【新説昔話集#1】鬼の恩返し

すでおに

鬼の恩返し

 昔々あるところに鬼の兄弟がいました。兄の赤鬼と弟の青鬼は仲良しでとても心優しく、人間の住む村から遠く離れたところでひっそりと暮らしていて、村人たちを困らせることもありませんでした。


 兄弟にはお母さん、母鬼がいました。母鬼は悪い病気に罹り、もうずいぶんと寝たきりでしたが、兄弟の優しい看病を受け、穏やかな日々を送っていました。


 しかしある年の冬、厳しい寒さに母鬼はすっかり弱り、やせ細ってしまいました。

 そうして迎えたお正月、母鬼はか細い声を振り絞って言いました。


「おらぁ、一度でいいから餅が喰ってみてぇ。前にみたことあるだ。正月に人間たちが喰う、白くて柔らかくてつるんとした餅が喰ってみてぇだ」


 それを聞いた兄弟は相談しました。


「餅ってやつをおっ母に喰わせてやりてぇなぁ」


 心優しい兄弟は決して村の食べ物を奪うことはなく、山の木の実や山菜、釣った魚を食べて暮らしていたので、餅を見たことも食べたこともありませんでした。


「どうしたらいいだ」


 兄弟は考え込みました。すると兄の赤鬼が言いました。


「よし、おらが村へ行って人間からもらってくる」


 弟の青鬼は驚いて反対しました。


「そんなの無理だ。人間が鬼にくれるわけねぇだ」


 しかし


「おらたちは村で暴れたこともねぇ。事情を話せば分かってもらえるだ」


 村へ行く決意をした赤鬼は次の日


「おら行ってくるだ。おっ母に餅を喰わせてやるだ」


 そう言ってひとりで村へ向かいました。



ドンドンヒャララドンヒャララ

ピーピーヒャララピーヒャララ


 村は正月祭りの真っ最中。大人も子どもも老人も、みんなで輪になって踊れや歌えやの大騒ぎです。


ドンドンヒャララドンヒャララ

ピーピーヒャララピーヒャララ


 踊りの輪の中では正月祝いの餅つきが行われています。


よいしょ!こらしょ!どっこいしょ!

ペッタン!ペッタン!ペッタンコ!


 その様子を赤鬼は木陰に隠れて見ていました。

「あれが餅に違いねぇ。確かに美味そうだ。おっ母に喰わせてやりてえなぁ」

 そう思った赤鬼は勇気を振り絞って踊りの輪に近づいていきました。


「すまねぇが、餅を分けてくれねぇか」


 しかしそれを聞く間もなく、鬼を見た村人たちは「鬼だー!鬼が出たぞー!逃げろー!」そう叫ぶと踊るのを止め、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまいました。


 赤鬼はとても悲しい気持ちになりました。

「人間たちよ、すまねぇなぁ、祭りをじゃましちまって。でもおら餅をおっ母に喰わせてやりてぇんだ、すまねぇ」

 赤鬼は臼の中から餅を一掴みだけ貰うと急いで家に帰りました。


「おっ母、餅だ。おっ母が喰いたがってた餅を人間たちから貰ってきたぞ」


 餅を見た母親は顔をくしゃくしゃにして喜びました。

「うめぇうめぇ。本当にうめぇだ」

 そう言って美味しそうに餅をほおばりました。


 母鬼のうれしそうな顔を見て赤鬼もうれしくなりました。そして

「おらも人間に恩返ししないといけねえなぁ」

 そう考えた赤鬼はその日の夜、こっそり山へ行きました。山には村人たちが薪や山菜を採りに来ていましたが、草木が生い茂り、登るのに苦労していました。赤鬼は餅のお礼に山をならして道をつくってあげることにしました。


「うんしょ、こらしょ、どっこいしょ」


 大きな杉の木、松の木を引っこ抜き、長く伸びた草を踏みならし、頂上まで続く道をつくってあげました。


「これで登りやすくなっただ。人間たちも喜んでくれるはずだ」


 赤鬼は恩返しができたととても喜びました。

 その時です。

 ガサガサガサガサと音がします。見ると林の中から一匹の熊が現れました。熊はとても腹を空かせているらしく、餌を探して山を下りようとしています。村へ行ったら餌を探して大暴れしてしまうかもしれません。


 赤鬼はさっと熊の前に立ちふさがり、優しく言いました。

「おいクマ公、村へ行ったらいけねぇだ。人間たちがびっくりしちまうだ。これをやるから巣へ帰れ」

 両手いっぱいの木の実をあげると、熊は美味しそうにほおばりながら帰って行きました。赤鬼も満足そうに家に帰りました。



 それからふた月がたちました。

 母鬼の具合はますます悪くなっていました。

「寒い、寒い、凍えるように寒いだ」

 寝床で震えています。

「寒い、寒い」


 鬼の兄弟はとても心配になりました。

「おっ母が寒がっているだ。ほうっておいたら死んでしまうかもしれねぇだ。どうしたらいいだ」


「そうだ。甘酒を呑ませてやればいいだ」

 青鬼がとんと手を叩きました。


「甘酒?」

 赤鬼は甘酒を知りませんでした。


「そうだ。おら知ってるだ。人間たちがひな祭りに呑む酒だ。甘くて美味しくて体の芯から温まるだ」

 いまはちょうどひな祭りの時期でした。


「だどもまた人間たちに怖がられてしまうだ」

 赤鬼は反対しました。


「なぁに今度は大丈夫だ。おらがちゃんとお願いしておっ母のために甘酒を貰ってくるだ」

 そう言って次の朝、青鬼は村へ向かいました。



ドンドンヒャララドンヒャララ

ピーピーヒャララピーヒャララ


 村はひな祭りの真最中。大人も子どもも老人も、みんなで輪になって踊れや歌えやの大騒ぎです。


ドンドンヒャララドンヒャララ

ピーピーヒャララピーヒャララ


 踊りの輪の中では甘酒が振舞われていました。

 木陰から見ていた青鬼は

「あれが甘酒だ。美味そうだなぁ。あれを呑ませてやればおっ母の体もぽかぽかになっても元気になるだ」

 青鬼はいてもたってもいられず踊りの輪に近づいていきました。


 しかしまたしても

「鬼だー!また鬼が出たぞー!」

 人間たちはまた一目散に逃げてしまいました。


 青鬼はとても寂しい気持ちになりました。

「何も悪いことしてねぇのにな。甘酒を分けてもらいたかっただけなのにな」

 青鬼は甘酒を茶碗に一杯だけ貰って家へ帰りました。

「おっ母、これを呑むだ。これは甘酒といってなぁ、甘くて美味しく体の芯から温まるだ」

 青鬼は温めた甘酒を母親に呑ませてあげました。


「うめぇうめぇ。本当にうめぇ、体がとても温まるだぁ」

 母鬼は美味しそうに甘酒を呑み干しました。


 それを見た青鬼は思いました。

「おらも村人に何かしてやらなければなんねぇな」


 その日の夜、青鬼は川へ行きました。

 川は大雨が降ると氾濫して田んぼや畑を水浸しにしてしまい村人たちを悩ませていました。青鬼は川に堤防を作ってあげることにしました。


「うんしょ、こらしょ、どっこいしょ」


 青鬼は、人間では到底持ち上げられない大きな石を川岸に積み上げて堤防を作ってあげました。


「これで雨が降っても大丈夫だ」


 その時です。

 近くで声が聞こえます。

 しっくしっく、しっくしっく。

 誰かの泣く声です。

 しっくしっく、しっくしっく。


 暗い河原で青鬼は目を凝らして周りを見回しました。すると小さな女の子がしゃがみこんで泣いていました。


「どうしただ?」


 青鬼が声をかけると、真夜中で辺りに灯りもない河原では、女の子は鬼とは分からず、怖がらずに答えました。


「夜中に便所に行ったら蛍がいただ。捕まえようと追いかけたら道に迷ってしまっただ。しっくしっく、しっくしっく」


 それを聞いた青鬼は優しく言いました。

「泣かなくても大丈夫だ。おらが村まで送ってやるだ」

 青鬼は女の子をひょいっと肩に乗せ、村に向かって走り出しました。

 びゅーん

 青鬼の駆け足はとても早くあっという間に村に到着しました。

「ありがとう」

 女の子はとても感謝しました。

 良い事が出来たと青鬼は満足そうに家に帰って行きました。


 しかしそんなことなど知らない村人たちは、翌日みなで話し合いました。


「前は正月祭りで今度はひな祭り、鬼のせいでせっかくの祭りが台無しだ」


 毎日毎日畑仕事ばかりの村人にとって、お祭りだけが唯一の楽しみでした。


「五の月には端午の祭り、七の月には七夕祭りがある。また鬼がやってきたら大変だ。何とかせななんねぇ」


 村人は困り果てました。


「そうだ。いい考えがあるぞ」


 一人のおじいさんが言いました。

 かくかくしかじか・・・


 その次の日のことです。

 青鬼がふと家の外を見ると鬼たちの住む島に向かって一層の船がやってきます。

 驚いて叫びました。


「人間だ、人間が島に向かってくるぞ」


 船はどんどん近づいてきます。よく見ると乗っているのは腰に刀を差した子供、人間の男の子です。それだけではありません。犬と猿とキジも乗っていました。


「刀を持っているだ。仕返しに来たんだ。どうしたらいいんだ?」

 青鬼はおびえたように言いました。


「落ちつくだ。相手は子供と動物だ。絶対に手出しはなんねぇ。話せば分かってもらえるだ」

 そう優しく諭して赤鬼が家を出た瞬間、キーンと矢のように飛んできたキジが鋭いくちばしで赤鬼の胸を突き刺しました。

 ぎゃーと悲鳴を上げて倒れ込んだ赤鬼の元に青鬼が駆け寄りました。すると今度は猿がばっと青鬼に飛び掛かって目をかきむしりました。

 いでぇー、と青鬼もたまらず目を抑えてうずくまりました。それを見た男の子は


「我こそは桃から生まれた桃太郎であるぞ!悪い鬼たちめ、成敗してくれる!」


 腰の刀を抜いて切りかかりました。


「えい!やー!」


 桃太郎が容赦なく切りつけると鬼たちはうずくまったまま抵抗することも出来ずに死んでしまいました。


「鬼どもめ!退治してやったぞ!」


 桃太郎は声を上げました。しかし家の中で犬が吠えています。不審に思って戸を開けると布団の中で年老いた鬼が臥せっていました。


「もう一匹おったか」


 勢いのまま桃太郎たちが飛び掛かると、母鬼もあっさり死んでしまいました。


「これにて一件落着!」


 桃太郎は勝ち誇った顔で村へ帰って行きました。


 こうして母親思いで心の優しい鬼の兄弟とそんな子供を持った母鬼は死んでしまいました。

 村に帰った桃太郎はたくさんの褒美をもらい、おじいさん、おばあさんと幸せに暮らしましたとさ。

 おしまい。

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