遠雷 -音声記録




「何をしている……俺たちに近づくなと、言われなかったのか」

「い、言われた。だから、ないしょで来たの」

「大人との約束を破ってまで、どうして僕らのところに来たんだ?」

「おねえちゃん、熱でて大変なんでしょ? お水あげる。きれいなやつだよ」

「……ありがとう、優しいんだな。やっぱり決めた。もう1日留まらせてもらえないか頼んでみよう」

「《さまよう音喰い》か……やめておけ……おかしな言いがかりをつけられるだけだ」

「そんなこと関係ない。僕らのせいだと思われるなら、尚更アレにこのシェルターを傷つけさせてはいけない。まあ気合入れるさ」

「……まったく、お前らしいよ」



「出入り口のカメラが生きてるようだから視てくる。ミナトほど器用には行かないかもしれないが」

「おい、壊したら責任取れるんだろうな……」

「熱が下がったら頼む」

「壊す前提で話すな、あと俺に丸投げするな」

「かはは、頼りにしてるぜ」



「ミナトっておねえちゃんの名前?」

「……ああ」

「おにいちゃんの名前は?」

「……ユズリハという」

「いっぱいいるこの人たちは?」

「ウィルか。名前はないが、皆あいつに……ユズリハに着いていくと決めた旅の仲間だ」

「えーと、さまよう……っていうのは?」

「…………外の世界の怪物だ。このシェルターに近づいている。ドローンや補給ラインの稼動音を聞きつけられたのだろう。だが頭はよくない、今からでも静かにしていれば助かる」

「怪獣が来るの? ……こわいね」

「心配するな、あいつはやると決めたらやる男だ。たとえ死んでもお前たちを守るだろう」

「し、死んじゃったらいやだよ」

「……ああ、そうだな。死なれたら困る。あいつに代わる人間なんて……いやしない」


「貴重な物資を恵んでくれて感謝する……お前も戻れ。叱られても知ら、」


「きゃああああ!!」




「どうした!?」

「嫌ッ、誰か! 早くあの化け物たちから離して! あの子を助けて!!」

「おかあさん……?」

「おい、外に……ウィルフラッドだ! かなりデカいぞ……!!」

「まっすぐ来てる、退避を……」「どこに逃げろっていうんだ!」「あんなのが襲ってきたら……」

「やめろ、騒げば気づかれるっ……アレは音を頼りにして、」

「お、お前らが! お前らが呼んだんだろう!? 疫病神め!」







「…………ッ、ユズリハ……!!」

「おにいちゃん!!」


「…………。あなたたちを……混乱させてしまったことを謝ります。申し訳ない」

「馬鹿、喋るなッ! 止血を、」


「その子は……僕らのために水を届けてくれたんです。こんな時世に、レーキを相手に……」


「……消させてなるものか。あなたたちのことを……未来を……」


「今近づいているウィルフラッド……《さまよう音喰い》は、もうこのシェルターの存在に気づいている。ですが、一度見つけた標的よりさらに大きな音源を感知した場合はそちらに方向転換する習性があります」

「…………!! よせ、ユズリハ! 自殺行為だぞ!」

「僕が出て《さまよう音喰い》の気を逸らす。あなたたちを守ります。だから……その子を責めないでください。ミナトのことも……群れも、あと少しだけここにいさせてやってください。外が静かになった頃には出て行くようにするので」


「……僕の仲間を。よろしくお願いします」



「ユズリハ、待てっ……やめてくれ、せめて俺を連れて行け!」

「吠えるな病人。自殺行為だと言ったのはそっちだぞ、心中するつもりか?」

「……ッ、そうだ。お前と同じ道の上で斃れるのなら、本望だとも!」

「かはは……嬉しいねえ、だが気が早いな。まだ死ぬと決まったわけじゃない、留守にするだけだ。僕の不在中群れを頼む。お前にしかできない役目だ、頼りにしてるぜ」

「………………!」

「嵐山ゆずりはは必ず戻る。迷う者たちがいる限り、その道標であり続ける。約束する」

「…………必ず。戻ってこい、俺たちはいつまでも待つ」

「ああ。また会おう、ミナト」







「(無理だな、僕だけではどうあがこうと倒せない。全てを懸けた一撃でもしばらく消耗させる程度だろう)」

『ウウ、……ォオオ…………』

「(今までに戦ったどのウィルフラッドよりも強い。そして悲しいくらい空ろだ)」


「恐ろしかったろう、忘れていくのは。悔しかったろうなあ。お前は……お前たちの声は、ずっと泣いていたんだな」








「…………これは……雷鳴か?」

「何だ、雲も無いのに……どこから……」「見ろ、ウィルフラッドが反応してるぞ」

「シェルターから……離れていく……!」

「……あいつだ」

「おねえちゃん?」

「ユズリハが……『音源』になるために、力を使っている……」







『オオオオ…………!!』

「……ミナト。絶対に諦めるな、未来を見限るな。僕はまだ信じてる」


「独りにならない限り僕らは前を向ける。人の生み出した絶望の中から、いつか人の希望が芽吹く。 ――終わってなんかない。人の世界は……今も素晴らしい」




「『ひらけ雲の海、ひらけ砂の海! 天涯地角遍く届け、我が雷の閃きよ。今こそ、この一閃を以て、人の往く航路を示さん!」



「――――《黒枝剣スヴァルトル・スルーマ》!!」













 

「…………おねえちゃん、行くの……」

「あいつは約束を守った。お前たちに怪我一つ負わせることはなかったな」


「……ああ、俺は……あいつのようにはなれない。俺は……お前たちを許せない。嘆くだけのお前たちが生き、代わりにあいつが死ぬ世界なんてふざけている」



「それでも俺は行く。それがユズリハの望みだから」






「もう会うことはないだろうが、精々、強く生きていけ。いらない敵を増やしたくなければ二度と同じ轍を踏まないことだ」





・・・・・・・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る