2 知ったかぶり

「やあ、おはよう。なんの話?」


 密かに探りを入れるべく、僕はそ知らぬふりをして親友の三羽みわに挨拶がてら尋ねてみた。


「オッス! なに、新しいアレのことだよ。おまえも当然知ってるだろ? 新しいアレ」


 だが、あくまでも自然なていを装い、さりげなく訊けたと自画自賛していたその言葉が、予想に反して僕を危機に追い込むこととなる。


「え? ……あ、ああ、もちろん知ってるよ。アレのことだろ?」


 逆に尋ねられた僕は、見栄を張って思わずそんな風に答えてしまった。


 マズった……反射的とはいえ、大嘘を吐いてしまった……だが、僕だけそれを知らず、流行に疎い野郎だと思われるのはやっぱり嫌だ。


 こうなったら、ここはなんとか知っている振りをして通すしかない……。


「だよな。新しいアレを知らないなんて、流行遅れもいいとこだもんな」


「あ、ああ。そうだよな。知らなかったら逆に恥ずかしいよ。ハハハ…」


 知ってるふりをするためとはいえ、またも自分で自分の首を絞めるような嘘を重ねてしまう僕……。


「じゃ、当然もう試したんだよな?」


「も、もちろん。そりゃあ、すぐに試すでしょ?」


 よせばいいのに相手の話に合わせようと、ますます己を危機に追い込む余計な一言まで付け加えてしまう。


「で、どうだった?」


「…………え?」


 案の定、その嘘の上塗りは早くも絶体絶命のピンチを引き寄せることとなった。


「だから、試してみてどうだったんだよ? 新しいアレは」


 ……な、なんてこと訊いてくるんだぁぁぁぁ~っ!? 


 僕は顔に出さないよう必死で堪えながら、心の中では顔面蒼白になって大絶叫した。


 こいつ、僕が知ったかぶってることわかってんじゃないのか? と思うようなことを嫌がらせのように三羽は訊いてくる。


 そんなこと、アレが何なのかも知らないのにわかりっこないだろ? やっぱりわざとじゃないのか?


 そのどこかニヤけているようにも感じる三羽の顔に悪意を疑う僕であるが、そうであろうがなかろうが、ここはなんとしてでも誤魔化さなくては……。


 でも、どう答えるのが正解なんだ? アレの正体が皆目見当つかない……JKばかりか、僕ら男子も含めて高校生がこうも食いついているとなると、やっぱりスマホのアプリかゲームだろうか? ……いや、食べ物ってこともありうるな。もしくはジュース……いや、待て待て。それを言うなら、ガムとか眠気覚ましのタブレットという可能性も……。


 ダメだ。情報量が少なすぎてこれでは絞りきれない……ここで誤った回答をしようものなら、一瞬で知ったかぶりとバレてしまう。


……となれば、残された選択肢はただ一つだ。もうあの一言だけでなんとか乗り切るしかない!


「うーん……まあまあかな」


 僕は、天井を見上げて故意にインターバルを差し挟むと、さりげなく考える振りをしてからそんな曖昧な答えを返した。


 〝まあまあ〟――なんと便利でスバラシイ言葉なのだろうか!?


 まさに万能。最高の適応性と拡張性……今、この時ほどこの言葉の存在に感謝したことはない。


 ゲームの感想であっても「まあまあ」。料理の味であっても「まあまあ」……どうだ! これならば、新しいアレがアプリだろうがお菓子だろうが、はたまた僕の想像だにしない未知の何かだろうが、すべてにおいて矛盾なくかわすことができるのである。


 それに「良かった」や「悪かった」では、「どこが良かったの(あるいは、悪かったの)?」と、続けてさらなる具体的で厄介な質問をさせる隙を相手に与えてしまうが、「まあまあ」ではなんとも曖昧模糊としていて取っ掛かりがなく、次に何を訊けばいいのかもなかなか思いつけない……。


 これで、もうそれ以上、話を広げられることもなく、ここで終了とすることすら可能たらしめる究極の一手なのである!


 ……だが、僕はそれだけにとどまらず、さらに欲をかくと、もっと能動的に攻めへと転じる。


「そういうおまえはどうだったんだよ? 新しいアレを試してみて」


 そう……今度は逆に、僕の方から三羽に尋ね返したのだ。


 無論、こいつがどう思ったのかを単純に聞きたかったのではない。どうでもいいその感想からでも、〝新しいアレ〟の正体を探るための貴重な情報が得られるからである。


 さあ、どう答える? おいしかったか? それともおもしろかったか?


 その間、僅か一秒足らず……期待と不安のない交ぜになったかのような複雑な心持ちで、僕はやつの顔をマジマジと見つめながらその答えを待った。


「ああ、俺か? うーん……俺もまあまあかな?」


 しかし、僕の目論見に反して三羽の口から出たものは、予想外にも僕と同じ言葉であった。


 なんだ!? そのクソつまんない答えは! なんの参考にもならないじゃないかよ!


 自分も同じこと言っておいてなんなのであるが、僕は心の中で役立たずの三羽に対して怒りの声を上げる。


「や、やっぱそう思うよな。まあまあだよな、アハハ…」


「ああ、まあまあだな……」


 しかし、実際には怒鳴るわけにもいかず、僕はそう言って相槌を打つと、〝まあまあ〟の効力によって三羽との会話はそれきりになった。

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