛筆を突き刺す……当然鉛筆の先はポッキリと折れる。


 似顔絵の真ん中に黒い点が……。

 それを見ると心がスッとする……気持ちが晴れる……。


 でもまだだ、まだ足りない……私は再び鉛筆を削る……心を込めて、お兄ちゃん愛してると一削り一削り鉛筆を尖らせる。


 気持ちが落ち着く迄これを続ける……似顔絵の顔が黒い点で埋まるまで、誰だかわからなくなるまで繰り返す。


「好き……好き……お兄ちゃんが好き……いなくなれ……私以外にお兄ちゃんが好きな人はみんな…………いなくなれ!」


『ガシッ』


 呪文の様にそう呟きながら似顔絵に再度鉛筆を突き刺すと、芯が折れそれが私の顔に向かって飛ぶ……頬をかすり真上に飛んで行く鉛筆の芯…………。


「お兄ちゃん……大好きお兄ちゃん……お兄ちゃんは私の物……」

 私はまた鉛筆を削る……そして綺麗に尖らせると……その鉛筆を持って立ち上がった。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん」

 あいつとのお喋りが許せない、私の知らないお兄ちゃんを知ってるなんて……狡い……お兄ちゃんは私だけの物……。

 子供の頃からお兄ちゃんの事を考え続けるとわけがわからなくなる……自分が抑えられない……お兄ちゃんが好きすぎて耐えられない……。


 私は鉛筆を握りしめ部屋を出る……お兄ちゃんは今キッチンにいる……。


 お兄ちゃんは渡さない……私だけの物……。


 私は調べた……男の人って……死を目の前にすると、子孫を残そうと身体が反応するって……。


 だからお兄ちゃんを死なない程度にサクッとして……そして……ふふふふふ……。

 

 そして……お兄ちゃんを産むの……お兄ちゃんを私が産むの……そうすれば……もう私だけのお兄ちゃんになるの……もう誰にも渡さない……。

 1階に降りるとキッチンに明かりが、最近夕飯はお兄ちゃんが作る……今日もお兄ちゃんが作っている……。


 私は鉛筆を強く握り締めキッチンの扉を開ける……白いシステムキッチン、その向こうにお兄ちゃんがいる……お兄ちゃん……もうすぐ私の物になる……私だけの物に


 私は鉛筆を背中に隠し、ニコニコ笑いながらお兄ちゃんに近付く……。


「あ、舞、今呼びに行こうと思ってたんだ、ご飯……って舞どうした!」


「え?」

 あれ? おかしい……バレた? でも鉛筆は後ろ手に隠してるし……笑顔でお兄ちゃんを見ているし……。


「こっちに来て、舞の可愛い顔が」


「え? 可愛い? 私? え?」

 な、何? お兄ちゃん突然私の事可愛いって、え? 口説いてるの? えええ?


「お、お兄ちゃん……?」


 お兄ちゃんは私の腕を掴むとリビングに引っ張って行く、そして私をソファーに座らせると棚から救急箱を取り出した。


 え? な、何? 救急箱? まだサクッとしてないよ……。


 お兄ちゃんは救急箱を持って私の隣に座る、そして私のおとがいに手を添えた……え? な、何? まさかこれって……キス?

 お兄ちゃんからまさかのキス? え? え? え?


 私は目をそっと閉じる……すると、ほっぺに冷たい感触がって!


「ひううっ」


「あ、ごめん、染みた?」 

 目を開けるとお兄ちゃんがコットンを手にし私の頬に添えている。


「な、何?」


「いや、ここから血が……なんかした?」

 血? 返り血? ううん、だからまだサクッとしてない……あ、さっき……鉛筆の芯が……。


「う、ううん……わからない……」


「そか……また……おかしな現象かなあ……」


「…………あのね……お兄ちゃん……あの寒川って女の人と……仲良いの?」

 私は思いきってお兄ちゃんに聞いてみる……実は付き合ってるとかなら……後ろ手に隠している鉛筆を再度ギュッと握り締める。


「ああ、いや学校では殆んど話した事ないなあ、多分母さんの知り合いだって友達に自慢したかったんだろうなあ」


「──ふ、ふーーん……そうなんだ」

 それを聞いて、私の頭の中のモヤモヤがパッと解消した。全身の緊張が解ける、身体が弛緩する。


「うん、傷は小さいな、とりあえず血は止まったから」


「あ、ありがとうお兄ちゃん……えっと私……お腹すいたああ」


「ああ、今ポトフが出来たから、食べよう…………ん? 舞、その鉛筆は?」


「え? ああ、えっと、今……絵を描いてたから」


「へーー、また描き始めたのか、今度見せてくれな」


「うん……」

 そういってキッチンに戻っていくお兄ちゃん……その後ろ姿を見るとまた胸がキュンキュンと締め付けられる。


 良かった……お兄ちゃんは……まだ私だけの物だった……。


 私はお兄ちゃんが好き……大好き……殺したい程に……私はお兄ちゃんが大好き。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る