第22話 おっぱいは大きな方がいいよね

 この状態は何だろう?


 私の上にはワグナーがのしかかり、好き勝手身体をまさぐっている。気持ちいいとかそういうのはなくて、とにかく重くてどいて欲しくて、ジタバタ暴れていると、そんな私の手を握り優しく微笑むジークが、目の前に顔を出す。


 今はそんな優しく微笑んでる場合じゃないから! ってか、このエロ親父を退けて! 重い!


 まるでジークにはワグナーが見えていないかのように私の頬に手をあて、その魅力的な唇が……。


 ★★★


 唇に衝撃を受け、私は目覚めた。


 唇に当たったのはカシスの足。何故かカシスは逆向きになり、私の上に半身乗せた状態で爆睡していた。

 カシスの寝相が悪いのはいつもだけれど、カシスが重かったからといってあんな夢を見るなんて、欲求不満なんだろうか?


 そりゃ、セックスとは相性が合わなかったとはいえ、彼氏が途切れたことのない私は、週一くらいのペースではその行為を強いられてはいた。気持ちいいふりをするのは苦痛で、本当はただキスをして抱き合っているだけが好きだったのに、そうとは言えずに毎週イタしていた訳で……。


 そんな自分が、まさかの欲求不満?


 私は頭を振ると、カシスの足をペチリと叩いてベッドから起き上がった。


「……うん? 朝? 」


 何時かはわからないが、窓の外に太陽の日射しが入ろうとしてきているので、そろそろ起きる時間ではある。


「朝だよ、起きて。顔洗おう」

「まだ眠い……」

「ほら、服を整えて」


 寝ぼけながら起き上がったカシスの服の合わせを整え、紐を結び直してやる。

 ここ最近で、カシスの胸の膨らみは目を見張るばかりで、すでに大人の体型に近づいていた。


「あぐらかかない。ほら、目やについてる。顔洗い行くよ」


 たった数ヶ月で女性の身体は進化するものだ。小さな顔に豊かな赤い髪、手足はほっそりと長く、グラマラスなバスト。グラビアモデルにもなかなかいないくらいの美ボディー。しかも、顔も幼さが少し残ってはいるがクールビューティー半端ない。


 これで、口調と態度さえちゃんとすれば、ミモザの館のトップテンにも食い込めるだろう。……見た目だけの話し。


「どうしたよ? 人の胸ばっか見て」


 歯ブラシをしながら、カシスが自慢の胸を持ち上げてみせた。


「同じ物食べて、この差っていったい……」

「あんたもそのうちだよ。ってか、重いだけで邪魔なんだけど」


 持ってる人の発言だ。

 肩がこるとか、着れる洋服がないとか。本人は心底そう思ってるんだろうけど、ツルンペタンからしたら羨ましい限りだ。

 ……そう、現在進行形なだけではなく、過去完了形としても私の胸は……あれだった訳だ。つまりは、かなり根深い感情が渦巻いていたりする。


 小さい胸のが感度がいいとか聞いたことあるけど、どこに感度のメーターがあるんだよと思うこと度々……。脱いだ時の男の残念そうな顔もウンザリだった。


 朝の夢見が悪かったせいか、十一の小娘が考えないだろう下ネタで頭がいっぱいになる。


「変な顔しない! ほら、飯食いに行こう」


 目が覚めてしまえば、チャキチャキしているカシスだ。朝っぱらからおっぱいコンプレックスで険しい顔つきをしていた私の肩をどつき、自分はさっさと朝の支度を終えて食堂へ向かってしまう。


 私も歯磨きを終え、一階にある食堂へ向かった。その為には二階にある娼婦達の部屋の前を通らねばならず、たまにお客と鉢合わせになることもあった。

 今日も通り過ぎようとしたところで部屋のドアが開き、出てきた客とぶつかりそうになった。


「ごめんなさい」


 朝から酒の匂いをさせ、今の今までお楽しみだった男は、私のことをマジマジと見ると、ニヤニヤとした顔を近づけてきた。


「こんなところに黒髪の女がいやがる」


 うちの娼館にこれるのだから、ある程度の地位にある男の筈だ。二階の客層は、上級役人や貴族でも三流の家柄かもしくは家柄は良くても三男四男坊とか。中の上、上の下といったところだろうか。朝まで飲んだくれているのだから、役人ではないのだろう。


「黒髪の醜女じゃ、誰も相手してくれないだろう? うん? 」


 あまりの酒の匂いに、私は顔を背けた。

 こういう相手は、地位とか家柄至上主義の人間が多い。ジークやワグナーのようにぞんざいに扱っても受け流してくれる懐の深い相手と、笑ってやり過ごせない狭小な奴の見極めくらいはつく。若者みたいに、誰彼噛み付く訳じゃない。


「旦那様、お帰りになられるなら、馬車をお呼びいたしましょうか? それとも朝げの準備をいたしましょうか? 」


 なるべく失礼にならないように、丁寧に礼を取りながら一歩下がる。


「ふん、娼館の飯なんか食えるか! ここは飯屋じゃなく、女を買う所だろう。おまえみたいな醜女は、身体も醜いのか? 全ての毛が黒いというのは本当か? 」


 男は、私の身体に手をかけると、乱暴に衣服を引き裂いた。


「や……止めてください! 」


 騒ぎを聞き付けたのか、いたるところの扉が開き、娼婦の面々が顔を出したが、私を助けようと出てくる人はいなかった。ただ、階段を駆け上がっていく姿も見えたから、ミモザを呼びに行ってくれたんだろう。


 私は引き裂かれた衣服を押さえ、胸を隠すように男から離れようとする。


「隠す程もないだろう」


 男は失礼なことを言って手を伸ばしてくる。

 朝から胸のコンプレックスを痛感したばかりだというのに、酔っぱらいにからまれ、つい感情が爆発する。


「隠す程もなくて悪かったわね!まだ成長途上なのよ! 」


 しまった……と思った時は遅かった。

 酔っぱらい赤らみ弛んでいた頬がサッと引き締まる。


「平民以下の癖して、この貴族の私に口答えなど! 」


 怒りでワナワナ震えるって、初めて見た。なんて、悠長に考えてる場合じゃない。男は腰に下げていた剣を抜いて私に突きつけたから。


 不敬罪でお手打ち?


 王子だって、王の弟(ワグナー)だって私には手を上げなかったのに、よくわからない三流貴族に私の最後の幕が引かれるのか……。


 回りに悲鳴が響く中、私の頭は妙にクリアだった。


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