第2話 冬を越えるために

冬に映える黒髪の獣の口から、あなたとの四季のため息が風に巻かれていくよ。あのシャボン玉がすべて包んで弾けたからぼくやきみの悲しみさんはもうないんだ。同じように喜びも弾けて消えるからまた悲しみさんはとなりにいる。シャボンが弾けるたびに忘れてきたものの悲鳴が、淀みなく流れる車に轢かれて消えていく。また1℃、冬が足をすすめて折ふしも降り始めた雪のように悲しみさんは心に降り積もり、傷つけあった獣たちは洞窟で冬籠りの夢のなか。とても寂しいけれど平穏な寝息が冬空に三角形を浮かべている。


それでも春に焦がれる浅ましき身としては、あの春に拾った桜の蕾の塩漬けを白茶に浮かばせ道行く人々に振舞い、たくさんの人が春を思ってくれることを願わずにはいられないのだ。ほっ、と温んだ悲しみさんが人びとに沁み渡り桜の記憶に花を咲かせるだろう。オーリオーンの足もとで戯れる二匹の犬が未来へと吠えたてはじめたから、ほら冬があんなに慌てている。空が白くぬかるんで。


ねぇ、悲しみさん、まだぼくの傍にいてくれますか。ただひとつ、ひとつだけしゃぼん玉を胸に懐いていることを許して欲しい。冬は寒いけれど、僕が僕の呼吸で春を迎える生き方を許してくれないか。それならきっと少し優しくなれるかもしれない。爪を隠し眠る黒髪の獣もどうにか人らしくみえるだろう。

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