第17話 洋服作ってみました

 王宮に呼び出され、ロリコン王子と対面してはや半年。

 私は十一歳になっていた。


 カシスがぶっきらぼうに庭で摘んだ花をくれて、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で「誕生日おめでとう」と言ってくれた。

 そのおかげで、私の誕生日が判明した訳だ。十一月二十三日。さすがに、私の誕生日いつだっけ? とは、おバカな子みたいで聞けなかったから助かった。それにしても覚えにくいというか、何かいいゴロはないだろうか。自分の誕生日だから忘れる訳にいかない。


 それにしても……あれから半年だ。半年、何事もない。何事も……。


 思わず力が入って筆をおりそうになり、慌てて筆を離した。単調な計算をしていると、無意識に余計なことを考えてしまっていけない。


 第一、何事もなくないじゃない。石鹸は改良を重ねてより良いものができたし、香水もかなりな種類作った。最近は洋服を改良中で、あちらの世界の洋服に似たような物を作った……いや作ってもらった。裁縫が全然ダメな私は、なんとなくのデザイン画を描いて、こんな感じの洋服を作ってほしいと、ミモザに頼んだら、お針子さんを呼んでくれたのだ。

 あまりに下手くそな絵と、ザックリな説明で、かなり四苦八苦していたようだが、今さっきやっと試作品が出来上がってきた。


 私は出納帳を閉じ、ベッドの上に置かれた洋服に目をやる。


 イメージはお色気チャイナ服で、サイドスリットがどぎつく入ったボディーコンシャスなワンピースなのだが、この世界初のボタンを使った洋服となった。紐で止める服がメジャーなこの世界の衣類だと、脱ぐ時はイッキで、今一風情に欠けるというか、ボタンを一つ一つ外すドキドキ感がない。

 着崩すって習慣もないようで、抜け襟の色っぽさとか、胸元の合わせをわざと弛くするとか、そういう小細工も使わないようで、娼婦なのに身体で勝負していなかった。

 洋服ができるまでは、いかに色っぽく衣服を着崩すかをレクチャーし、ミモザなんかには子供のくせに男心を知ってるねと誉め( ? )られたものだ。


 いや、まあ、そんなこんなでミモザの館の売上アップには貢献しまくっており、こちらに来て一年近くたつが、売上三倍にはギリギリ届かなかったが、ほぼ三倍達成していた。


 仕事は順調だ。与えられた仕事をノラリクラリやっていた私は何処に行った?! というくらい、自分の人生がかかっているのだから、そりゃ寝る間も惜しんで美容に経理に邁進しますよ。何事もない……のは、そういった仕事面ではなく……、つまり……、あれだ! ロリコン王子!

 王宮に呼ばれてから半年たつが、一度もロリコン王子は顔を見せないし、呼び出しもなかった。手紙の一通すらない。


 待っている訳でも、会いたい訳でもないけど、ミモザにあんなこと言わせた訳だから、きちんと責任はとってもらわないと……でしょ?!


 三ヶ月までは忙しさにかまけて素知らぬフリもできたが、さすがに半年たった今では、王宮関係の話しに聞き耳をそばだてるようになってしまっていた。


「ディタ、洋服とやらができたんでしょ? イライザ姉さんが帰ってきたわよ」


 洋服の試着をしてもらおうと、イライザが帰ってきたら声をかけてくれと、アイラに伝えていたのだ。私はいったんロリコン王子のことを頭から閉め出し、洋服を手に立ち上がった。


「今行く」


 出来上がったばかりの洋服を抱えて、アイラと共にイライザの部屋へ向かった。


 イライザは窓辺の椅子に座り、気だるそうに窓の外を眺めていた。教えた抜き襟から白いうなじがこぼれて見え、女の私でもドキリとするほど色っぽかった。


「姉さん、ディタを連れてきたわ」

「ああ……。ちょっと待って、疲れちゃって」


 化粧はすでに落ちてしまっているが、上気した頬がほんのり朱色を帯びており、仕事の余韻が見てとれた。


「疲れてるなら、また今度にするわ」

「いいわよ。すぐに身体もさめるからちょっと待って。……全く、最近の客はガッツキ過ぎなのよ。まあそれも、あんたのせいだけどね」

「……ごめん」


 確かに、売上アップする為にはそれだけ娼婦達が頑張ってくれているからで、客が増えるだけ身体の負担も大きいだろう。

 私が無理やり客をあてがっている訳ではないが、私のせいと言われれば確かにその通りで……。


 イライザはフッと笑った。


「冗談よ。あんたのおかげ。あたしの目標金額まであと少しになったんだから、ディタ様様よ。今日のは、ちょっとしつこいので有名な男爵が相手だったから、さすがにまいっちゃっただけ」


 この館でトップをはるイライザをまいらせる男爵っていったい……。それなりに手練手管を持ち、一日に十五人相手したこともあると豪語しているイライザが。


 イライザが落ち着くのを待ち、私は手に持っていた洋服を広げて見せた。


「イライザ、これ着てみてよ」

「これ……どうやって着るの? 」

「簡単よ。かぶって着るの。で、胸元のボタンと腰横のボタンを閉めれば完成」

「ボタン? 」


 ボタンは木から削り出してもらい、バラのような彫刻をしてもらっていた。ボタンが初めてだから、少し大きめにとめやすく作ってある。ボタンホールではなく、ダッフルコートの留め具のようにループ状の紐にボタンを引っかけてとめる仕組みにしてあり、かなりきわどく胸元や太ももが見えるようになっていた。


「これを引っかける……のね。うん、できそう。どう? 」

「いいと思う。ちょっと露出多過ぎかな? 」

「これくらいのが男は食い付くわね。で、脱ぐ時は? 」

「ボタンをゆっくり外してみて」

「こう? 」

「そう。相手に外してもらうと、かなり盛り上がるかも。で、脱ぐ時は手を交差させて下からたくしあげて……そう、そんな感じ! 」

「す……凄いです、姉様! 徐々に脱ぐ様がいやらしすぎます! 」


 アイラがうっとりと胸の下で両手を組んで言うと、満更でもなかったのか、イライザは何度も脱ぎ着を繰り返した。


「これの上下セパレートバージョンもあるの。こっちは、臍出しになってます」


 ファスナーがないから、スカートは腰のところでリボンのように紐で結ぶタイプにした。そのため、サイドスリットではなく、フロントスリットにして、足を組んだ時に大胆に見えるようにしてみた。


「そっちはアイラが着てみなさいよ」

「いいんですか?! 」


 アイラが着てみると、イライザは若干ムッとしたように眉を寄せる。


「あんた、何気にスタイル良かったのね」


 確かに、穏やかでどちらかというと上品な雰囲気のアイラだったが、この洋服を着ると身体のメリハリが強調され、無茶苦茶ナイスバディに見えた。


「この洋服のおかげですよ。イライザ姉様だって、いつもよりさらに素敵に見えますもの」

「そうね……確かに、胸の辺りとか、なんか持ち上げられているような感じがするかも」

「実は胸元だけ布地を変えてもらってるんです。そのおかげで、胸を下から持ち上げて真ん中に寄せる働きをしてます」


 寄せて上げるブラ的なものを、布地の立体縫製で実現してもらったのだ。これは、こちらの世界のお針子さんの技術の賜物で、私はイメージを伝えただけだった。


「素敵……」


 アイラがターンをすると、スリットが開いて布地がフワリと広がった。


「あんた、よくこんなの思い付くわね。下手な男よりスケベなんじゃないの? 」

「イライザ姉様、言い方! 」

「あら、誉めてるのよ。あたしらの職業なら、最高の誉め言葉じゃないの」


 それはまあ……そうかもしれない。誉めらた気はしないけど。


「そうだ、明日はあまり部屋から出ない方がいいわ」


 イライザが洋服を脱ぎながら言った。


「明日もですか?! 」


 アイラはイライザの言ったことを理解しているようだったが、私には何のことかさっぱりわからない。


「なぜですか? 」

「ワグナー男爵が館にくるのよ」

「ワグナー? 」

「今日のイライザ姉様のお客様です」

「ああ……(イライザをぐったりさせるくらいの絶倫男爵か)」

「なんかね、久し振りにうちの娘達を相手したくなったとか、あたしが相手をしている最中に言うのよ! 全く失礼しちゃうわ。ワグナー男爵相手にしたら、何人が潰されることやら」

「ええと……何やら変態プレイでも? 」

「いえ、行為は至ってノーマルよ。ただ……」

「「ただ……? 」」


 私とアイラが唾を飲む。

 しかし、イライザはそれ以上話さなかった。


 なんか、凄く気になるんですけど?!

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