第23話 おっぱいは大きな方がいいよね パート2
「そこまで! 」
凛とした太い声が響き、空気がビリッと震える。
男の動きも止まり、声のした方へ顔を向ける。
「剣を納めろ」
「なんだおまえ! 」
「ワグナー男爵?! 」
「ワグナー……? 」
すでに七連泊。施錠令も解かれ、ワグナーは二階四階の娼婦部屋のみ行き来することを約束し、好き勝手部屋を渡り歩いていた。
「ワグナー男爵?! 」
男はワグナーの瞳の色を確認した途端、剣を取り落として数歩引き下がった。
「この娘は、第三王子が愛妾にと望んでいるのだが、それを知った上での狼藉か? 」
「お……王子が?! 」
驚くのもしょうがない。黒髪の醜女に王子がお熱とか、普通ならあり得ない話しだ。ただ、それが真実かどうかはこの際関係ない。
目の前にいるのが王弟で、あろうことか黒髪の娼婦見習いの肩を抱いたのだから。
「た……大変失礼いたしました!」
酔いも覚め、今までの尊大な態度もどこへやら、男はひたすら床に頭を擦り付けた。
「ディタ……何か……粗相をしたって……聞いたけど」
そこへ、話しを聞き付けたミモザが、息を切らしてやってきた。
「何でもないわ。旦那様がお帰りになるようで、馬車の準備をしましょうかって話していたところよ。ねぇ、旦那様? 少し飲み過ぎてしまわれたみたいで、ふらつかれたのよね。で、たまたま近くにいた私の衣服につかまって破れてしまったの」
「そう……その通りで……」
男はヨロヨロと立ち上がりながら、体面を保とうと衣服の裾を払う。ワグナーの威圧的な視線に耐えきれず、壁の一点を必死で見つめる様は、究極の現実逃避をしているようだ。
「ミモザ、私は着替えないといけないから、旦那様の馬車の手配をお願いできる? 」
ミモザに昨晩のお代はサービスするように耳打ちするのも忘れなかった。
「もちろん。ヤジ子爵様、どうぞこちらへ」
「うむ! 」
ワグナーのいるこの場から早く離れたかったのか、ヤジ子爵と呼ばれた男は、ワグナーと視線を合わせることなく、ミモザを押しやるように下へ向かう階段へそさくさと歩いて行った。
「なんであんな奴を庇う? 」
「どんなんでも、お客様だからよ。それに客商売なんか、口コミ命だもの。下手な噂流されて客足が遠退いたら困るのよ。それに、ここは男性が夢を見る場所でしょ。嫌な思いをして帰せないわ」
実際に嫌な思いをしたのは私だけれど、あんな男ならばこのまま帰せば体面を汚されたと、あらぬ噂をばらまくかもしれない。
その辺りはミモザも心得ているだろう。
「確かに、情報操作のやり方次第では、何倍も儲けは違うものだが……。おまえは面白いな」
ワグナーは羽織のような上着を脱ぐと、私の肩にかけてくれた。
「ありがとう……ございます」
「もう少し発達していれば、見ていても楽しいんだろうがな」
「楽しくなくてけっこうです! 」
私は舌を出す。
そりゃね、おっぱいは大きい方がいいってのはわかってますから。わかった上で言わせてもらいますけどね、これは赤ん坊のご飯であって、男性を楽しませる目的でついてるんじゃないんです。
赤ん坊のご飯である以上、今の私にはまだ必要ないんですよ。初潮もまだなんですから!
三十歳楠木絢のおっぱいには未来に期待はなかったけれど、十一歳のディタには十分期待が持てるんですから。
そうよ!
若者には未来があるわ!
私(ディタ)の胸にも輝かしい未来が……あるといいんだけど。
★★★
「ディタ! 今日、不埒な輩に襲われたって……」
工房の扉を蹴破る勢いで入ってきたジークは、両手に抱えきれないくらいの花束を抱えたまま私に突進してきた。
「大丈夫よ。ワグナー男爵が撃退してくれたから」
「だって、洋服剥がされて、素っ裸にされたって……」
私はこめかみに拳を当てる。
ジークに話しが行くということは、ニュースソースはワグナーだと思うのだが、噂話しではなくてその場にいた当人が話しを盛るってどういうことよ。
「少し洋服が破れただけ。たいしたことじゃないから」
「だって、ダンが君の可愛らしい胸を見たって、こと細かに教えてくれたものだから」
「妄想よ! 見られてないし」
「良かった……」
ジークは花束を床に落とし、膝をついて安堵の息をもらした。
「第一、見られて困るような立派な物もついてないし、どこからどこまで胸かもわからないくらい貧相な物だから、こと細かに説明もできやしないでしょうに」
自暴自棄……。
匂いの調合をしながら、私は自虐的なことを言って鼻で笑った。
男はどうせみんなおっぱい命なのよ!
「僕はあまり主張の激しいのはちょっと……」
少し照れたように言うジークをジーッと見つつ、その言葉の真実を探そうとする。
そうか! ロリだからか?!
その結論に、私は引き気味にジークを見上げた。
「なんか、視線が痛いのは気のせい? 」
「いや、別に……」
人の趣味趣向に口出しできる程、 突っ込んだ付き合いを求めてないし、胸の話題を広げるつもりもないので、あえて スルーを決め込む。
それにしても、こんなに顔がいいのに、本当に残念な王子様だ。
衣服の合わせをことさらしっかり合わせながら、私は出来上がった試作品のエッセンシャルオイルの匂いを嗅ぐ。
このアロマオイルは、残念王子の為に調合しているものだ。香りには、すぐに消えてしまう物や長時間香る物がある。また、匂いの相性なんかもあって、作ってみるとかなり奥が深かった。なるべく匂いが持続するように、調合に調合を重ねて出来た試作品一号だった。
「ちょっと、この匂い嗅いでみて」
私がオイルを手渡そうと、オイルの入った瓶をジークに差し出すと、ジークはそんな私の手を握りしめ、私の手ごと鼻先に持ってくる。
「こらこら、自分で持ちなさいよ」
「細かいことは気にしないで。あれ? ディタからも似た香りがする……けど少し違う? 」
私の髪の毛をかきあげ、首筋に顔を近づける。
ゾクゾクッ!
なんでこの残念エロ王子は、いつもいつも自然にさりげなくセクハラするかな。
「時間がたつと匂いが変わるようにしたの」
「いつつけたんだい? 」
「三時間……四時間前かしら。あと二回香りが変わる筈なんだけど」
ドキドキしていないフリをしてそっぽを向くと、ジークはクスリと笑って私の髪の毛を指でいじる。
「ふーん、ディタはどうやってそんなこと思い付くの? 」
思い付く訳じゃない。知っているんだ。
石鹸だって香水だって化粧だって、私が0から考えた訳じゃない。あちらの世界にあるものを、試行錯誤して作っているだけだから。
「なんとなくよ。私……綺麗好きなの! 」
この部屋の散らかりようを見る限り、限りなく説得力に欠ける言葉であったが、ジークは匂い(私の首筋の)を嗅ぎながら、凄いなを連発していた。
「あの、いい加減離れてくれない? 首筋がくすぐったいんだけど」
「どうして? こんなに素敵な匂いをさせて、離れられる訳がないじゃないか。食べてしまいたいくらいいい匂いだ」
そう言うと、ジークは私の首筋を甘噛みした。
「!!! 」
声にならない叫びを上げ、完璧に腰砕け状態になった私は、心底椅子に座っていて良かったと思った。じゃないと、残念エロロリ王子のせいで腰を抜かすという醜態を晒すところだった。
いや、変態残念エロロリコン王子か……。
頭の中ではけなしつつも、真っ赤になった頬は変に弛み、拒む手にも力が入らない。
嫌じゃない……なんてことは絶対にないんだから!!
そうよ!
この変態残念エロロリコン王子が、ちょっと……かなり……無茶苦茶カッコいいから、ただそれだけよ!
それだけなんだから~!!
ヤジ子爵に手をかけられそうになった不快感と同等だと思い込もうとしても、どうしても頬は弛みっぱなしになってしまうし、変態残念エロロリコン王子に寄りかかりたい衝動を妄想だと打ち消すのに、最大限の平常心をフル稼働させる必要があった。
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