第25話 ジークの誕生日パーティー パート2

 ザワザワザワザワ……。


 決して漫画のワンシーンではない。


 王宮の門をくぐり、ミモザを先頭に宴が開かれる第三広間に足を踏み入れた途端、その場にいた貴族達がざわめき、私達に注目したのだ。

 良い意味か悪い意味かはまだ判断できないが、注目を集めるのには成功したらしい。


 女性からは非難と軽蔑の視線が、男性からは好奇と好色が入り交じった視線が注がれていた。


 ミモザとイライザ、サリア、エリスの四名はドレッシーなイブニングドレスを、私は裾が広がった短めのカクテルドレスを着ていた。全員が全員共に露出過多、着込むこの世界の衣装とは真逆の格好の登場になった訳だ。

 着れば着る程身分が高いのならば、娼婦で身分なんかない自分達はこれくらいだろうという意識もあった。


 私的には、イライザ達のお色気を強調し、自分は可愛い物を着たいというだけだったのだが。

 チュチュの入ったミニスカートだなんて、三十路女に着れる訳もなく、無茶苦茶憧れてたし。周りの目が気になるメイド服とか、ロリータファッションとか、一度は着てみたいって誰だって思うと思う。

 黒髪の醜女って言われてるけど、髪色以外は美少女に生まれ変わった訳で、ならばこんな格好だってアリなんじゃないの?


 そんなこんなで、この格好の登場となり、辺りをざわつかせている元凶になってしまった訳だ。


「ずいぶん思いきったな」


 いつの間にかそばにきていたワグナーが、私にワインの入ったグラスを差し出しながら言った。


 ワイン……大好きなんだけど、この身体はまだ成長途中だ。あえて成長を止めるようなことはしたくない。


「けっこうです。お酒は飲めないから。……もしかして、贈り物を勝手に作り替えて怒ってます? 」

「まさか。俺の手を離れた時点で、それはおまえの物だ。好きにすればいい」

「この格好で宴に参加するのは、もしかして不敬に当たりますか?」


 ミモザは反対はしなかったものの、一か八かみたいなことを言っていた。下手したら、門前で追い返されるかもしれないと。ただ、ジーク直々の招待状の効力か、すんなり中に入ることができた。


「ジークフリードがそんなこと言わないのに、誰に言わせるつもりだ? 兄も姉もそういうのは無頓着だしな」


 ワグナーの兄姉とは、国王と王妃のことだろう。そりゃ、息子の誕生日パーティーなんだから出席するよね。

 それまで、ジークの両親に会うだろうことをすっぽり失念していた私は、一気に血の気の引く思いがした。


 人目もあるし、まさかジークがこんな公の場所でいつもの振る舞いをするとも思えないが、明らかに場違いな私が、こんな場所に来てどう思われるだろう……。

 いるだけでアウトなんじゃなかろうか?


 すると、周りのざわめきが気にかかり、その声が嫌でも耳に入ってくる。


『あの格好は何?! なんて淫らな』

『これだから娼館の女は……』

『おい、あれが噂のミモザのイライザか? 』

『あの中に王子の意中の女が……』

『あれなら、王子が虜になるのもわかる』

『私もお相手願いたい』

『あの黒髪の娘は? 』

『娼婦達の引き立て役じゃないか』

『あの格好は可愛らしいわね』

『娼婦達のは無理だが、あれなら娘に似合いそうだ』



 ……等々。

 ひそひそと好き勝手話しているが、ワグナー以外一人として私達に近寄ってくる人間はいなかった。引き立て役と思ってくれているのなら、それがベストだ。精一杯イライザ達に目立ってもらわなくては!


「……あなた」


 私がワグナーの陰に隠れるように立っていると、一人の少女が目の前に立っていた。


 年の頃は同じくらい。ただ、明らかに格差を感じる佇まいだった。

 銀に近いプラチナブロンドは豊かに波打ち小さすぎる顔を縁取っていた。その小さな顔の半分くらいあるんじゃないかというくらいの大きな目、マスカラもしていないのに存在感豊かな睫毛、鼻梁は細く高かからず低からず、唇はプルンと小さく血色が良かった。

 瞳の色は紅で、その瞳は子犬のように輝いていた。


 フランス人形の人間バージョン。美人も可愛いも言葉が足りない。完璧に美しい、超絶美少女。同じ生き物であるのが恥ずかしいレベルだ。


 何でこんな美少女が私に声を?


「ディタでしょ? すぐわかったわ」


 人差し指をビシッとたてて、得意気にのけぞる姿も、神々しいくらいに美しい。


「アンネローズ、まずは自己紹介しないと。ディタが固まってる」

「叔父様、まさか人前で不埒な行為はしていないでしょうね」

「おまえ、自分の叔父を何だと考えているんだ」

「色キチガイでしょ? 」

「おまえね……。せめて好色と言ってくれ」


 ポンポンとやり取りをしている内容を聞いていると、ワグナーの親戚……つまりは王族ということらしい。ジークの妹か従姉妹……言われて見れば顔立ちは似ている。


「ディタ、ダン叔父様の側にいたら妊娠してしまうわよ。あちらへ行きましょう。私、今日はあなたのお相手をするようにって、ジーク兄様から任されてるの」


 得意気に言うと、無頓着に私の手を取り引っ張る。


 お姫様がこんなに親しげに娼婦見習いに触れていいのだろうか? しかも、私は忌み嫌われる黒髪だというのに。


「あの、ちょっと……」


 イライザ達の引き立て役として認識されている身としては、彼女達の側を離れたらまずい気がする。


「アンネよ。アンネローゼ・ザイザール。ジーク兄様の妹……と言っても、お母様は違うけど。でも仲良しよ」


 くったくなく微笑むアンネは、まさに天使だ。


「アンネ、私は姉様方の側を離れる訳には……」


 呼び捨てでいいのか悩んだが、見た目少女中身三十路のいい大人としては、かなり年下の少女という認識から、つい呼び捨てにしてしまう。

 すると、それが特別嬉しかったのか、私の手をギュッと握り、アンネの胸元に持ってきた。


「あなたの姉様方はダン叔父様に任せておけばいいわ。ねぇ叔父様、よろしいわよね? ほら、さっさと行って」


 アンネに追いやられるようにワグナーはミモザの館の面々のホスト役をしに行き、アンネは私の手を引っ張り歩きだした。


「ジーク兄様の良い人ならば、私ともお友達になってもらえるかしら? 」

「ジーク王子のいい人ではないけれど、あなたとお友達になれれば嬉しいわ」


 アンネの言葉の間違いを指摘しつつ、身分関係なくこんな美少女と知り合いになれるのは嬉しいと素直に告げた。


「ね、ディタの髪の毛はとっても素敵ね。それって、どうやってるの? 私もできるかしら? 向こうでお菓子でも食べながらお喋りしましょうよ。ああ、本当にあなたはいい香りね。兄様が夢中になるのがわかるわ。ね、ディタはいくつ? 」


 アンネの会話はコロコロと移り変わり、返事を待つことなく言葉がこぼれ落ちる。


「十一になりました」

「まあ、私は十二よ。私の方がお姉さんね。素敵、私一番下だから妹が欲しくて仕方なかったの」

「そうですか」


 この世界ならば、その夢は現実になるんじゃないだろうか?

 妾が大手を振って認められているようだし、実際ジークとアンネは母親が違うと言う。国王にヤル気さえあれば、弟妹はそれこそウジャウジャと量産可能だろう。そう思ったが、国王への不敬罪で捕まっても洒落にならないので、笑顔で聞き流した。


「ほら、あそこ見て」


 また興味違う場所に変わったようで、アンネは広間の奥まった席に腰を下ろすと、広間の中央を指差した。

 そこには、綺麗でいかにも上品な貴族の娘が三人立っていた。無茶苦茶高い帽子を被り、これでもかって唐衣を重ねて着ている。あれでは、一人で歩くのも難しいのではないだろうか。この世界のお洒落は筋トレも兼ねているようだ。


 この場所では比較的高位のアンネが、かなりラフというか、唐衣一枚という軽装で、しかも帽子も小さめでまとめているのに比べると、財力権力をひけらかしているようで、あまり好感がもてなかった。


「あの子達、嫌な感じなのよ」

「嫌? 何故です? 」


 貴族の娘達の方が僅かに年上に見えるが、年齢も近いから話しは合いそうなものだが。


「だって、ジーク兄様狙いなの、もろわかりなんですもの。婚約者候補か知らないけど、なんかネチネチしてて嫌! 」


 婚約者候補……。いて当たり前だ。

 こちらの世界では、男は子供が作れるようになったら一人前とされるらしく、女性の結婚適齢期よりも、男性の結婚適齢期の方が早い。早く一人前になりたい男の子が、娼館に筆下ろしにくることも多く見られた。

 なので、女は身体が円熟する十五・六歳、男は十二歳くらいが成人と扱われるそうで……。


 つまり、ジークなどは筆下ろしをしたかどうかはおいておいて、すでに成人してからだいぶたつ筈で、普通なら妃や妾がいてもおかしくない……これは、つい最近知った知識である。


「皆さん綺麗でいいじゃない。ジーク王子とお似合いだわ」


 アンネは大きな目をさらに大きくする。


「私は、ディタの方がお似合いだと思うわ! 」


 この兄妹は揃って色が見えないんだろうか?


「ね、これ何色? 」


 私は自分の髪の毛を指差す。日本人には当たり前の黒髪も、悲しいかなここでは貶されて醜女と呼ばれる。自分で言っていて情けなくなる。

 黒髪の醜女と指差されるのも嫌だけど、何でもない顔をする人間に再確認するのも本当に嫌だ。


「黒ね。私黒って大好き。ほら、衣服も黒ばかりなの」


 確かに、黒地に金と銀の刺繍の入った唐衣を着て、全体的に黒でまとめた衣服を着ているが……。アンネのシルバーブロンドがまた黒に凄く映えている。


「黒って、絶対に女の子を綺麗に見せる色よ。そんな黒髪のディタが綺麗に見えない訳がないじゃない」


 私は目が覚める思いだった。確かに、向こうの世界でも、黒は女性を綺麗に見せる色だった。醜女醜女と言われ、自分もついそう思い込んで卑屈になっていたけど、何もこっちの常識に囚われる必要はなかったんだ。


 自分で綺麗だと思えばそれでいいし、綺麗だと言ってもらえれば、わざわざ醜女アピールをするんじゃなく、笑ってありがとうで良かったんだ。


 私は改めて笑顔を作る。自然な笑顔が顔に広がる。


「ありがとう。私もそうなんじゃないかって思うわ。黒って、ミステリアスで色気がある色だわ」

「その通りよ。だから、ジーク兄様だってディタにベタ惚れでしょ」


 それはうなづけない私だった。


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