第26話 ジークの誕生日パーティー パート3

「アンネ様、ジーク様はいつお見えになるの? 」


 それは、皆が思っていることだろう。パーティーの主役がいまだに現れないのだから。


「知らないわ」


 アンネはツンとそっぽを向く。

 アンネが嫌いと言っていた少女達だから、この態度はしょうがないのかもしれないが、少女達は私の方を見て何やらクスクス笑いながら何やら言っている。

 想像はできるので、知らん顔をして無視した。


 というか、臭い、臭すぎて前を向きたくない。


 体臭とお香が交ざり合った、独特の香りが鼻につく。

 パーティーにくるなら、ゴテゴテ着飾る前に風呂に入れと言いたい。これでは、ジークがいつまでたっても妃を選ばないのもうなづける。それでなくても鼻がいいジークが、この匂いに耐えて閨を交える……なんて不可能だろうから。

 私だって、こんな匂いの人間となんて嫌だ。


「今日、ジーク様のご婚約が発表されるって噂、聞いた? 」

「聞いたわ。婚約者候補の中から一人選ばれて、この場で婚約の儀式を行うって」

「選考が長引いているのかしら?」


 明らかに私達に聞かせるように少女達は話し出す。


「アンネ様、婚約が決まったら、私達の誰かがあなたの姉になるのね」

「そうよね。私が姉なら、こんな場所に唐衣一枚で出るなんて恥さらしな真似させないわ」

「あら、私が姉なら、アンネ様の我が儘を治す為に、家庭教師をつけてさしあげるわ。常識を教わっていないだけなのよ」

「そうね、王族に相応しい礼儀も勉強しないと」

「私、世界一怖い先生を知っているわ」

「私もよ。鞭を使うんですって」

「まあ、王族を鞭打つなんて」

「教育ですもの」


 私はハアッとため息をついた。


 女って面倒くさい。 真っ正面からディスればいいのに、ネチネチとしつこい。こんなのが姉になったら、アンネが可哀想過ぎる。


「婚約するとしても、ジーク王子は分別をお持ちだから大丈夫よ。妃に相応しい人格の方を選ぶと思うわ」


 私がアンネに声をかけると、少女達は心底驚いたように目をむいた。


「まぁ、まぁ! 平民の娘が、許しもなく口を開いたわ」

「やだ、この娘はあれよ。平民以下じゃないの」

「そうよ、あそこの下品な女達の侍女でしょ? 」

「まあ、嫌だ! そんな娘と親しく話すなんて、王族としての品位が下がるわ」

「しかもほら黒髪」

「私、初めて見たわ。なんて醜い」


 キャンキャンうるさいな。

 こういうのは無視。無視するに限る。


「誰が私に口を開いていいと言った」


 それまで黙っていたアンネが、瞳を怒らせて低い声をだした。

 その途端、少女達がピーチク囀ずっていた口がピタリと閉じた。

 私と同じ年くらいの少女から、信じられないくらいの圧を感じる。ドス黒いオーラさえ見えてしまいそうなくらい……?


「私はあなた方に口を開く許しを与えていない。下がりなさい」


 少女達はコソコソと引き下がる。

 アンネは、フンッ! と鼻を鳴らすと、少女達の背中にあっかんべーをする。


「なんか、凄いね」

「何が? ウフフ、正妃様の真似をしてみたの」


 すでに笑顔に戻っているアンネは、年齢相応の超絶美少女だ。


「……正妃様って? 」

「やだ、ジーク兄様のお母様じゃない。知らないの? 」

「いや……まあ……」


 語尾を濁し、この国の妃を知らないというあり得ない事実をうやむやにする。


「ジーク兄様を探しに行ってみよう! オウッ! 」


 唐突に片手を上げてアンネは私の手を引いて走り出した。


「ちょっとアンネ?! さすがに私が王宮をウロウロするのはまずいって! 」


 私の悲鳴のような忠告は意に介せず、アンネは思いもよらない力で私の手を引っ張り、第三広間を駆け出して行く。


 ★★★


 私がアンネに王宮内を引きずり回されている時、王の間では王と王妃が渋い顔をしてジークと対峙していた。

 ライオネル三世は、ライオネル一世の生まれ変わりと言わしめるくらいの豪傑で、武勲に長けていた。身体つきもがっしりとした大男で、凛々しい顔立ちはワグナーに少し似ているかもしれない。女好きなところも似ていて、正妃の他に愛妾も八人いた。

 正妃はキャサリンと言い、五公のうちの一つ名門ローゼン公爵家の血筋を引いていた。


「ジーク、さすがにもう逃げることはかないません」

「おまえ、しかしだな……。ジークは特殊な……」

「特殊? そんなの気の持ちようです。たかが匂いくらいなんです。大勢の前に出れないなんて……。いづれ国王になる人間が 」


 静かな声ではあったが、空気震える程の圧がある。静かな怒りをほとばらせる正妃に、ライオネル三世は口をつぐむ。


 ジークは第三王子。

 普通なら継承権は第三位の筈だが、実際には第一位だった。上の二人の兄は、愛妾の子供であり、キャサリン妃の最初の子供がジークだったからだ。


 常日頃おっとりとして、笑顔を崩すことのないキャサリン妃だが、たまに牙をむく時があり、そんな時は国王でも逆らえなかった。


「いい、今日、あなたは婚約するの。何がなんでも相手を決めるのよ。わかりましたね」


 キャサリン妃は、自力で怒りを収束させると、コホンと咳払いをする。


「あなた、娼館に最近通っているようじゃない? 」

「ええ」


 ジークは涼しい顔つきでうなづく。キャサリン妃と双子親子のようなジークは、唯一キャサリン妃を恐れない人物かもしれない。瞳の色以外の顔立ちは瓜二つだったし、その優しげな笑顔の下にある頑固で確固とした意思や、特殊な価値観等も受け継いでいた。


「なら、そのお嬢さんはどうなの? 」

「そりゃ、彼女がうなづいてくれるのなら」

「しかしだな、正妃がいて、愛妾が数人いて……というのならまだしも、最初からそういう女をだな……」

「あなたは黙ってなさい」

「……はい」


 誰も知らない王と王妃の一面である。

 威厳があり、武人としても勇猛果敢、一睨みで敵を倒すとまで言われる王が、実は正妃に頭が上がらない尻に敷かれ夫であった。


「とりあえず男好趣味がなくてよかったけれど、最近ではそんな不名誉な噂が周辺諸国にまで広がって、我ザイザル国を馬鹿にする風潮まで見られます」

「そうなのか? 」


 喋っている途中で口を出してきた国王を一睨みすると、キャサリン妃は一回咳払いをする。王はこれで口を挟まなくなった。


「南のワイナ、北のアステラ、今は条約が結ばれておりますが、いつ何時攻めいってくるかわからないのです。本当は同盟強固の為、婚姻により絆が結べればいいのですが……」


 ジークは、笑顔を崩さず首を横に振り、キャサリン妃もそれは諦めているようにため息をついた。


「まあ……それはいいでしょう。あなたが相手だと、婚姻してから問題が起こりそうだから」


 ジークはウンウンと首を縦に振る。そんなことになったら、問題を起こすぞという意思表示でもあった。


「では、まずは宴にまいりましょう。そして、ジークの婚約者候補の顔を見なくては」

「とても頭が良く、愛らしい娘ですよ。母上も絶対に好きになると思いますよ」

「そうだといいのだけれど……」


 キャサリン妃が立ち上がり、国王もホッとしたように立ち上がる。宴の時間はすでに過ぎており、他国からの招待客も待たせているからだ。


 国王を先頭に正妃、ジークと続き、後ろに侍従達を引き連れて、予定の時間をかなり過ぎて第三広間へ向かう。

 王達の到着を知らせるファンファーレが鳴り響き、王族しか通ることが許されていない重く大きな扉が開かれる。


 ジークは階下に広間を見下ろし、愛しい黒髪を探した。

 ミモザの館の者達はすぐに見つけることができたが、その側にディタの姿はなかった。


 ディタはどこに?

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