8
家に帰って、夕飯を済ませても浮ついた気持ちは治まらなかった。自分の部屋の真ん中には、加藤と運んだワープロが置いてある。モニターを箱から取り出し、床に置いてみる。白いボディは若干変色しているが状態は悪くない。袋を漁ると、キーボードに加え、フロッピーディスクと説明書が出てきた。端子の先を確認しながらコードを繋ぎ、側面のスイッチを入れると、黒い画面が一気に真っ白になり、左上でカーソルがちかちか点滅し出す。私はキーボードをめちゃくちゃに叩き、でたらめな文章を打ち込んだ。平仮名と英数字がごちゃ混ぜになり、何かの暗号っぽく見える。私はその解読に挑んでみるが、何の意味も見いだせない。諦めてスイッチを切る。再び黒い画面に戻る。とりあえず動作は問題ないようだ。
ベッドの上に腰かけ、ふと、左の手のひらを見る。今日の昼間、加藤の右手を握った記憶が蘇る。私の小説について、加藤は出来上がったら一番に読ませてくれと言った。これは越川に読ませるなという意味で、その前には「越川が嫌い」とはっきり言った。越川は何をしたのだろう。もしかして付き合っていたのだろうか。そもそも越川が加藤と出会った時点で加藤はサセ子だったのか。忘れていたが、そういえば加藤はサセ子だった。サセ子なら手が触れるくらいどうってことないだろう。むしろもっと色んなところを触って欲しかったのかもしれない。そう考えると、手を握ったことを一大事ととらえる自分が馬鹿みたいで恥ずかしくなる。もし昼間、加藤とセックスしたいと言ったらしてくれたのだろうか。
私はズボンの中に左手を入れた。私の性器は硬くなっている。そのままベッドに横たわり、マスターベーションをしようと試みる。部屋の真ん中のワープロを、私は一心に見つめる。嫌いな男にあんな大きなものを貸すわけない。黄ばんだモニターやキーボードを見つめていると、余計な事を考えずに、ただ目の前の快感に身を委ねることができる。目をつぶり、加藤の下着姿を想像し、順番に、ゆっくりとそれをはがしていく。小ぶりな乳房や性器があらわになる。
「好きにしていいよ」
加藤がそうつぶやく。私の手の動きが早くなる。
だが、私は途中で手を止める。やはりうまくいかない。私はズボンを履き直して立ち上がり、カーテンを開いて網戸越しに外を眺めた。辺りはすっかり暗くなっている。網戸には水滴がいくつかついている。予想通り夕立が降った。おかげでだいぶ涼しくなった。外から虫の鳴き声が聞こえてくる。小説を書き上げたら、加藤に自分の気持ちを伝えようと思った。うまくいくか振られるかはわからない。それでも告白を決意するだけで、だいぶ物事が進んだ気がした。窓から吹き込む風が心地よかった。大事なのは欲望を満たそうとするのではなく、気持ちに寄り添うことだった。誠実に、正々堂々と取り組めば、失敗はしても後悔はないはずだ。だが、そんな私の意気込みはひとつの夢によって簡単に壊される。
夢には加藤と越川と細貝が出てきた。加藤は必死で逃げている。人気のない空き地だった。地面に生えている草は、乾いて薄い茶色をしていて、丈が短い。季節は秋だろう。暖かくも寒くもない季節だ。ジーンズに白いTシャツを着て、その上にチェックのネルシャツを羽織った加藤は、泣きそうな顔で全力疾走している。近くには工場があって、五本の煙突から、灰色の煙が立ち昇っている。金属が激しくぶつかる音が聞こえる。加藤を追いかけているのは、越川と細貝だ。二人は怒ったような顔をしている。不気味ではあるが怖さはない。笑いをこらえているのだ。絶対的な力の差があるから、真面目になろうとしても、なりきれない。その雰囲気が、やがて加藤が二人の手に落ちることを暗示していた。
加藤は時々後ろを振り返りながら懸命に手足を動かす。その割に、ちっとも前に進まない。そういうのがいかにも夢らしい。私はそれが夢だと気付いている。この夢の中で私は不在で、何もせずにいる。
細貝が見事なダッシュをして土ぼこりを巻き上げ、たちまち加藤に追いつく。バトンを渡すみたいな体勢で細貝は加藤のネルシャツの裾をつかみ、力任せに引っ張る。加藤はバランスを崩してその場に尻餅をつく。後から越川が追いついてきて「てめえふざけんなよ」と怒鳴って加藤を殴る。普段の飄々とした感じからは想像できない姿だ。その後越川と細貝は、手分けをして無理やり加藤の服を剥がす。加藤も抵抗を試みるが、かなうわけがない。二人とも運動部なのだ。二人ともなぜか真っ白いランニングシャツを着ていて、肩の筋肉が汗で光っている。
加藤のTシャツを半分ほどたくし上げ、下から越川が手を突っ込んで胸を乱暴に揉む。細貝は後ろにまわって加藤の腕を押さえつけ、耳や首筋にキスをしまくる。二人は兄弟のように息が合っている。加藤はやめてやめてと泣き叫ぶ。流れた頬の涙に髪の毛がへばりつく。
越川が丹念に乳房や性器をさわっているうちに、加藤が次第におとなしくなる。
「体は正直だな」
越川がにやりとする。
「アソコが洪水みたいになってるよ」
細貝が嬉しそうな声を上げる。加藤が一瞬照れくさそうにするが、すぐに快感に逆らえなくなって、あえぎ声をもらす。全ての服を剥がされるころには、加藤は自ら越川と細貝の股間をまさぐるようになった。急に大人びた顔つきになる。二人の下着をおろすと、性器に舌をつける。恐怖の影は、跡形もなく消え去っている。
越川と細貝が仲良く順番に挿入して射精を行い、加藤が精液を全部顔に浴びたところで目が覚めた。もしやと思い、下着の中に手を入れると、夢精していた。夢の中で越川は「体は正直だな」と言った。全くその通りだった。越川は顔こそ越川だったが、体つきはたくましく、どこかで見たAV男優とそっくりだった。出てくる場所やシチュエーションも、アダルトビデオそのままだ。加藤は見たことのない表情をしていたが、紛れもなく、私の知っている加藤だった。
汚した下着を洗面所で洗っていると、徐々に頭がはっきりしてくる。越川と細貝は、私のしたかったことを、全部やってくれた。
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